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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
125/181

 


 いみな【諱】


 〔「忌み名」の意〕


 (1)生前の徳行によって死後に贈る称号。(おくりな)

 (2)身分の高い人の実名。生存中は呼ぶことをはばかった。


 [参] 三省堂 大辞林







 とある日の昼下がり


 非番の私たちは広間で、原田サンの奥さんが作ったというお萩を頬張っていた。


 私たちとは、原田サンに永倉サンそれに平助クンと総司サンの5人だ。


 大量のお萩と、美味しい京の抹茶に舌鼓を打つ。


 そんな平和な時間が流れる。






「皆お仕事中だっていうのに私たちだけお萩を頂いてしまって……何だか申し訳なくなってしまいますねぇ」


 抹茶を飲みながら、私はふと呟いた。


「良いんだって! 嬢ちゃんだっていつも頑張ってんじゃねぇか。たまには、こういうのも悪かぁねぇよ」


 原田サンは私の肩を叩くと、しみじみと言った。


「左之サンは、いつだって不真面目だろ? 桜と一緒にすんなよ」


「平助はわかっちゃいねぇなぁ……こう見えて俺だってなぁ、マサの為に心を入れ替えてだなぁ」


「心を入れ替えるって……それじゃあ、今までは不真面目だったって認めてる事になりますよね?」


「そ……総司。お前……それを言っちゃぁお終いよ」


 平助クンと総司サンに突っ込まれ追い詰められた原田サンは、歌舞伎役者のような台詞と顔真似で笑いをとる。


「左之サン、相変わらず似てんなぁ!! その顔が……面白すぎてもう駄目だ!!」


 和気藹々としたその雰囲気に、私も思わず笑みがこぼれた。






「そういえば……」


 私は不意に呟く。


「何だ? 嬢ちゃん、気になる事があるなら言ってみろ」


 原田サンは笑顔で言った。


「気になる事と言いますか……」


「なんだ、なんだ? 言いにくい話なのか? もしかして……あっちの話か!?」


 永倉サンはニヤついた表情を浮かべている。


「ち、違いますよ!! えっとですねぇ……皆さんの名前は、本名ではないのですよね?」


「本名でない?」 


「例えば、永倉サンでしたら新八サンっていう名前がありますが……これは通称であって、本当の名前は他にあるんですよね?」


「それは、つまり……諱の事を言ってんのか?」


「…………諱?」


 馴染みのない言葉に、私は首をかしげる。


「諱ってのはなぁ、本名っちゃあそうなんだが……こりゃあ、人に簡単に教えるようなモンじゃねぇんだよ」


「本名なのに……ですか?」


「本名だから……だよ」


 永倉サンの返答に、私はイマイチ理解が出来なかった。


「つまり、だ。諱はな……親や主君以外が呼ぶ事は良しとしねぇ。それにな、死んだ後に諡としても使われる。読み通り忌むべきモンなんだよ」


「本名なのに忌むべき物って……少し寂しい気がするな」


 私は俯く。


「私の時代ではですねぇ。一人の人間に一つの名前が普通で、名前というのは簡単に変える事は出来ません。通称のような物もありますが……これは大抵、本名を知っての上で付けられすね」


「そうか……時代が変わりゃあ、そんなモンまで変わっちまうのか」


 永倉サンは少し寂しそうに呟いた。




「沖田総司藤原房良」



 総司サンが突然口を開く。


「総司サン……えっと、それは何ですか?」


「僕の本名!!」


「総司サンはそんなに長いお名前なのですね」


「違う、違う。諱は房良(かねよし)だよ」


 総司サンは笑いながら言った。


「房良サン……かぁ」


 私は小さく繰り返した。


「おい、総司! そんなに簡単に諱を教えちまって良いのかよ?」


「左之サン……何でですか? 桜チャンも新選組の皆も、僕にとっては家族のような物ですからね。別に教えても良いんじゃないですか?」


「ま、まぁ……そりゃあ、そうだけどな」


 そう言いつつも、原田サンはあまり納得がいっていない様な表情だった。



宜虎(たかとら)



 総司サンに続いて、平助クンも名前を口にする。


「宜虎は俺の諱だ」


「平助の諱は、魁先生じゃねぇのかよ?」


「なんでだよ、新ぱっつぁん! んな訳ねぇだろ」


 平助クンと永倉サンは、顔を見合わせると笑った。


「俺の諱は載之(のりゆき)だ。まぁ、永倉の永の字も本来はこっちの長なんだがな」


「何だよ、新ぱっつぁんは名字まで違うのかよ?」


「読みが同じだから問題ねぇ!!」


 永倉サンは胸を張る。


「左之サンはどうなんだ?」


「お、俺か!? 俺の諱は……忠一(ただかず)だ」


「ふぅん、何か普通なんだなぁ」


「なっ!? 平助のクセに……う、うるせぇよ!!」


 そのやり取りに、皆笑う。




「何だ、揃いも揃って……随分と楽しそうじゃないか? 何を話していたんだい?」




 仕事で屯所を外していた、近藤サンとトシがやって来る。



「えっと……諱、についてです」


「諱……だと?」


 トシは眉をひそめる。


「それで? 諱がどうした?」


「えっと、みんなに諱を教えてもらっていたの」


「はぁ? お前らは何をやってやがんだ!? 諱っつーモンは他人に教えて良いモンじゃねぇだろうが」


 トシは眉間にシワを寄せた。



「何で駄目なんですか? 土方サン。僕にとっては此処にいる皆は家族同然なんですけどねぇ。土方サンにとっては違ったのかなぁ……何だか寂しいなぁ」


 総司サンは土方サンを煽るかのように、呟いた。


「何で……だと?」


「ええ、理由を教えて下さいよ」


「んなモン決まってんだろ。諱を教えるって事はなぁ、魂を縛られるっつー事なんだよ。古代より、そう決まっている!!」


 皆は、トシの返答に呆気にとられる。


 その後すぐに、広間は笑い声に包まれた。


「なっ!? 何が可笑しい!!」


 トシは真っ赤になりながらも、声を荒げる。


「だ……だって、なぁ? あの土方サンが、そんな事を信じてたなんて……想像もしちゃいなかったからな」


 原田サンは笑いながら言う。


「トシは純粋なところがあるからなぁ……おおかた、子供の時分に諭された事を信じて、貫き通したのだろうな」


「なっ!? そんなんじゃねぇよ、近藤サン」


「へぇ……土方サンが純粋ねぇ。案外そうかもしれませんね。何と言っても、あんなに素晴らしい句を詠むんですから……ねぇ、土方サン?」


「…………勝手に言ってろ!!」


 からかう総司サンに、一層不機嫌な表情で吐き捨てる土方サン。


「まぁまぁ、総司。そんくれぇにしておけ。で……近藤サンと土方サンの諱は何ていうんですか?」


 永倉サンが割って入る。


「私か? 昌宜(まさよし)だ」


 近藤サンはあっさりと教えてくれた。


「俺は絶対に言わねぇからな!!」


 一方、トシは頑なに隠そうとする。


「ですよねぇ。何せ、魂を縛られちゃいますからねぇ」


「そ、総司サン! もう止めましょうよ。この話は終わりで良いですよ……ね?」


 なおも食って掛かる総司サンを、私は必死に制止した。







 その日の晩



 トシは不意に尋ねた。



「お前も……知りたいのか?」



「何を、ですか?」



 私は首をかしげる。



「諱……だ」



「そりゃあ、まぁ知りたいですけど……何も、無理矢理聞こうとまでは思いませんよ」



 私は笑いながら答えた。



「お前にならば……教えても良い」



「えっ!? 今何と……?」



「お前になら、教えても構わねぇと言ったんだ!!」



 トシは照れ臭そうに言い直す。



「……それなら、教えて下さい」



 私は小さく笑った。



「……義豊(よしとよ)だ」



「義豊……サン?」



 大切な名前を私にだけ教えてくれたことに、自然と笑みがこぼれる。



「それにしても……どうして教えてくれたんですか?」



 私はふと尋ねた。



「お前になら……魂を縛られんのも悪かぁねぇと思ったからだ」



 頬を赤らめながら、ぶっきらぼうに答えるトシに愛しさが増す。



「ありがとう」



 私は小さく呟くと、そっと抱きしめた。









 

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