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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
124/181

幾松


 とある日の午後


 屯所内で非番の暇をもて余していると、門の辺りから物々しい雰囲気の話し声が聞こえて来た。


 気になった私は、門前へと向かう。


 私が門前に着いた時、見慣れぬ一人の女性が隊士達に引き連れられ、屯所の門をくぐるところだった。






「その方はどなたですか?」


 私は、隊士達に尋ねる。


「これは、これは……桜サンでしたか。この女は、長州の桂を匿った嫌疑で先程捕らえた者です」


「か……桂サン!?」


「桜サンは、桂をご存知なのですか?」


「い……いえ。手配人ですからね、私とて幹部です。その、名前くらいは知っていますよ」


 咄嗟に適当な事を言って誤魔化す。


「そうですか……では、私はこれで」


「あっ! あのっ!!」


 女性を連れて行こうとした隊士を、つい呼び止めてしまった。


「まだ何か?」


「その……そちらの女性は、如何するのですか?」


 私は、おそるおそる尋ねた。


「私共では判断出来かねますので、まずは報告を上げ、その後は……やはり、尋問……でしょうね」


 禁門の変以降、これまでにも多くの者が新選組に捕縛されてきた。


 しかし、今までは男性ばかりで……女性が捕縛されるなんて、初めての事だった。


 それも……桂サンと親しい女性だという。



 幾松



 そんな名前が、私の頭に浮かんでいた。



「あのっ! 私も行きます!! ほら、相手が女性ですし……同性の私が居たら何かお役に立てるかもしれませんしね」


「で……ですが」


「私も幹部……ですよ?」


「……承知致しました」


 どうしても気になってしまった私は、職権濫用……というか、幹部という肩書きで押しきってしまった。






「副長! 桂を匿った嫌疑で、捕らえた女をお連れしました」


 隊士の一人が襖を開けると、トシが顔を上げた。


「ご苦労だったな……お前達は下がって良い」


「失礼致します」


 隊士達が女性を置いて去っていった後、私もその女性の隣に座った。


「で……何故、お前が此処にいる? まさか、お前もこの女と共に捕縛された訳じゃねぇよなぁ?」


 トシは私に目を移すと、苦笑いで言った。


「…………浮気、防止?」


「バカな事を言ってねぇで、さっさと出て行け!!」


 頭をかきながら、トシは声を荒げる。


「イヤ!!」


「はぁ? お前なぁ……」


「だって、この人は桂サンの大切な人なんでしょう? 尋問だか何だか知らないけどねぇ……女性を傷つけるって分かってて、置いて行くなんて……できないもん」


 私はトシの言葉を遮るように言った。


「……ったく、面倒臭ぇなぁ。もう良い、好きにしろ!」


 トシは諦めたのか、深い溜め息を一つついた。



「おい、女。お前……名は何という?」



「………………」



 女性は、トシと顔を合わせないばかりか言葉を発しようともしない。


「チッ……黙りかよ」


「きっと、トシが怖い顔してるからだよ!」


「……んだと!?」


「ほら、その顔が駄目なんだって!! トシは折角綺麗な顔をしてるんだから、もっと笑えば良いんだよ」


「うるせぇよ!!」


 トシは私の両頬をつねる。


「い……痛ひってばぁ」


 女性の存在などお構いなしに、私達は互いの頬を引っ張り合う。



「…………クスクス」



 突然の笑い声に、私とトシは瞬時に振り返った。



「あんたら……新選組とは到底思えんなぁ? 新選組ゆうたら、鬼の様な集団やと思うてはりましたわ。せやけど、こないなお嬢サンまで居てはるとは……正直、驚きどす」



 先程まで黙りだった女性は、笑いながらそう言った。


「私……桂サンを知ってるの。桂サンだけじゃない、晋作も所サンも。それに……久坂サンも……」


 私は、女性に向かって話した。


「うちは……そないな人らは知りまへん」


 女性は頑なに否定する。

 

「幾松サン……なんでしょう?」


 桂サンの恋人と言えば、幾松サン。


 幾松サンと言えば……この時期の桂サンを助け、明治維新後には正妻となった女性として有名だ。


 門前で会った時、直感でこの女性が幾松サンだと感じていた私は、その名を口にする。



「そ……そうや。うちが幾松どす。せやかて、先程のような人らは知りまへん。うちは一介の芸者に過ぎまへんからなぁ」



 幾松サンは気丈にそう言いつつも、初対面の私に名前を言い当てられたからか……驚きを隠せないという様な表情をしていた。



「幾松、と言ったか? うちの隊士がなぁ……お前の所に桂が入って行くのを見てんだよ」


「そうは言いはりますけどなぁ。その隊士はんがうちん所に改めに来はった時には……その桂ちゅう人は何処にも居りまへんでしたのやろ?」


 幾松サンはトシを見据えて言い放った。


「おおかた、隊士が踏み込む寸前で、お前が桂を逃がしたんだろう?」


「うちは、知りまへん」


「どうしてもシラをきるってぇのか?」


「シラをきるもなにも……知らへんもんは、話しようがあらしまへんわ」


 幾松サンの気丈な振る舞いに、トシは苛立っている様だった。


「仕方ねぇ…………吐かせるか」


 その一言に、私は慌てる。


「だっ……駄目、駄目っ!! 絶対に駄目だってば!!」


 私はトシの着物を掴んで、まくしたてる。


「チッ……面倒臭ぇ。おい! 山崎!!」


 トシは舌打ちすると、山崎サンを呼んだ。


「や、山崎……サン!?」


 先程まで全く気配など感じなかったのに、気付けば山崎サンが私の隣に居た。


「副長、如何しましたか?」


「悪ぃがこの女、牢にでも入れといてくれや。俺ぁ、こっちの馬鹿をどうにかしてから行くからよ」


「御意」


 そう言うと、山崎サンは幾松サンを抱えて去っていった。



「こっちの馬鹿って……私の事ですかねぇ?」



 私はおそるおそる尋ねる。


「他に誰が居る?」


 トシは眉間にシワを寄せた。


「ですよねぇ……」


 私はトシをチラリと見た。


「お前はどうして、あの女の肩を持つ?」


「だって……桂サンの大切な人だし……」


「お前は新選組、それも幹部なんじゃねぇのか?」


「そうだけど……」


 私は口ごもる。


「でもね……女の人だし、手荒なのはちょっと……ねぇ?」


「男だろうが、女だろうが関係ねぇよ」


「じゃあ! もしも……だよ?私が敵に捕まって、その……色々と手荒な事をされたら、トシはどうする?」


 トシの様子を伺いながら尋ねた。


「…………その前に、そいつらを斬る!!」


「間に合わないかもよ?」


「…………っ」


 トシは、苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。


「だから、幾松サンに変な事をしないで!!」


「へ、変な事ってなぁ……お前は何を想像してやがんだよ? 別に何もしやぁしねぇよ」


「じゃあ、どうやって尋問するの?」


「ちぃとばかし、脅すだけだ。さすがに斬りはしねぇさ! 女を斬るなんざ、寝覚めが悪ぃからな」


「何をしても、口なんて割らないと思うけど……」


 私はボソリと呟いた。


「今、何つった?」


「だから! 何をしても、口なんて割らないって言ったの」


「何故だ?」


 トシは訝しげな表情で尋ねた。


「歴史は物語る!!」


「何だそりゃあ……理由になっちゃいねぇじゃねぇか」


 訳がわからないという様な表情をしているトシをよそに、私は話し始める。


「どんなに酷い事をされても口を割らなくて、近藤サンが感服して釈放した……ってのが史実」


「あの女……そんなに頑固なのか? しっかし、何故だろうねぇ。あんなに良い女が桂なぞの為に、その身を犠牲にするなんざ……ますます分からねぇや」


「だったら、トシが口説けば良いでしょう? 何で口を割らなかったか……教えてあげようと思ったけど……もう、知らないっ!!」


「あっ、おい! ちょっと待て!!」



 トシが制止するのも聞かず、私は部屋を飛び出した。


 本当にトシは無神経過ぎる。


 私が居れば良いとか言いつつも、私の前で他の女性を褒める。


 もう少し気遣ってくれても良いのに……




「あれぇ? 桜チャン、何処に行くの?」


 すれ違い様に、総司サンが私に声を掛ける。


「ちょっと牢まで!!」


「そんな怖い顔しないでよ。僕、何かした? それとも……土方サンと喧嘩でもしたのかなぁ?」


「い い え!!」


 総司サンの鋭さに一瞬ひるんだが、悟られないよう精一杯の笑顔で答えた。


「まぁ、良いや。僕はこれから葵の所に行くから、桜チャンも一緒にと思ったんだけどね……その様子じゃあ、また今度だねぇ。じゃ、そういう事で」


「行って……らっしゃい」


 笑顔で手を振り颯爽と去っていく総司サンの姿に唖然とする。


 いつの間に……葵チャンとそんな風に、仲良くなっていたのだろう?


 以前の総司サンは、積極的な葵チャンから逃げ回っていたのに……



「あっ!! こんな事をしている場合じゃない」



 ふと我に返った私は、幾松サンの所に向かった。







「……幾松……サン?」


 牢の外から声を掛ける。

 

「何や……先程のお嬢さんどすか」


「そっちに行っても良いですか?」


「ええけど……話せる事など、あらしまへん」


「分かっています」


 見張りの隊士から錠の鍵を受け取り、隊士に少し外すよう伝えると、私は幾松サンの隣に行った。


「あんさん……新選組のくせに、ほんに危機感があらへんね?」


「危機……感?」


「こんな場所に一人で入って来はるなんて……うちが、あんさんを人質にしたらとは思わへんの?」


「うーん……思いませんね」


「何故どすか?」


「桂サンの大切な人だから……ですかね」


「うちは、桂などという人は知らしまへん」


 否定し続ける幾松サンをよそに、私は話始める。


「別に、何かを聞き出そうとしている訳では無いんですよ。ただ、貴女と話してみたかったんです」


「うち……と?」


「私ね、桂サンに助けられた事があるんです。他には……医術を学ぶ為に、長州藩邸で滞在した事もあったなぁ」


「あんさん……新選組、やろ?」


「そうですよ? 新選組です。私の大切な人も新選組……でもね。晋作とか、長州の人たちの事も嫌いにはなれないんですよ……なんか私、矛盾してますよね」


 私の顔を無言で見つめる幾松サンに、懐から刀を取り出した。


「この印は……長州?」


「そうです。これはね……久坂サンの遺品なんですよ。あの日、私は久坂サンに会ったんです。遺髪を……桂サンに渡したのは、私……です」


 あの日を思い出した私の目からは、涙が溢れていた。


「そう……どすか」


 幾松サンは、ポツリポツリと話しだす。


「新選組やのに……長州はんと関わりがあるなんて、ほんに不思議な娘どすなぁ。桂はんだけやなくて、高杉はんや久坂はんも知ってはるなんてなぁ」


「……晋作にも言われました」


「あんさんの事はわかりました。長州はんと親しいという事も……。せやかて、うちは……あん人の事を話すつもりはあらしまへん」


「それで良いと……思います」


「それで、ええ?」


 私の言葉に、幾松サンは目を丸くする。


「私も……幾松サンと同じ立場なら、絶対に黙秘し続けると思います。だって、大切な人がそのせいで危ない目に合うくらいなら……私が傷つけられる方が良いですもん。幾松サンもそうでしょう?」


「あんさんとは……気が合いそうやね」


 幾松サンはクスリと笑った。



「女同士で楽しんでいるところ悪ぃが……おい、女。出て良いぜ」



「と……トシ!? い、いつから居たの?」



「お前が此処に来たと報告を受けて、すぐ……だ」



「さっきの話……聞こえちゃった?」



「…………さぁな」




 幾松サンが何故釈放となったのか……


 私はそれが不思議でならなかったが、とりあえず幾松サンを見送る事にした。



「また……会えますか?」



「新選組など二度と来たいとは思いまへん」



「ですよねぇ……」



「けど……あんさんになら、また会うてもええ」



 幾松サンは私にそう告げると、屯所を足早に去っていった。







「ねぇ……幾松サンはどうして放免になったの?」


 私はトシに尋ねた。


「何をやっても口を割らなかった女なんだろう? それならば、尋問したとて時間の無駄だ。近藤サンがそう言うからな……俺はただ、それに従ったまでだ」


「そっか」


「それよりな……」


「なぁに?」


 私は首をかしげた。

 


「お前が傷つけられるくれぇなら……俺は、自分が傷つく方がよっぽど良いんだがな。だからなぁ……頼むから無茶だけはしねぇでくれよ」



 トシはそう呟くと、私の頭を撫でた。


  

 




























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