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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第 20章 西本願寺での暮らし
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隊士募集 ― 医務方相談役 ―


 看護人を育てるという、先日の話を受けて早速、医務室勤務の隊士の募集をかけた。


 それから数日後


 近藤サンもこの件に賛同してくれ、永倉サンも下心からか熱心に協力してくれた。


 入隊希望者も鰻登りに増えていた。


 今日はいよいよ希望者との面談を執り行う。


 永倉サンも同席したいと言い張った。


 永倉サンには今回、色々と協力して頂いていた手前無下にもできず、渋々了承した。


 近藤サンは所用で伊東サンと出掛けており、今回はトシと私と永倉サンで行う予定だ。






「随分集まったなぁ。こりゃあ五十人くれぇは居るな。それにしても、ほとんどが女たぁ、嬉しいねぇ」


 屯所に訪れた入隊希望者を眺め、永倉サンは嬉しそうに言った。


「永倉サンが色々と手配して下さったお蔭ですね」


「そりゃあ、なぁ。女が増えりゃあ士気も上がるからな! そういや何名くれぇ入れるんだ?」


「そうですねぇ。十五名前後ですかねぇ」


「そいつは楽しみだ!」


 永倉サンの顔が緩んだ。


「あれぇ?」


 入隊希望者を眺めていた私は、見知った顔がある事に気付き、思わず駆け寄る。


「葵チャン!!」


「桜はん!!」


「もしかして……葵チャンも希望者なの?」


 私は葵チャンに尋ねた。


「そうどす。うちなぁ、どうしても総司はんの力になりたくて……志願しはったんや」


「そっかぁ。でも、甘味屋サンのお仕事は大丈夫なの?」


「そりゃ両親もはじめは、女が医術なぞ……とえらい反対しはりました。せやかて、うちは諦めたくはあらしまへん。どうにか説得して来はりました」


「そっか」


 私は、葵チャンの真っ直ぐさに感心した。


「待たせたな。そろそろ始めるとすっか」


「トシ! うん、今行く。それじゃあ、葵チャンまたね」


 葵チャンにそう言い残し、私とトシはその場を去った。






 広間に着くと、早速隊士に頼み希望者をここに案内してもらう。


 一人一人面談を行い、医術を学びたい意志が強いかを確認した。


 半分くらい終わり、私達は休憩をとる。


「希望者は多いが……どれもこれも使いモンにゃあなりゃしねぇ様なのばかりだな」


 トシは深い溜め息をついた。


「そうだね……」


 それもその筈。


 年頃の娘が多いせいか、動機が不純な者ばかりだった。


 トシを見るなり色仕掛けに転じる者や、明らかに新選組の男達を目当てに志願した様な者が大半だった。


「仕方ねぇ……嬢ちゃん、こうなったら見てくれで決めるっきゃねぇよ!」


「却下です。まったく、永倉サンは顔しか見てないんだから……」


「顔だけじゃねぇ! 勿論……体つきもだ!!」


「尚更、却下です」


 ニヤつく永倉サンを横目に、私は深い溜め息をついた。


「トシは、今までの中で良い人は居た?」


「なっ!? 俺を新八と一緒にすんじゃねぇ! お前が居るのに、好みの女なぞ探しゃしねぇよ」


「……そういう意味じゃ無いんだけど」


「あ……そ、そうだよな。まぁ、今んところ気概のありそうなのは数名ってところだろうな」


「そうだよねぇ」


 私とトシは顔を見合わせると、同時に溜め息をついた。





 残りの希望者の面談も終え、私とトシは自室に戻る。


 希望者には、明日改めて屯所に集まるよう伝えた。


「さて……と。選定を始めますかねぇ?」


「そうだ……な」


 私達は書類と、面談で書き留めた事を参考に新入隊士の選定に取り掛かった。


 医術を学ぶ以上、少なくとも医術に興味がある者でなくてはならない。


 それともう一つ大切な事は、傷や血を見ても大丈夫かどうかだ。


 それを踏まえた上で、人格や学の有無などで選定していく。


「今回集まったのは六十七名だったな。この中から十五か……」


「うん。どの人が良いかなぁ」


「それはお前が決める事だろう?」


「でも、人を見る目はきっとトシには敵わないだろうし……やっぱり迷うよ」


「そうだなぁ。それなら、お前が共に仕事をしたいと思う者を選んだら良いんじゃねぇのか?」


 トシの言葉に、頭を悩ませる。


「……葵チャン!」


「葵? ……あぁ、甘味屋の娘か。確か、総司を好いているのだったな?」


「そうそう。ちょっと動機が不純な気もするけど……頑張り屋サンで真っ直ぐな葵チャンならきっと、良い看護人になると思うな」


「お前がそう思うなら、それで良いんじゃねぇか? 同じ様に他も選びゃあ良い」


 トシは小さく笑った。


「あとは……そうだねぇ。この人とこの人。それから……こっちの人かな?」


「こいつはどうだ? 女のくせに中々気が強くて、感じも良さそうだったな」


 そう言ってトシが推したのは、確か希望者の中でも一番の美人で、永倉サンもイチオシの女性だった。


「…………面食い」


 私は、ぼそっと呟く。


「なっ!? そんなんじゃねぇよ!! 俺はただ……気概のある女だからと推しただけだ」


 トシの慌てる姿に、少しだけ苛立った。


「まぁ、良いよ。トシが選んだんだもん、この人も決まりね。永倉サンも推してたし……」


「…………妬いてんのか?」


「妬いてないっ!!」


 私はハッキリ言い放つと、近藤サンに報告する為、部屋を後にした。






「失礼致します、桜です。今日の件でご報告がありましたので参りました」


「あぁ、桜サンか。入ってくれ」


 近藤サンの部屋に入ると、雛菊サンが傍らに居た。


「……お取り込み中、申し訳ありません。私、出直して来ます」


「いやいや、大丈夫だ。気にせず報告を頼む」


「……はい」


 私は、十五名分の書類を近藤サンに手渡した。


「この者たちが、今回選定された新入隊士です」


「そうか……。それで、この者らは全て桜サンが選んだのかね?」


「はい。……一名を除いては」


「一名?」


「こちらの、君菊サンという方はトシの推薦です。他の方は全て私が選ばせて頂きました」


 近藤サンは書類をまじまじと見る。


「他の女性を推薦しはるなど、土方はんも酷いお人やなぁ」


 隣に居た雛菊サンがボソリと呟いた。


「希望者の中でも、一番の美人でしたからね! 永倉サンも推していましたし……」


「あらあら、桜はんも妬きはるんやね? 可愛らしいのに、そないな顔しはったら……勿体ないどすえ」


「妬いてなんかいませんっ!」


「フフ……そうどすか」


 雛菊サンは、楽しそうな表情を浮かべる。


「こらこら、雛菊。あまり、からかってやるな」


「うちは、桜はんが可愛くて仕方ないんや。堪忍な」


「さて……それで、いつから塾を始めるつもりかね?」


 近藤サンは本題に戻した。


「明日、再度希望者を屯所に集めております。そこで選定した者を発表し、この十五名には屯所の案内をする予定です。その際に、この者達を近藤サンに、お目通りさせたいのですが……如何ですか?」


「うむ、それで問題はない。それが終わった後、私は会津候にその旨を報告しに行くとしよう」


「ありがとうございます。よろしくお願い致します」



 近藤サンの部屋を出たところで、私は不意に呼び止められた。



「雛菊サン……どうしました?」


「桜はんが気になってしもてなぁ」


「私が?」


 私は首をかしげる。


「さっきの土方はんの話どす」


「土方サンの……話?」


「とびきりの美人を推薦しはったんやろ? 桜はん、それを気にしてはる様どしたからなぁ」


「気にして……なんて」


 上手く否定できずに口ごもる。


「隠さなくてええ。その女性がどんな方かは知らしまへんけどなぁ……土方はんの大切な人は桜はんだけや。せやからなぁ、気にしはったらあきまへんえ」


「……はい」


「男はなぁ。一般的に、捲し立てる女は好きまへん。何があっても、堂々としてはりなさい。ええどすか? 例え、一度や二度の過ちがあろうと、決して捲し立てる事をしてはなりまへんえ」


「分かり……ました」




 雛菊サンのアドバイスに、胸が抉られるような想いだった。




 トシが唯一推薦したのが、とびきりの美人だったから?




 いやいや




 きっと




 雛菊サンのその話が、一度や二度は過ちをおかす……




 という事を前提に話が進められたからだろう。




 それと同時に、雛菊サンの悲しみを知ってしまった様な気がした。














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