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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第 20章 西本願寺での暮らし
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祝言


 元治2年4月7日


 この日、改元が行われた。


 江戸時代最後の元号『慶応』に……


 ここからの数年間で、倒幕ムードは一気に高まり、長きに渡った徳川の世の終わりへと急加速していく。


 この改元から数週間、隊士の再募集により新選組も更なる大所帯となった。


 その際に、平助クンも新選組へと帰還し、屯所内は更に賑やかになったようにも思える。





 

 今思えば、この少し前からだったのだろう。


 



 原田サンの様子がおかしかったのは……





「なぁ、嬢ちゃん。ちょっとばかし聞きてぇんだが……」


 原田サンが私に声を掛けてきた。



「どうしました?」



「あのよ……女ってぇのは何をしてやりゃあ喜ぶのかねぇ?」

 


 まただ。



 最近何故か、原田サンからこの手の質問を受ける事が多い。



「またその質問ですか? 初めてのその質問の際、私は贈り物と答えました。その次は、共に出掛ける事。この前は、一緒に居られる事……私、何度もこの質問に答えているような気がするのですが」



「まぁ、そうなんだけどよ……」



 普段の原田サンの勢いは無く、なんだか歯切れが悪い物言いをする。


「まったく……今度は、どこの遊女に入れあげているのですか?」


 私は意地悪く尋ねた。


「それが……遊女じゃねぇんだ。年の頃も、嬢ちゃんとそうは変わらねぇ普通の娘なんだよ」


 原田サンの言葉に、私は驚きを隠せなかった。


「それで……その娘さんとは、どういったご関係なのですか?」



 私は興味津々に尋ねる。



「どこぞの遊女とは違って純粋な娘だからなぁ……中々どう扱って良いかわからねぇ。まぁ、嬢ちゃんと土方サン程には進んじゃいねぇが……所帯を持ちてぇとは考えている」



 原田サンの真剣な表情に、私はからかう事はできなかった。



「そうですか……それなら、率直に伝えてみては如何ですか?」


「どういう意味だ?」


「確かに、贈り物を頂いたり何かして頂くことは嬉しいですよ……でもやっぱり、何かして頂くよりも、好きな人と一緒に居られる事の方が幸せなんだと思います。一緒に暮らせるって良いものですよ?」


「嬢ちゃんもそうなのか?」


「……はい!! ですから、原田サンに想われている娘サンが羨ましいです」


 私は笑顔で言った。


「羨ましい? 何でだ?」


「だって、祝言を挙げるのでしょう?」


「女ってぇのは、そういうのに憧れるモンなのか?」


「そりゃぁ……ねぇ。憧れますよ」


 私は小さく呟いた。


「嬢ちゃんだって土方サンに貰ってもらやぁ良いじゃねぇか」


「ダメですよ。トシは、新選組の為に生きている人ですからねぇ……トシが浮ついていると、隊の士気に関わるから……そういうのは無理だそうです」


「そんなのは……嬢ちゃんが可哀想だ」


「そんな事は無いですよ。 あの日、原田サンが私とトシを同室にしてくれたでしょう? だから、一緒に暮らせて……私は幸せです。今では、ちょっぴり感謝しているんですから」


「そっか。お役に立てたなら何よりだ」


 

 原田サンと私は顔を見合わせて笑った。




 原田サンが変わった事といえばもう一つ。


 あれ程までに毎晩毎晩、島原通いをしていたというのに……ここしばらくピタリと行かなくなったらしい、という事。


「そういえば、最近は島原通いもされていないようですね?」


「あぁ……まぁな」


「どうしてですか?」


「何ていうか……島原の女に興味が持てなくなっちまったんだよなぁ」


 原田サンの言葉に、私は目を丸くする。


「今なら土方サンの気持ちも分かる気がする」


「トシの気持ち?」


「ほら、あの人ってばよ。嬢ちゃんの為にか馴染みの女共と縁を切っただろ? 俺も、まさが居れば他の女などどうでも良いからよ……同じだ」



 照れ臭そうに話す原田サンが、心なしか可愛らしく見えた。


 それと同時に、男の人もこんな気持ちになるんだ……と分かり、少し嬉しく思えた。






 この出来事から数日後


 原田サンは、まさサンという女性と祝言を挙げた。


 私の時代の結婚式の様な華やかさは無いがとても厳かな雰囲気があり、私は伝統的な白無垢に憧れた。


 原田サンはというと屯所を出て、西本願寺に程近い場所に所帯を持ち、二人で暮らすそうだ。


 近いとはいえ、原田サンと永倉サンの掛け合いが頻繁に見られなくなると思うと、少し寂しい気もした。



「いいなぁ……」



 原田サン達の祝言を思い出し、ふと呟く。


「何が、良いんだ?」


 突然、背後から尋ねるトシの声に驚く。


「な……な、何でも無いよ!!」


 トシの姿に気づかずに、ふと呟いてしまった。


 何が、と言われても……言えやしない。


 原田サンと、まさサンの事が羨ましいだなんて……



「お前も興味があるのか?」


 

 トシはふと尋ねた。



「何の話?」


「祝言……だ」



 その言葉に一瞬ドキリとした。


 私はそんなに羨ましそうな表情をしていたのだろうか?



「そりゃあ……少しだけね。でもね、良いの! 私、今のままでも十分幸せだもん。それに、私もまだやりたいことがあるし……だから良いの。それに、約束したでしょう?」



「約束?」



「泰平の世が訪れたら……もらってくれるって」



「そう……だった、な」



 トシは小さく笑った。








 叶えられるはずもない約束



 そんな日など決して来るはずは無いのに……



 それでも、そんな日が来ることを



 心のどこかで、願わずにはいられなかった。







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