屯所の移転
桜の花が咲き誇る頃
新選組はこれまでの屯所を引き払い、西本願寺へと移転した。
300畳もの広さを誇る、西本願寺の集会所。
此処が今日から、私達の屯所となる。
その、あまりの広さに私は驚きを隠せなかった。
「ここが西本願寺ですかぁ……本当に広いなぁ」
門をくぐるなり、私はキョロキョロと辺りを見渡す。
「嬢チャン、幹部が屯所内で迷子になるなよ?」
原田サンがニヤついた表情で言った。
「迷子になんてなりませんよぉ」
私は頬を膨らます。
「左之介に桜! これから、広間で部屋の割り振りを決める。早く来い!」
トシに促され、私達は広間へと向かった。
「さて、部屋の割り振りだが……この広間を幹部の会合の場にする。それでだな……」
トシは屯所の見取り図を広げた。
「こちらから、そちらまでが平隊士の部屋だな。それで……そこから、此処までが幹部の部屋で良いだろう。細かな部屋割りは一通りの説明の後に決める」
私達は頷いた。
「医務室は此処……門から程近くにあるこの離れだな。外で怪我したモンがすぐに手当てを受けられるし、離れならば病人の隔離もできる。広さも申し分無いだろう。桜、どうだ?」
「名案だと思います」
「よし。では次、此処が稽古場で……飯場の隣の、こっちの広間が食堂だな。他には……」
トシの説明は淡々と進む。
共同スペースなどに関しては、皆も特に異論は無いようだ。
「平隊士の部屋割りは、この紙にあるように割り振ってくれ。よし、これで終わりだ! さぁて……俺らの部屋割りに移るか」
トシの言葉に、原田サンと永倉サンが目を輝かせる。
「待ってました!!」
「よし、ぜってぇに良い場所を取るぜ!!」
二人は意気揚々としている。
「残念だが……まずは、近藤サンの部屋だな。近藤サン、好きな場所を選んでくれ」
「いやいや、私は何処でも良いさ」
近藤サンは遠慮がちに言った。
「近藤サンが一番に決めなきゃ、他が決まんねぇよ。なぁ、左之?」
「その通りだ近藤サン。大将が一番良い部屋ってのは決まってるからよ」
永倉サンと原田サンに促され、近藤サンは仕方なく部屋を決めた。
何故か一番広くて良い部屋ではなく、普通の部屋を選んでいた。
「近藤サンの部屋が決まったのでしたら、次は桜サンの部屋を決めては如何ですか?」
伊東サンが提案する。
「そんな……私は最後で良いですよ!?」
私は慌てて答えた。
「じゃあさぁ、嬢チャンは……此処、なんてどうだ?」
原田サンが指差したのは、離れに位置する広い部屋だった。
「えー!? 私、離れなんですか?」
「左之介、何で桜が離れなんだよ!? 女が離れに独りで寝るなんざ、危ねぇに決まってんだろ? 駄目だ、駄目だ!!」
驚く私と、断固として認めないトシ。
「独りじゃねぇよ……」
「……何? どういう事だ?」
その言葉にトシは訝しげな表情を浮かべる。
「離れだし、広ぇし……土方サンも一緒にその部屋にすりゃあ良いと思ったんだよ」
原田サンの提案に私達は唖然とする。
「な……なな、何言ってるんですか!? 原田サンったら、嫌だなぁ。そんな冗談止めて下さいよぉ」
「冗談じゃねぇよ。そうすりゃあ、部屋も一つ空くしさぁ……その分、平隊士の部屋を一つ増やしてやりゃあ良いかなと思ってよ」
いつもの冗談かと思いきや、真剣な表情の原田サンに、上手く言い返せなかった。
「良いんじゃないの? だってさぁ、僕らは個室だけど、平隊士達は相部屋じゃない? それなら、部屋は一つでも多いにこした事はないよね」
総司サンも原田サンの意見に賛同した。
「確かになぁ……まぁ、何だ? 嬢チャンと土方サンが同室だろうが、んなモン今更だろ」
永倉サンまで賛同し始める。
何だか雲行きが怪しくなって来た。
こうなったら……トシがハッキリ拒否してくれる事を願うしかない。
私はトシに目を移した。
「…………仕方ねぇなぁ。それで良い」
トシの意外な一言に、私は目を見開いた。
「な……んで!?」
私の疑問は、皆には届かず……結局、離れの一室にトシと同室にされてしまった。
嫌……なわけでは無いが、やはり少し照れ臭い。
今更と言われてしまえば、そうなのかもしれないが……気にしてしまうのが乙女心だ。
「よし! これで全て済んだな。この後は……各々、部屋の整理をする時間に当ててくれりゃあ良い。山崎、平隊士たちの部屋割りを伝えて来てくれ、この紙の様に頼む。」
「御意」
そう告げると山崎サンはこの場を去っていった。
皆が広間から出ていくのを見て、私も広間から出た。
仕方がないので、私は割り当てられた自室へと向かう。
屯所の移転
トシとの同棲生活のようになってしまった今日というこの日
それは……何とも微妙なスタートだった。




