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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第19章 鉄の掟
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長期休暇


 翌日の夕餉後、私は近藤サンから声が掛かるのを待っていた。


 昨夜の話を経て……近藤サンはどのように感じ、どのような決断を下すのだろうか?


 言いたい事は言い切ったはずだ。


 あとは……近藤サンの決断を聞いてから動くより他はない。



 気付けば夜も深まり、深夜近くになっていた。



 近藤サンに呼ばれるまでの時間を医務室で過ごす私は、まるで刑の執行を待つ囚人のような心持ちだった。



「邪魔するぞ?」



 そう言いながら医務室に現れたのはトシだった。


「急にどうしたの?」


「……近藤サンが呼んでいる」


 その言葉に、鼓動が早まるのを感じた。


「わかった。今行く」






 近藤サンの部屋に入ると、そこには山南サンの姿もあった。


 私とトシは、促されるままに腰を下ろした。


「それで……話とは何でしょうか?」


 山南サンは近藤サンに尋ねた。


「話とは……」


 近藤サンは言いにくそうな表情をしている。



「山南サン、アンタは新選組を離れたいのか?」



 近藤サンの表情を察してか、トシは近藤サンより先に確信に迫るような事を言った。


 その張りつめた空気に、私は三人をただ眺める事しか出来なかった。



「山南サン……答えろよ」



 答える気が無いのか、はたまた返答に迷っているのか……押し黙る山南サンに、トシは苛立っているかの様だった。



「もしも……そうだと申したら如何しますか? 貴方は私を斬りますか?」



 苛立つトシの反応を楽しむかのように、山南サンは笑顔で尋ねた。


「山南サン……アンタは俺が、俺の遣り方が気に食わねぇんだろ? そんな事ぁわかってんだよ! だがな……この新選組をでかくするには、仕方のねぇ事だってあんだよ。芹沢サンを斬ったあの日から……俺達はもう後戻りなんざ……できねぇんだ」


「そうですね……しかし、土方クン。貴方は何故、新選組を大きくしたいのですか?」


「そんなモンは決まってんだろ? 隊士が増えりゃあ、出来る事も増えるからな。不逞浪士の捕縛も……」


「そんな理由ではないでしょう?」


 トシが言い切らぬ内に、山南サンはそれを遮った。


「土方クン、貴方は新選組の為と口では言ってはいるが……本心は違うはずだ。貴方の頭には近藤サンの事しかない! 近藤サンの出世の為に我々を利用しているに過ぎない!」


 山南サンとトシは、いつになく険悪な雰囲気だ。


 激化する二人の言い合いに私はただただ困惑し、近藤サンは目蓋を固く閉じ腕を組んでただ聞いているだけだった。


 その雰囲気の中、しばらくの間沈黙が続いた。



「それの何が悪ぃんだよ!」



 沈黙を破ったのはトシだった。



「みんな近藤サンを慕って試衛館に集まった。近藤サンを大将に掲げたのは他でもない、俺たちだ。その大将を出世させたいと願うのは間違った事なのか? 苦しい財政の中、俺たちを食客として迎え入れてくれた近藤サンに恩は感じねぇのかよ!?」


 トシは辛そうな表情で、吐き捨てるように言った。


 不謹慎ながらにも、トシのそういう真っ直ぐなところが格好良いと思ってしまう。


「恩は……勿論ありますよ? ですが、私たちは主従ではない!  ……同志であった筈です。それが今ではすっかり変わってしまいました。本来ならば、私たち幹部や局長である近藤サンでさえ、他の隊士たちとの上下関係は存在しないはずなのに……」


 山南サンはこの間もそんな事を言っていた。


 山南サンの心に引っ掛かっているのは、きっとこの事なのだろう。



「だから……貴方とは気が合わないのですよ。土方クン……」


「そりゃあどうも。奇遇だなぁ? 山南サン、俺も同じ事を思っていたぜ?」



 二人は苦笑いする。



「それで……山南クンは、どうしたいのだ? 本当に離隊……したいのか?」



 近藤サンは目蓋を開くと、山南サンに問い掛けた。


「現状の新選組では、私は付いてはいけません」


「それが……答えなのか?」


「…………はい」


 近藤サンは深く溜め息をついた。


「幹部を離隊なんざさせられねぇに決まってんだろ? 隊内の士気に関わる」


 トシはボソリと呟いた。


「トシ!!」


 近藤サンの制止に、トシは一層不機嫌そうな表情になる。


「山南クンの気持ちはよくわかった。だが、試衛館からの仲間を失うのは本当に辛い……」


「それは私も同じです」


「離隊……と言っていたが、すぐに離隊するのではなく、しばらく新選組を離れて休養するというのはどうだろうか?」


「休養……ですか?」


 山南サンは怪訝そうな表情を浮かべる。


「そうだ。しばらくの間、江戸に戻るなり明里サンと旅をするなり、ゆったりと過ごす。」


「それに何の意味があるのです?」


「離隊するか否かを今一度、考えてみてほしいのだ。休養後、それでも今の気持ちが変わらないと言うのならば……その時は、私も止めはしない」


「わかりました。そのようにさせて頂きます」


 山南サンは近藤サンの気持ちを汲み取ったのか、それ以上反論する事は無かった。


 山南サンが去った後、取り残された私たちは、何とも言えない表情をしていた。



「これで……良かったのだろうか?」



 近藤サンは誰にともなく、まるで自分に言い聞かせるかのように問い掛ける。



「あの人も頑固だからなぁ……こうするより他は無かったんじゃねぇのか? 試衛館からの幹部を切腹なんざさせちまったら、寝覚めが悪くて敵わねぇよ」



 トシはぶっきらぼうに答えた。



「私も……そう思います。きっとまた、新選組に戻ってきてくれると信じて……山南サンを送り出してあげるのが今出来る事でしょうから」



 私も賛同した。



「そういや、お前……今日はおとなしかったなぁ? 具合でも悪ぃのか?」


「トシと山南サンの言い合いに、入っていけなかったの!」



 笑いながら言うトシに私は答える。



「そういえば……トシも山南クンも、初めてだろう?」


「ん? 何がだ?」


「互いの気持ちを、面と向かって言い合ったのは……だ」


「そういや……そうかもしれねぇなぁ」



 近藤サンとトシは顔を見合わせる。



「山南サン……戻ってくんのかねぇ?」



「きっと戻って来てくれるさ!」





 これが最善の策だったのかはまだ分からない。




 しかし、脱走から切腹と言う悲しい未来は変えられたのだろう。




 何故なら




 今夜が史実で伝わる『山南サンが脱走した日』なのだから…………




 長期休暇を言い渡された山南サンが、この後屯所を離れたとしても、隊規違反にはならない。






「おい……」


 近藤サンの部屋から出たところで、私はトシに呼び止められる。


「なぁに?」


「今日はこのまま……部屋に来ねぇか?」


 トシの真剣な表情に少し戸惑ったが、私は微笑むと、トシの手を取った。



「行こっか」



 これだけの人数が居れば、相容れない人も居るだろう。



 それを纏めあげなければならないトシの苦労は、わたしには計り知れない。



 私の存在がトシにとって……少しでも支えになれば良い。



 そう、強く願った。





























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