核心
あれから数日、私は一つの作戦を考えた。
至って単純な事ではあるが、山南サンと親密になろう……という物だった。
私は隊務の合間を縫っては山南サンに会いに行くようになった。
「山南サン!!」
私は山南サンを見かけるなり声をかける。
「おや? 桜サン……今度は何ですか?」
山南サンは私の姿に、苦笑いする。
「お団子を買ってきたんです。良かったら一緒に食べませんか?」
「お気持ちは嬉しいのですが……これから伊東サンと出掛けねばなりません。沖田クンを誘ってみては如何ですか?」
「そうですか……」
私はガックリと肩を落とす。
最近、山南サンに付きまとい過ぎたのかもしれない……もしかしたら、山南サンに不審に思われているのだろうか?
そんな思いが駆け巡る。
「そんな顔をなさらないで下さい。……仕方がありませんね。今宵、時間を空けておきましょう。何か話したい事があるのでしたら、その際に伺いますよ?」
その一言に、私の表情は明るくなる。
「ありがとうございます!!」
「それでは、私は行って参ります」
「お気を付けて」
山南サンに付きまとって居たものの、中々ゆっくりと話す時間が取れず、確信に迫る話はできずにいた。
山南サンからのこの申し出は、私にしてみれば願ったりであった。
夕餉が済み、山南サンにこっそり声を掛けられる。
トシに気付かれないよう、山南サンの部屋に向かった。
「さて……このところ、貴女の様子が違って見えますが、何かありましたか?」
山南サンは早速話を切り出した。
「私……不安なんです」
「不安?」
「山南サンが……新選組から居なくなってしまいそうな予感がしてならないんです」
私は泣きそうな顔で言った。
「先読み……ですか?」
山南サンは苦笑いをする。
「…………はい」
「貴女は素直な方ですね……嘘をつかないのは良い事ですが」
「…………」
私は首をかしげた。
「貴女は私の末路を知っている……という前提で話しましょうか」
「はい」
「貴女の予測通りです。私は……新選組を離れようと考えて居ます」
山南サンの衝撃的な発言に、開いた口が塞がらなかった。
「脱走……ですか?」
「いえ、いえ。脱走を企てている訳ではありません」
「どういう意味ですか?」
私は山南サンの意図する事が読めず、尋ねた。
「新選組には土方クンの作った鉄の掟がある事は御存知ですよね?」
「はい、勿論です。それに背けば……私であっても切腹だ、とトシが言っていました」
「土方クンも中々の冷血漢ですねぇ……恋人である貴女にですら、その鉄の掟を強いるとは」
山南サンは、珍しく眉間にシワを寄せた。
「山南サンは……トシの事をお嫌いなのですか?」
「そんな事はありません! 私たちは仲が良くない様に思われがちですが……それでいて、私も土方クンも互いを認め合ってはいるのですよ?」
「では……何故、新選組を離れるのですか?」
私は核心に迫る質問を投げ掛けた。
「居場所が無いからです……」
「居場所ならあるじゃないですか! 私も、他の皆さんも……近藤サンだって、山南サンを慕っています」
「そう言って頂けるのは嬉しいですね。ですが……」
山南サンは辛そうな表情をする。
「新選組は大きくなりすぎました。今はこんなに立派な組織になりましたが、昔はもっとこじんまりした物だったのですよ」
「……分かります」
「共に同じ想いを抱き、語り合い、笑い合い……そこには上も下も無く、近藤サンを中心に対等な関係でした」
「今は……違うのですか?」
「いつからでしょうかね? あくまで同志だった私たちが、近藤サンを頂点とした……組織となってしまったのは」
山南サンは目を細め、昔を懐かしむかのような口振りで言った。
「本来ならね……私たちも平隊士たちも、対等なのですよ? ですが……土方クンの築いた物は、この新選組という組織は、ただの田舎侍に富と名誉と与える代わりに……いつしかそんな関係を崩してしまいました」
私は返す言葉が見付からず、無言で山南サンの話に耳を傾ける。
「土方クンのやり方にも、それにほだされ続ける近藤サンにも……私には付いて行けなくなってしまいました。ここまで組織が出来上がれば……私が手を加える事は、もう何もありません」
山南サンの悲痛な心の叫びに、気付けば私は涙を流していた。
「おや、おや。泣かせてしまいましたか……」
「それでも……私は、山南サンに生きていて欲しいんです!!」
「生きていて欲しい? まるで私が死ぬような口振りですね……」
その言葉に、ハッとする。
「ここまで話したついでです。貴女が知る私の末路を……話しては頂けませんか? 何を聞いても驚きませんよ。死ぬ事は分かってしまったのですからね?」
山南サンは穏やかな表情で、優しく言った。
「穏便な離隊を、近藤サンから許可されなかった山南サンは……明里サンを身請けして……新選組を、脱走……します」
「脱走……ですか」
「総司サンが追っ手として山南サンを探しに行くのです。トシは……山南サンを逃がそうと考えて、総司サンを送ったのですが、運悪く総司サンが追い付いてしまいます」
「それで?」
「総司サンはトシの意向を伝え……このまま逃げるよう山南サンに言いますが……山南サンは何故か屯所に戻ってきてしまうのです。屯所に戻ってきてからも、山南サンが逃げられるように皆があれこれ隙を作りますが……山南サンは決して逃げようとはしませんでした」
「だから……私は切腹なのですね?」
私はコクりと頷いた。
「介錯は……総司サンです」
ポロポロと涙を流しながら、やっとの事で全て言い切った。
「貴女には……辛い想いをさせてしまいましたね?」
山南サンはそう言うと、そっと私を抱きしめた。
「心の優しい貴女は、きっと……その末路を変えようと、心を砕いていた筈です。先の出来事を知っているという事は……私が想像するより、遥かに辛い事なのでしょうね」
「山……南……サン」
「私が不甲斐ないせいで、本当に申し訳ない」
「私、嫌です……山南サンにも……生きていて欲しい……から」
山南サンはまるで子供をあやすかのように、泣きじゃくる私の背中を、優しくさすり続けてくれていた。
「どうしても、離隊……すると言うならば……私が近藤サンや……トシに掛け合いますから! だから……脱走だけは……それだけはしないで? どうか……お願い!」
「桜サン……」
私のあまりの号泣ぶりに、山南サンは困った様な表情で笑う。
「貴女をこんなにも泣かせてしまうだなんて……土方クンに知れたら、それこそ私は切腹ものですね」
その言葉に思わず笑みがこぼれる。
「やっと……笑ってくれましたか」
見上げると、山南サンが笑顔を向けていた。
「さて……貴女はそろそろ戻りなさい。あまり遅くなると、土方クンが心配しますよ?」
「でも…………」
「桜サン……私は大丈夫ですからね?」
私は、なかば強制的に自室へと戻されてしまった。
本当に…………
大丈夫なの?
山南サンの笑顔を思い浮かべ、天に向かって問い掛ける。
ゆっくり話す事はできた。
しかし
私の不安を拭い去る事は出来はしなかった。




