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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第19章 鉄の掟
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核心


 あれから数日、私は一つの作戦を考えた。


 至って単純な事ではあるが、山南サンと親密になろう……という物だった。


 私は隊務の合間を縫っては山南サンに会いに行くようになった。





「山南サン!!」


 私は山南サンを見かけるなり声をかける。


「おや? 桜サン……今度は何ですか?」


 山南サンは私の姿に、苦笑いする。


「お団子を買ってきたんです。良かったら一緒に食べませんか?」


「お気持ちは嬉しいのですが……これから伊東サンと出掛けねばなりません。沖田クンを誘ってみては如何ですか?」


「そうですか……」


 私はガックリと肩を落とす。


 最近、山南サンに付きまとい過ぎたのかもしれない……もしかしたら、山南サンに不審に思われているのだろうか?


 そんな思いが駆け巡る。


「そんな顔をなさらないで下さい。……仕方がありませんね。今宵、時間を空けておきましょう。何か話したい事があるのでしたら、その際に伺いますよ?」


 その一言に、私の表情は明るくなる。


「ありがとうございます!!」


「それでは、私は行って参ります」


「お気を付けて」


 山南サンに付きまとって居たものの、中々ゆっくりと話す時間が取れず、確信に迫る話はできずにいた。


 山南サンからのこの申し出は、私にしてみれば願ったりであった。







 夕餉が済み、山南サンにこっそり声を掛けられる。


 トシに気付かれないよう、山南サンの部屋に向かった。



「さて……このところ、貴女の様子が違って見えますが、何かありましたか?」


 山南サンは早速話を切り出した。


「私……不安なんです」


「不安?」


「山南サンが……新選組から居なくなってしまいそうな予感がしてならないんです」


私は泣きそうな顔で言った。


「先読み……ですか?」


 山南サンは苦笑いをする。


「…………はい」


「貴女は素直な方ですね……嘘をつかないのは良い事ですが」


「…………」


 私は首をかしげた。


「貴女は私の末路を知っている……という前提で話しましょうか」


「はい」


「貴女の予測通りです。私は……新選組を離れようと考えて居ます」



 山南サンの衝撃的な発言に、開いた口が塞がらなかった。



「脱走……ですか?」


「いえ、いえ。脱走を企てている訳ではありません」


「どういう意味ですか?」



 私は山南サンの意図する事が読めず、尋ねた。



「新選組には土方クンの作った鉄の掟がある事は御存知ですよね?」


「はい、勿論です。それに背けば……私であっても切腹だ、とトシが言っていました」


「土方クンも中々の冷血漢ですねぇ……恋人である貴女にですら、その鉄の掟を強いるとは」



 山南サンは、珍しく眉間にシワを寄せた。



「山南サンは……トシの事をお嫌いなのですか?」


「そんな事はありません! 私たちは仲が良くない様に思われがちですが……それでいて、私も土方クンも互いを認め合ってはいるのですよ?」


「では……何故、新選組を離れるのですか?」



 私は核心に迫る質問を投げ掛けた。



「居場所が無いからです……」


「居場所ならあるじゃないですか! 私も、他の皆さんも……近藤サンだって、山南サンを慕っています」


「そう言って頂けるのは嬉しいですね。ですが……」



 山南サンは辛そうな表情をする。



「新選組は大きくなりすぎました。今はこんなに立派な組織になりましたが、昔はもっとこじんまりした物だったのですよ」


「……分かります」


「共に同じ想いを抱き、語り合い、笑い合い……そこには上も下も無く、近藤サンを中心に対等な関係でした」


「今は……違うのですか?」


「いつからでしょうかね? あくまで同志だった私たちが、近藤サンを頂点とした……組織となってしまったのは」



 山南サンは目を細め、昔を懐かしむかのような口振りで言った。



「本来ならね……私たちも平隊士たちも、対等なのですよ? ですが……土方クンの築いた物は、この新選組という組織は、ただの田舎侍に富と名誉と与える代わりに……いつしかそんな関係を崩してしまいました」



 私は返す言葉が見付からず、無言で山南サンの話に耳を傾ける。



「土方クンのやり方にも、それにほだされ続ける近藤サンにも……私には付いて行けなくなってしまいました。ここまで組織が出来上がれば……私が手を加える事は、もう何もありません」



 山南サンの悲痛な心の叫びに、気付けば私は涙を流していた。



「おや、おや。泣かせてしまいましたか……」


「それでも……私は、山南サンに生きていて欲しいんです!!」


「生きていて欲しい? まるで私が死ぬような口振りですね……」



 その言葉に、ハッとする。



「ここまで話したついでです。貴女が知る私の末路を……話しては頂けませんか? 何を聞いても驚きませんよ。死ぬ事は分かってしまったのですからね?」



 山南サンは穏やかな表情で、優しく言った。



「穏便な離隊を、近藤サンから許可されなかった山南サンは……明里サンを身請けして……新選組を、脱走……します」


「脱走……ですか」


「総司サンが追っ手として山南サンを探しに行くのです。トシは……山南サンを逃がそうと考えて、総司サンを送ったのですが、運悪く総司サンが追い付いてしまいます」


「それで?」


「総司サンはトシの意向を伝え……このまま逃げるよう山南サンに言いますが……山南サンは何故か屯所に戻ってきてしまうのです。屯所に戻ってきてからも、山南サンが逃げられるように皆があれこれ隙を作りますが……山南サンは決して逃げようとはしませんでした」


「だから……私は切腹なのですね?」



 私はコクりと頷いた。



「介錯は……総司サンです」



 ポロポロと涙を流しながら、やっとの事で全て言い切った。



「貴女には……辛い想いをさせてしまいましたね?」



 山南サンはそう言うと、そっと私を抱きしめた。



「心の優しい貴女は、きっと……その末路を変えようと、心を砕いていた筈です。先の出来事を知っているという事は……私が想像するより、遥かに辛い事なのでしょうね」



「山……南……サン」



「私が不甲斐ないせいで、本当に申し訳ない」



「私、嫌です……山南サンにも……生きていて欲しい……から」



 山南サンはまるで子供をあやすかのように、泣きじゃくる私の背中を、優しくさすり続けてくれていた。



「どうしても、離隊……すると言うならば……私が近藤サンや……トシに掛け合いますから! だから……脱走だけは……それだけはしないで? どうか……お願い!」



「桜サン……」



 私のあまりの号泣ぶりに、山南サンは困った様な表情で笑う。



「貴女をこんなにも泣かせてしまうだなんて……土方クンに知れたら、それこそ私は切腹ものですね」



 その言葉に思わず笑みがこぼれる。



「やっと……笑ってくれましたか」



 見上げると、山南サンが笑顔を向けていた。



「さて……貴女はそろそろ戻りなさい。あまり遅くなると、土方クンが心配しますよ?」



「でも…………」



「桜サン……私は大丈夫ですからね?」



 私は、なかば強制的に自室へと戻されてしまった。




 本当に…………




 大丈夫なの?





 山南サンの笑顔を思い浮かべ、天に向かって問い掛ける。





 ゆっくり話す事はできた。





 しかし





 私の不安を拭い去る事は出来はしなかった。

















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