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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
111/181

予防接種


 今日は朝からバタバタと慌ただしかった。


 何故なら、今日は予防接種を行うからだ。


 伊之助サンが届けてくれた破傷風トキソイド


 これを全隊士に接種させる。


 その仕度を行っていた。


 予防接種に加えて、ついでに簡単な健康診断も行う予定だ。


 島原が近いせいか、毎晩のように島原通いする者が多く、労咳や梅毒に感染している者がいれば、投薬治療を行う事が目的だった。






「これで完了です!」


 私は笑顔で山崎サンに言った。


「それでは……まずは俺に打ってもらおうか?」


「分かりました」


 注射器にワクチンを吸い上げると、山崎サンの皮膚にアルコール消毒を行い、ワクチンを注入した。


「こんな物か……それにしても、これで破傷風に掛からなくなるとはな。お前はこの日の本一の名医だな」


「それもこれも、医学所のみなさんのお蔭です。私は先の世の医学書を与えただけであって……有能なのは、この時代の医者のみなさんですよ!」


「そう謙遜するな」


 山崎サンは優しく笑うと、私の頭を撫でた。


「山崎サンは、労咳や梅毒は大丈夫ですか?」


「労咳は分からないが……梅毒は大丈夫だ。何より身に覚えが無いからな」


 山崎サンは気恥ずかしそうに呟いた。


 聴診では労咳の気はなく、安心する。


「さて……皆を呼ぶが、良いか?」


「お願いします!」






 平隊士たちが訪れる。


 初めて見る予防接種というものに、隊士たちはざわめきだっていた。


「新選組の男がこれくらいの事で何を騒ぐ? 刀傷の方が余程の痛みだろう?」


 山崎サンは怯える隊士たちを一喝した。


「そうですよ。破傷風は刀傷から感染しやすいんですよ? 発症したら死んじゃいますからね! さて、一番勇気のある方は……誰ですか?」


 その言葉に隊士たちは覚悟を決めた様で、我先にと列をなした。


 実施前は怯えていた者も、いざ終わってみるとスッキリした表情になり、笑顔で医務室から去っていく。



 平隊士たちの予防接種は無事に終わった。



 しかし



 労咳が1名居た他、梅毒は5名と……決して少なくない数字であった。


 労咳の1名は即隔離し、ストレプトマイシンを投与する。


 心配なのは、不顕性感染……つまり、菌に感染しているのに発症していない者が居ないかどうかだった。


 不顕性感染者は、自分でも気付かぬ内に菌を広めてしまうからだ。



 梅毒の5名に関してはペニシリンを投与し、禁欲を命じた。




 

 昼餉の後は幹部の予防接種だ。


 昼餉の間は小休止とはいえ、先程の予防接種の副反応が起こらないかどうか危惧していた。





 昼餉の後、医務室に戻るとすぐに幹部達が集まった。


「一番手は左之だろう?」


「いやいや……新ぱっつぁんに譲るよ!」


 原田サンと永倉サンは互いに押し合っている。


「こんな時に、魁先生が居てくれたらなぁ……」


 二人は、今なお江戸に居る平助クンを想い、深い溜め息をついた。


「それでは、誰が一番手か……桜サンに決めて頂きましょうか?」


 山南サンが楽しそうに言った。



「私……ですか!? それでは……原田サンでお願いします」



 その言葉に、永倉サンはニヤリと笑う。


「左之~。嬢ちゃんからのご指名だ!」


「何で俺なんだよ~」


 原田サンは渋々私の前に来る。


「切腹しても大丈夫な人は、予防接種くらいでは死にません!!」


 私はピシャリと言い切った。


 原田サンは注射器から顔をそむけている。


 私はそんな原田サンを気にする事なく、テキパキと済ませた。



「あれ? もう終わったの!? 何だよ、何だよ……怯えて損しちまったよ」



 原田サンは終わるなり、笑顔を浮かべた。



 原田サンの様子を見ていた皆は安心した様で、その後はスムーズに予防接種を行う事ができた。



 労咳の方は皆クリアしたが、問題は梅毒だった。



 幹部にもなれば、その給金は平隊士と比べて格段に高くなる。



 島原通いも平隊士の比ではない。



「梅毒の疑いがある人! 正直に手を挙げて下さい。」



 梅毒は吉原や島原をはじめ、多くの歓楽街で深刻な病であり、この時代ではいつ誰がかかっても不思議でない程だ。


 しかし


 梅毒にかかっているか調べる検査である、ワッセルマン反応による検査に関しては未だ研究段階だそうで、確実に調べる事は出来ない。


 そうなると、それに近しい症状が出ているかどうかで判断するしかないのだ。



 この時代の日本では、梅毒の感染率が異常に高かったので、たいていの人がその症状がどんな物なのかを知っている。



 症状が出ている者ならば、その感染者を発見する事は案外容易いようだ。




「左之と新八はよく診てもらった方が良いな」



 トシがぼそりと言う。



「そう言う土方サンはどうなんですか~?」



 総司サンが意地悪そうに尋ねた。



「なっ!? ……俺は身に覚えがねぇ!!」



 眉間にシワを寄せ、トシは総司サンを睨む。



「だよなぁ……土方サンが梅毒になっちまったら、嬢ちゃんも梅毒になっちまうもんなぁ?」



「は……原田サン!! な、何を言ってるんですか!?」



 原田サンの言葉に、全身が一気に紅潮する。



「嬢ちゃんは可愛いなぁ……すぐに真っ赤になっちまう」



 永倉サンは私の頬をつつきながら笑った。



「もうッ!知りませんっっ!!」



 私は頬を膨らませた。



「あまり……からかってやっては可哀想ですよ?」



 斎藤サンが二人を制止した。



 今のところ、皆にそれらしい症状は無い様で、予防接種と健康診断は無事に終了した。






「もうっ……原田サンと永倉サンったら、いつも私をからかって!」


 独り言を言いながら、後片付けを行う。


「良いじゃないか」


 山崎サンがフッと笑った。


「……何が良いんですか?」


 訝しげな表情で尋ねる。


「お前は皆から愛されている……」


「意味がわかりません!」


「副長以外の皆は……お前を妹の様に可愛がって居る、という事だ」


 山崎サンは私の頭にポンっと手を置いた。



「妹……ねぇ」



 山崎サンの言葉が本当かは分からないが、何となく嬉しくなり、自然と顔がほころんだ。




 本当にそうだったら、少し……嬉しい、な。









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