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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第18章 新体制
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色男


 麻疹騒動の始まりから二週間近くが経った。


 その後も追加で麻疹にかかる者がバタバタと増え続け、一時期は屯所内にも麻疹が蔓延しかけた。


 しかし


 今なお病室に残る隊士も最後の一人となり、その彼も既に回復期に入っていたので、やっとの事で事態も収束に近付いた……と言えよう。



 今回、誰一人として死なせる事はなかった。



 命定めと恐れられた流行り病に……先の見えない初めての戦に、私は勝ったのだ。


 これも全て、幹部の皆のお蔭だった。






「桜サンいらっしゃいますか? 桜サンに来客があるのですが……」


 病室の外から隊士が私に声を掛けた。


「今伺いますので、私の部屋に通して頂けますか?」


「承知致しました」


 来客……と言われたものの、心当たりは無い。


 念の為、トシにも声を掛けようと思い病室を後にした。





「トシ!!」


 廊下を歩くトシに目を留めると声を掛けた。



 タイミングが悪いとはこの事だろうか?



 廊下の曲がり角だった為、私にはトシの姿しか見えてはいなかったのだ。


「あれぇ……嬢チャン。土方サンと随分仲良くなったモンだなぁ?」


 原田サンがわざとらしく言う。


「トシ~! なんて……いつの間に呼び方が変わったんだぁ?」


 永倉サンもニヤついた表情でからかった。


「お前ら……少し黙れ!」


 トシは、少し頬を紅くすると吐き捨てるように言った。


「ごめんなさい……この呼び方に慣れてしまったので……」


 私はトシにこっそり謝った。


「謝んなくて良いさ。それより何かあったんじゃねぇのか?」


「あ! そうだ。私に来客があるそうで……土方サンに念の為,報告を……と」


 私はわざと話し方を直して言った。


「わかった……俺も行く。佐之、さっきの話はそれで進めてくれ」


「はいよっ!」


 原田サンらと別れると、私たちは並んで歩く。


「さっきは……その、ごめんなさい。二人が居る事に気付かなくて」


「気にすんな」


 そう呟いたトシは、私の頭を撫でた。






「お待たせ致しました」


 自室の襖を開くなり、懐かしい顔に思わず表情がゆるむ。


「突然すみませんね。取り急ぎ渡したいと思ったもので……」


「伊之助サン!! お久し振りです。もしや、完成したのですか?」


 座ってお茶をすする伊之助サンに、私は興奮気味に尋ねた。


「ええ! 完成しましたとも!! 人体にも投与済みですので、ご安心下さい。それと機材も……ほら!」



 伊之助サンは、持ってきた荷物を私の前に並べた。



 点滴用具や注射器類に生理食塩水、破傷風ワクチンと血清。


 更には、ペニシリンにストレプトマイシン。


 そして、エーテル。



 私たちが医学所で完成させた物を、医学所の医者達が総動員で更なる研究を重ね、それを精製し、最終的には人体に害が無いかまで確認してくれたそうだ。



 そして伊之助サンが、完成と同時に私の元に多量に届けてくれた。



「これで……たくさんの人が救えます! 本当にありがとうございました。伊之助サンさえ宜しければ、お礼を兼ねて京を案内させては頂けませんか?」


「お気持ちは嬉しいのですが……」


「何か所用でも?」


「はい。良順先生のご意向で、これらを京や大坂でも作れるよう、私が手筈を整えなければなりません。折角お誘い頂いたのに、申し訳ありません」


「そうですか……残念ですが、そちらはまたの機会にしましょう」


「そうですね、私も楽しみにしています。桜サン、私の此度の仕事が上手く行けば、新選組も薬剤を円滑に仕入れる事ができましょう? さて、それでは私は失礼致します」




 そう言うと、伊之助サンは足早に去って行った。





「伊之助……と言ったか?ありゃあ、医者にしとくには勿体ねぇくれぇの色男だったな」



 伊之助サンの背中を見送りながら、トシはポツリと呟いた。



「トシ……妬いてるの?」



 私はクスリと笑う。



「妬いてねぇよ! ……そもそも、俺の方が男前だ!」



「フフッ……そうだね! じゃあ、これを医務室に運ぶのを手伝って下さいな、色男サン?」



 私はトシに荷物を手渡した。



「しょーがねぇなぁ」



 渋々手伝うトシの姿に、私の顔は自然とほころんだ。












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