色男
麻疹騒動の始まりから二週間近くが経った。
その後も追加で麻疹にかかる者がバタバタと増え続け、一時期は屯所内にも麻疹が蔓延しかけた。
しかし
今なお病室に残る隊士も最後の一人となり、その彼も既に回復期に入っていたので、やっとの事で事態も収束に近付いた……と言えよう。
今回、誰一人として死なせる事はなかった。
命定めと恐れられた流行り病に……先の見えない初めての戦に、私は勝ったのだ。
これも全て、幹部の皆のお蔭だった。
「桜サンいらっしゃいますか? 桜サンに来客があるのですが……」
病室の外から隊士が私に声を掛けた。
「今伺いますので、私の部屋に通して頂けますか?」
「承知致しました」
来客……と言われたものの、心当たりは無い。
念の為、トシにも声を掛けようと思い病室を後にした。
「トシ!!」
廊下を歩くトシに目を留めると声を掛けた。
タイミングが悪いとはこの事だろうか?
廊下の曲がり角だった為、私にはトシの姿しか見えてはいなかったのだ。
「あれぇ……嬢チャン。土方サンと随分仲良くなったモンだなぁ?」
原田サンがわざとらしく言う。
「トシ~! なんて……いつの間に呼び方が変わったんだぁ?」
永倉サンもニヤついた表情でからかった。
「お前ら……少し黙れ!」
トシは、少し頬を紅くすると吐き捨てるように言った。
「ごめんなさい……この呼び方に慣れてしまったので……」
私はトシにこっそり謝った。
「謝んなくて良いさ。それより何かあったんじゃねぇのか?」
「あ! そうだ。私に来客があるそうで……土方サンに念の為,報告を……と」
私はわざと話し方を直して言った。
「わかった……俺も行く。佐之、さっきの話はそれで進めてくれ」
「はいよっ!」
原田サンらと別れると、私たちは並んで歩く。
「さっきは……その、ごめんなさい。二人が居る事に気付かなくて」
「気にすんな」
そう呟いたトシは、私の頭を撫でた。
「お待たせ致しました」
自室の襖を開くなり、懐かしい顔に思わず表情がゆるむ。
「突然すみませんね。取り急ぎ渡したいと思ったもので……」
「伊之助サン!! お久し振りです。もしや、完成したのですか?」
座ってお茶をすする伊之助サンに、私は興奮気味に尋ねた。
「ええ! 完成しましたとも!! 人体にも投与済みですので、ご安心下さい。それと機材も……ほら!」
伊之助サンは、持ってきた荷物を私の前に並べた。
点滴用具や注射器類に生理食塩水、破傷風ワクチンと血清。
更には、ペニシリンにストレプトマイシン。
そして、エーテル。
私たちが医学所で完成させた物を、医学所の医者達が総動員で更なる研究を重ね、それを精製し、最終的には人体に害が無いかまで確認してくれたそうだ。
そして伊之助サンが、完成と同時に私の元に多量に届けてくれた。
「これで……たくさんの人が救えます! 本当にありがとうございました。伊之助サンさえ宜しければ、お礼を兼ねて京を案内させては頂けませんか?」
「お気持ちは嬉しいのですが……」
「何か所用でも?」
「はい。良順先生のご意向で、これらを京や大坂でも作れるよう、私が手筈を整えなければなりません。折角お誘い頂いたのに、申し訳ありません」
「そうですか……残念ですが、そちらはまたの機会にしましょう」
「そうですね、私も楽しみにしています。桜サン、私の此度の仕事が上手く行けば、新選組も薬剤を円滑に仕入れる事ができましょう? さて、それでは私は失礼致します」
そう言うと、伊之助サンは足早に去って行った。
「伊之助……と言ったか?ありゃあ、医者にしとくには勿体ねぇくれぇの色男だったな」
伊之助サンの背中を見送りながら、トシはポツリと呟いた。
「トシ……妬いてるの?」
私はクスリと笑う。
「妬いてねぇよ! ……そもそも、俺の方が男前だ!」
「フフッ……そうだね! じゃあ、これを医務室に運ぶのを手伝って下さいな、色男サン?」
私はトシに荷物を手渡した。
「しょーがねぇなぁ」
渋々手伝うトシの姿に、私の顔は自然とほころんだ。




