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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
ほのぼの番外編
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呼び名


 あれは、江戸から京へと戻る道中に宿泊した、とある宿での出来事だった。


 その夜もいつも通り、出された夕餉を済ませる。


 部屋の窓から外を眺めながら酒を呑む土方サンの傍らで、私も共に窓の外を眺めていた。




「なぁ……」


 土方サンが不意に話し掛ける。


「何ですか?」


「お前……その話し方、いい加減何とかならねぇのかよ?」


「話し方……ですか?」



 私の話し方の何が悪いのだろうか?


 無意識のうちに、失礼な話し方をしてしまっているのだろうか?



 私は、思わず首をかしげる。



「何か……失礼な物言いでもしましたか?」



 すると、何故か土方サンは深く溜め息をついた。



「それだ、それ!! その話し方だ。」



「?」



 土方サンは、きょとんとしている私の額を小突いた。



「痛っっ!」



「何故お前は、そんなに畏まった話し方をする?」



「それは……土方サンは目上の方、ですし」



「それが、よそよそしくて敵わねぇ!」



 土方サンはそう言うと、杯をあおる。



「俺に対して、畏まった物言いをするな! 屯所ではそのままで構わねぇが……二人の時くれぇ普通に話せ!! お前は、俺の女……なのだろう?」



 普通に……と言われても正直困る。



 この話し方に慣れてしまっているので、それを急に変えるなど……難しい。



「その呼び名も気に食わねぇな」



 土方サンは、話し方だけでなく呼び方についても変えるように注文する。



「えーっ!? 土方サンは土方サンじゃないですか!? 他に何と呼べと?」



「んなモン、色々あるだろうが! 自分で考えろ」



 自分で考えろと丸投げされてしまい、私はただただ困惑する。


 訳の分からない注文に、若干の苛立ちさえ覚えた。


 しばらく考え込むが、どうして良いか分からない。



 そんな私の姿を土方サンはチラリと見る。



「……もう良い。俺は先に寝る」



 土方サンは眉間にシワを寄せたままそう言い放つと、灯りを消し自分の布団に向かう。


 土方サンを怒らせてしまった事に不安になった私は、土方サンに駆け寄った。



「待って!!」



 布団に潜り込もうとしていた土方サンの袖口を掴んだ。


「明日も早ぇんだから……お前も、もう寝ろ」


「嫌……です。だって、土方サンが怒ってるから……」


「別に怒っちゃいねぇさ」


 そう言いつつも、土方サンの言い方はどことなく素っ気ない。


「話し方……変えます。あっ! えっと……変え……る!! だから……」


 袖口を掴んだまま必死に主張した。


「だから?」


 土方サンは私に向き直ると、わざとらしく尋ねた。


「嫌いに……ならないで?」


 暗闇の中、土方サンの表情が読めずに不安になる。


「で……もう一つは?」


 土方サンは意地悪く言った。


「そ……れは」


 何となく気恥ずかしく感じ、私は口ごもる。


 土方サンの表情は分からないが、私の態度にきっと笑っているのだろう。



「何だ……言えねぇのか。それなら……」



 土方サンは、再び布団に入ろうとしている。



「と……」



 私は、自分の浴衣を握りしめた。


 たいした事ではない筈なのに……中々言い出せない自分に腹が立つ。


「ごめんなさいっ!」


 その空気に耐えきれなくなった私は、そう呟くと自分の布団に入り、隣で横になっている土方サンに背を向けた。



「馬鹿な奴だな……」



 土方サンは後ろから抱きしめる体勢をとると、そっと呟いた。


「何でお前は……俺にだけ、そんな風によそよそしいんだ?」


「それは……」


「年が近い総司や平助だけでなく、年上の原田や永倉に対しても、お前は普通に話してるじゃねぇか」


 私は、言い掛けた言葉を飲み込んだ。


「共に過ごす時間はあいつらよりも長い筈なのに……何故か、お前が遠く感じる。お前の態度を見てると、本当に好かれてんのかすら、よく分かんなくなる時があんだよ」



 土方サンは深い溜め息をついた。



「そんな事……ない……もん」


 私はくるりと身体を回転させ、土方サンに向き直る。


「好き……だから、恥ずかしいの! 他の皆と普通に話せるのは、皆には恋愛感情が無いからだもん」


 必死に伝える。


「そうか……」


 土方サンは小さく呟くと、私の髪を撫でた。



「まぁ、話し方が変わっただけでも今は良しとする……か。呼び名は気長に待ってやる」




「……シ」




「ん? どうした?」




 土方サンは私の言葉を聞き取れなかった様で、もう一度聞き直す。



「ト………シ!」



 私は思い切ってもう一度呼ぶ。



 土方サンは、突然の事に驚いた表情をしていたが、すぐに笑顔に変わる。



「……上出来だ。」



 そう呟くと、優しく口づけた。







 今までしてきた恋愛とは全く異なる事に……私は少しずつ気付き始めていた。




 話し方や呼び方




 そんな些細な事にすら緊張してしまう。




 こんな風に、自分が自分でなくなってしまったかの様な感覚は初めてだ。




 これが




 本当の恋




 なのかもしれない……



























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