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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第17章 江戸へ ― 和泉橋医学所 ―
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想い


 私達は縁側に腰を下ろすと、すっかり暗くなった空を見上げた。



「さて……と。心の内にある想いを聞かせては頂けませんか?」


 伊之助サンは静かに尋ねた。


「想い……ですか」


「私に話した所で、解決はしないかもしれませんが……少しは心が晴れるかもしれませんよ?」


 伊之助サンの言葉に、私は考えをまとめようと頭を捻る。


「上手く説明しようとしなくて良いのですよ? 少しずつ話してごらんなさい」






「私は未来から突然この時代に飛ばされ、新選組に拾われました。それから約一年、ずっと新選組でお世話になっています。その間、新選組だけでなく、長州の方と交流もありました。以前から新選組が好きで、歴史書をよく読んでいた私は……これから起こるであろう史実を……知っています」


「それで?」


「関わるすべての人を救いたいと思い、歴史を変えてしまった事もあります。ですが……私は史実を知っているのに……変える事の出来ない悲しい出来事もありました」



 私は久坂サンの時の事を思い出す。



「蛤御門で起きた戦の時です。その方には戦に出ないよう伝えました……そこで死ぬ運命だと分かっていたのに……結局その戦に赴いて……史実通り、彼は亡くなりました」


 伊之助サンは私の話に黙って耳を傾ける。


「この先も……変えられない歴史に遭遇する事があるでしょう。ですが、それを考えると……胸が張り裂けそうな想いです。大切な人が命を落としたらと考えるだけで……居ても立ってもいられません。時折思うんです。私は役立たずだと……」



 そこまで言い切ると、私は俯いた。



「それは難しい話ですね。確かに全ての人を救うのは不可能かもしれません。ですが……救えた人も居たのでしょう?」


「救えた……人」



 私は、総司サンや晋作の事を思い浮かべる。

 


「今行っている研究もそうです。貴女がその知識を私達に与えてくれた事で医術が進歩し、死病に苦しむ多くの人の命を救う事ができるのです。どうです、貴女は役立たずなどではないでしょう?」



 伊之助サンは着物の袖で私の涙を拭うと、笑顔で言った。



「貴女が史実を伝えようと……人は皆、自分で自分の生き方を決めてしまいます」



 その言葉に思わず息を飲む。



「特にお侍さんはそうでしょう。未来から来た貴女には理解できないかもしれませんが、散ることを潔し……死とは美徳である、という考えが一般的なのです」


「死ぬ事が……美徳?」


「そうです。それがこの時代の武士の潔い生き様……もしくは、誇りという事です」





 武士道とは死ぬことと見付けたり。




 なんて言葉を耳にした事がある。



 だが



 私は、大切な人にはいつまでも生き永らえて欲しいと願ってしまう。



「ですが私は……大切な人には生きていて欲しいです。土方サンが死んでしまったら……その人の亡き後をどうやって生きていけば良いのか分かりません。病で亡くなる……というのであれば、私の努力でどうにかなるかもしれませんが……」

 

「なるほど。今日来たお侍さんは、土方サンというのですね? 彼は貴女の恋人、ですか?」


「……はい」



 私は小さく返事をする。



「その方は……戦で亡くなる運命なのですか?」


「そう……です」


「武士の生き様としては素晴らしい事なのかもしれません……ですが、貴女にとっては堪えがたい事ですよね」



 伊之助サンは少し考える。



「しかし、その戦がまだ先の出来事であるならば……変える事が出来るかもしれません」



 伊之助サンはそう言った後に「少し酷な話ですが……」と付け加える。



「貴女がこれまでも歴史を変えてしまっている以上……その戦に限らず、他の事で命を落としてしまう可能性もあるという事だけは頭の片隅に入れておいた方が良い。それは、貴女に関わる全ての人に言える事ですが……例えば、死ぬ運命の人間の代わりに他の人間が死ぬ……とか」





 その言葉に、池田屋事件での出来事を思い出す。




 あの時



 死ぬはずであった隊士や負傷するはずであった平助クンを救う事ができた。



 だが



 代わりに、私が生死の境をさ迷う事となった。



 幸い一命を取り留めたので、さほど気にはしていなかったのだが……。



「その表情は……何か心当たりがおありですね?」


「……はい」


「何はともあれ……この動乱の世では人の生死をはかる事はできません。ですから、一日一日を……大切に生きる事が重要なのですよ」




 伊之助サンの言葉は、一言一言に重みがあった。




 一日一日を大切に生きる。




 何事もなく翌朝を迎えられる事は幸せな事である。




 現代では、そんな事は考えもしなかった。



 毎日朝が訪れるのは当たり前で、友達や家族と顔を合わせるのも当たり前。



 それを幸せだなんて思った事は一度も無かった。



 今までずっと、平和な世の中で命の危険にさらされる事もなく生きてきた。




 この時代に来るまでは……




「全ての人を救うのは不可能かもしれません。大切な人を突然亡くす事もあるかもしれません。ですが……」



 

 私は着物の袖で涙を拭うと顔を上げ、続けた。




「私は可能な限り足掻きます!! その結果……悪い方に転んでしまっても……後悔のない様に、一日一日を大切に過ごします!!」




 私に、もう迷いなど無かった。




「それで……良いのです」



 伊之助サンは静かに言った。





 色々と思い悩んで居ても仕方がない。




 私に出来る事はほんの些細な事でしかないだろうが、足掻けるだけ足掻こう。




 そして




 土方サンや皆と過せる日々を大切に生きるんだ。




 皆を……




 最期には笑顔で送れるように……









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