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桜前線此処にあり  作者: 祀木 楓
第17章 江戸へ ― 和泉橋医学所 ―
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 医学所まで土方サンに送ってもらい、門の所で別れた。


 夕陽に照らされる土方サンのその後ろ姿に、後ろ髪ひかれる思いだった。


 先程の話を思い出し、切なくなる。


 死に際……。


 土方サンの最期は函館だ。


 土方サンを看取った後……私はどうやって生きていけば良いのだろう。


 函館で死なせずに、一緒に歳を重ねていく道はないのだろうか?


 浮かない表情のまま、私は研究室へと戻った。






「只今……戻りました」


「お帰りなさい。随分と早かったのですね?」


 伊之助サンは読んでいた書物を閉じると、顔を上げて言った。


「はい……」


「浮かない顔をしていますが……何かありましたか?」


「いえ、大丈夫です」


 私の答えに、伊之助サンはいまいち納得が行かないような表情をしていた。


「そう……ですか。それより、お見えになった新選組の方は帰られたのですか?」


「帰りました」


「そうですか。では、引き続き作業を進めましょうか?」


「はい」


 作業を再開したものの、私は集中できずにいた。


 考えるのは土方サンの事ばかりだ。


 机の上のガラス器具を取ろうとした瞬間、上手く手に取ることができず、器具を落としてしまう。


「あっ!」


 床に落ちるガラス器具を慌てて掴もうとするが、器具は音を立てて割れてしまった。


「すみません!」


 急いで床に散らばったガラスを拾い集める。


「痛っ!」


 ガラスで手を切ってしまい、指先からは真っ赤な血が流れた。


 その血を見つめ、ふと考える。



 血で血を洗う、この動乱の世……


 新選組の皆が、いつまでも笑って過ごせる未来は……その未来を造る方法は、本当に無いのだろうか?


 私はまた、悲しい歴史を変える事はできないのだろうか?


 気付けば、指から流れる血と共に涙も同時に床に落ちていた。



「大丈夫ですか!?」



 伊之助サンが私に駆け寄る。


「血が出ていますね。硝子は刺さって居ないようですが……」


 伊之助サンはその場に立ち尽くす私の手を取った。


 その瞬間、私はふと我に返る。


「ご、ごめんなさい」


「謝らなくて良いですよ。手の傷より……心の傷の方が重症のようですね?」


 涙を流す私に、伊之助サンは優しい表情で静かに言った。


「とりあえず、消毒しますよ?」


 伊之助サンは手際良く私の指を消毒し包帯を巻いてくれ、ガラスを片付けてくれた。


「ありがとう……ございます」


「良いんですよ。今日はこれで終わりにしましょう。少し気晴らしでもしませんか?」


「気晴らし……ですか?」


「気が滅入ったままでは、頭も働かないでしょう? 貴女とはゆっくり話した事が無かったので、良かったら少し話しませんか?」


 伊之助サンは私に提案した。


「……はい」


 私は小さく返事をする。


「それは良かった。では……行きましょうか?」


 私達は、研究室を後にした。







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