涙
医学所まで土方サンに送ってもらい、門の所で別れた。
夕陽に照らされる土方サンのその後ろ姿に、後ろ髪ひかれる思いだった。
先程の話を思い出し、切なくなる。
死に際……。
土方サンの最期は函館だ。
土方サンを看取った後……私はどうやって生きていけば良いのだろう。
函館で死なせずに、一緒に歳を重ねていく道はないのだろうか?
浮かない表情のまま、私は研究室へと戻った。
「只今……戻りました」
「お帰りなさい。随分と早かったのですね?」
伊之助サンは読んでいた書物を閉じると、顔を上げて言った。
「はい……」
「浮かない顔をしていますが……何かありましたか?」
「いえ、大丈夫です」
私の答えに、伊之助サンはいまいち納得が行かないような表情をしていた。
「そう……ですか。それより、お見えになった新選組の方は帰られたのですか?」
「帰りました」
「そうですか。では、引き続き作業を進めましょうか?」
「はい」
作業を再開したものの、私は集中できずにいた。
考えるのは土方サンの事ばかりだ。
机の上のガラス器具を取ろうとした瞬間、上手く手に取ることができず、器具を落としてしまう。
「あっ!」
床に落ちるガラス器具を慌てて掴もうとするが、器具は音を立てて割れてしまった。
「すみません!」
急いで床に散らばったガラスを拾い集める。
「痛っ!」
ガラスで手を切ってしまい、指先からは真っ赤な血が流れた。
その血を見つめ、ふと考える。
血で血を洗う、この動乱の世……
新選組の皆が、いつまでも笑って過ごせる未来は……その未来を造る方法は、本当に無いのだろうか?
私はまた、悲しい歴史を変える事はできないのだろうか?
気付けば、指から流れる血と共に涙も同時に床に落ちていた。
「大丈夫ですか!?」
伊之助サンが私に駆け寄る。
「血が出ていますね。硝子は刺さって居ないようですが……」
伊之助サンはその場に立ち尽くす私の手を取った。
その瞬間、私はふと我に返る。
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくて良いですよ。手の傷より……心の傷の方が重症のようですね?」
涙を流す私に、伊之助サンは優しい表情で静かに言った。
「とりあえず、消毒しますよ?」
伊之助サンは手際良く私の指を消毒し包帯を巻いてくれ、ガラスを片付けてくれた。
「ありがとう……ございます」
「良いんですよ。今日はこれで終わりにしましょう。少し気晴らしでもしませんか?」
「気晴らし……ですか?」
「気が滅入ったままでは、頭も働かないでしょう? 貴女とはゆっくり話した事が無かったので、良かったら少し話しませんか?」
伊之助サンは私に提案した。
「……はい」
私は小さく返事をする。
「それは良かった。では……行きましょうか?」
私達は、研究室を後にした。




