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恋人以上夫婦未満  作者: ヒロタ
本編
8/15

9月 君と花束

2014.03.09 誤字訂正

 残暑もまだまだ残る9月上旬。来週から始めるネットワーク切り替え準備の為に、昨日と今日の午後は下準備に後輩の藤井君と海外事業部に来ていた。ため息が多いのは暑さや仕事量のせいだけじゃない。

「係長。これ教えてください。」

 特に海外事業部が静かな訳でもないのにやけに耳につく甘い声。視界の端で動くタクさんと女の子に目をやる。書類に視線を落とすタクさんと寄り添うように立つ女の子の姿。何度目かわからないその光景、そしてその度に女の子と目が合い嫌な笑顔を向けられる。見なければいいのに、つい見てしまうのはタクさんがそこにいるから。また何度目かわからないため息が出た。

 机の上の固定電話がなり始める。1コール…2コール…

「はい。」

 無視するわけにもいかず慌ててとる。

「長原係長。3番にお電話です。」

 仲良くひとつの書類をのぞきあうタクさんに声をかけた。そして…女の子には睨まれてしまった。


 藤井君に休憩してくると声をかけ休憩室へ向う。コーヒーメーカーからコップへ落ちるこぽこぽと気の抜けた音がやけに落ち着く。ぼんやり眺めていると後ろに人の気配がした。

「勝手に他の部署の電話取るのは止めてください。」

 後ろを振り向けば腰に手をあて睨み付けてくる女の子。名前は確か…坂田さん。

「それとも私と係長の仲を邪魔してるんですか?」

 ニヤリと笑った顔に年下ながら寒気がした。

「邪魔も何も、誰も取らないから取っただけよ。」

 坂田さんの横を通り過ぎ出口へと向かった。

「そうそう、先週係長と飲みに行ったときいい感じだったんですよね。それに今日も飲みに行く約束してるんですよ。」

 扉を閉める間際に聞こえた言葉は無視するとこにした。


 結局、休憩も出来ないまま海外事業部へと戻ってきてしまった。与えられた席につき、隣の島で仕事をするタクさんをぼんやりと眺める。坂田さんは5月にひとりで私のところへやって来た強者だ。いつぞやは出会い頭に宣戦布告もされた。すらりと延びた背に、綺麗に仕上げられたメイク。それだけなら近寄りづらい美人だが、まだまだ着なれないスーツが彼女を親しみやすいものにしていた。だから5月の頃はガッツのある子ぐらいでなんとも思わなかったのに、ここまでくると学生じゃないんだからと言いたくなる。

「大丈夫ですか?」

 隣の席で作業していた藤井君がそっと聞いてきた。

 なんていい子なんだろう。藤井君はタクさんより少し低い中肉中背。髪型は長すぎず短すぎず爽やか風。大きな目が可愛く、時おり柴犬みたいな耳と尻尾が見えるのは私だけじゃないと思う。

「大丈夫、ありがとう。」

 藤井君の垂れ下がった柴耳をあげさせるため、笑顔で答えた。


 その日タクさんは終電でも帰ってこず、深夜タクシーで帰ってきたようだった。

 日曜日、出来上がった昼ごはんをテーブルに並べていると、シャワーを済ませたタクさんが声を掛けてきた。

「昼からちょっと出かけてくる。」

 土曜の大半を寝て過ごしたタクさんはすっきりした顔で立っていた。普段、土日は剃らない髭まで剃って誰かと会うのだろう。

「分かった。何時ごろ帰ってくる?」

「そうだな…連絡する。」

 そういうとかき込むようにご飯を済ませ出かけて行った。

 久しぶりに過ごすひとりの休日。することも思い付かないまま、ソファーで昼寝して終わってしまった。そろそろ夕食の支度に取り掛からないといけないが、タクさんからの連絡はない。

 あまり催促はしくないんだけど、こちらにも段取りというものがある。

《晩御飯は?》

 仕方なくタクさんへメールを送る。あまりマメな人ではないので、洗濯物を取り込みにベランダへ向かう。

 寝室へ洋服を片付けて、リビングへ戻ってくるとタクさんからメールが来ていた。

《ごめん。食べて帰る。》

《分かった。このまま帰るね。》

 それだけ送ると、久しぶりに日が落ちる前にワンルームの自宅へと帰った。


 月曜日、ネットワーク切り替え準備が本格的に始まり、引き続き私と藤井君が海外事業部で作業していた。

 定時少し前、トイレの個室から出ようとしたとき、外からお疲れ様とふたりの話し声が聞こえてきた。鍵を外して出ようとしたが、手が思わず止まってしまった。この数日で聞きなれてしまった坂田さんの声が聞こえてきたからだ。

「昨日、係長とデートしたんだ。」

 嬉しそうに話す坂田さんは、どうやら手洗いの所で立ち話をしているようだった。

「うそ!?だって係長彼女いるでしょ?」

 話し方からして、同期のこと話しているようで、ずいぶん砕けていた。

「飽きたんじゃない?一緒に買い物して、晩御飯食べて楽しかった。」

 自慢げに話すその言い方に、少しイラついた。そして、コソコソ息を潜めて隠れていることが馬鹿らしくなってきた。

「本当にそれだけ?」

「それだけ。だって、彼は真面目な人だもん。でも、今度の3連休も出掛ける約束したんだ。」

 その言葉に頭がカッとなった。

 あなたはタクさんの何を知っているの?

 喉まで出掛かった言葉を飲み込み、落ち着くために深呼吸をしていると続けて坂田さんの声が聞こえてきた。

「だから、桐嶋さん早く彼と別れてあげてください。」

 確信犯か…。

 名前まで呼ばれれば出て行くしかない。鍵を外し外へ出る。マスカラを直している女の子と鏡越しに目が合う。心底驚いているようだった。

 そして、手洗いに軽くもたれかかり腕を組んでこちらを見てくる坂田さんと目が合ったが、なにも言わず隣で手を洗う。

「…考えとくわ。」

 精一杯の虚勢を張って坂田さんに向かって笑顔を作る。それだけ言い残し化粧室を後にした。


「大丈夫ですか?」

 席に戻ると柴耳をたらした藤井君が顔を近づけて聞いてきた。

「大丈夫。」

 藤井君に笑いかける。

 タクさんがこちらを見ているような気がしたが、坂田さんの言葉がチラつき見ることが出来なかった。


 夕食を作り、タクさんの帰りを待つ。

「ただいま。」

 疲れきった声のタクさんの声が玄関から聞こえてくる。

「お帰り。」

 着替え終わったタクさんは、無言で夕食を食べ始めた。

「今日後輩がね。」

 重苦しい空気に耐えかねて話題を振る。

「後輩が何?」

 いつもより低めの声と、眉間に寄った皺はタクさんの不機嫌のサイン。

「くしゃみした瞬間に書類ばら撒いたって話。」

 早々に話を切り上げる。こういう時は、そっとしとくのが一番だと4年間で学んだ。

「そう、大変だったな。」

 それだけ言うと、ご飯をかき込み早々とお風呂に入りに行った。

 飽きられた?そんな考えが浮かんだが、一緒に居ればこんな日もある。そう気持ちを切り替え、後片付けをしてから私も寝る支度に取り掛かった。


 翌日火曜日の昼休み、お弁当を食べるために立ち上がった。

「係長、たまには一緒にランチいかがですか?そんなお弁当ばかりじゃ、飽きませんか?」

 扉まで来たところで、後ろから坂田さんの声が聞こえた。私は、その声を無視して廊下へと出て行った。

「大丈夫ですか?」

 後ろから藤井君が声を掛けてきたが、私はもう笑うことしか出来なかった。


 その日はミスばかりが続き残業となった。だが残業中も坂田さんの声が耳に付き仕事は思うほど進まなかった。

「お先に失礼します。」

 こういう日はどれだけやってもダメなので、切り上げることにした。寄り道もせず、まっすぐ帰り黙々とご飯を作る。いつもならタクさんを待っているのだが、帰り際に話していたふたりの姿が頭から離れず、先に寝ることにした。タクさんが布団に入る物音で目が覚めた。しばらく息を潜め寝たふりをしていると、隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。タクさんとの距離は数cmしか開いていないのに、寝息が遠くに聞こえる。まるでひとりで寝ているようでその夜は眠れなかった。


 水曜日いつもと同じように、ひとり早く起きだし弁当を作る。無意識に少し豪華になったのはきっと昨日の言葉のせい。タクさんが起きてくる前にそっと家を出た。遅れた作業を取り戻す前にいつもより早めに出社したのに、藤井君がすでに居た。

「早いですね。」

 嬉しそうに話す藤井君の柴耳は久しぶりに垂れてはいなかった。

「藤井君もね。」

 こうして誰かと穏やかに話すのは久しぶりな気がした。

 その日は始まりが良かったのか、時折坂田さんの声にイラついたが、集中が切れることもなく過ぎて行った。ただタクさんとは顔を合わせづらく、その日もご飯だけ作り先に寝てしまった。


 次の日の木曜日もまたお弁当を作り、遅れた作業を取り戻すため先に出社した。また藤井君が先に出社していた。まだ誰も来ていない中での作業は、自然と冗談を言いながらの楽しいものになっていた。藤井君との冗談の掛け合いは、その後人が増え始めると小声になりながらも途切れることなく続いた。


「黙って作業に集中しろ。」

 12時になる少し前、山本主任が私と藤井君の後ろに立っていた。

「桐嶋ちょっと来い。長原、ミーティング室借りるぞ。」

 そういうとタクさんの席の横にあるミーティング室へと向かって行った。

「…あぁ。」

 数日振りにしっかりと見たタクさんの眉間にはまだ皺が寄っていた。


 主任の後に続きタクさんの横を通りミーティング室へと入った。扉を開けたままにするのは、ミーティング室を使うときの暗黙のルール。だからか、自然と外に居るタクさんから見えないところに座っていた。ここに呼ばれた理由は、作業が遅れているからだろう。

 主任は扉近くの壁にもたれかかり腕組みをしている。一度扉が開いているのを確認してから、こちらを見てきた。

「何があった。」

 端的に聞くその声は上司としての威厳があった。

「特に何も。」

 作業内容に問題は無いので、そう答えた。ただ遅れているのは…私のせいだ。

 それ以上答えない私から視線を外し、主任は一度外に視線をやってから扉を閉めた。

「何があった?」

 その声はとても優しく、工程を管理する上司としてでは無く後輩を心配する先輩に戻っていた。その姿に泣きそうになる。全てを言ってしまいそうだった。


 作業が遅れたのは、坂田さん声にイラついただけじゃない。この数日、データを保存し席を外して戻ってくると消えているという事が海外事業部ではおきていた。特に多かったのは、私達が作業している周りだった。せっかく作ったデータが消えていて、目に入るところにちょうどシステム部隊が居たら誰だって復元を頼む。始めのうちは、復元作業なんてすぐに出来るのでこちらも気軽に請け負った。しかしそれが日に何回もとなると集中も切れ、準備作業も遅れるようになったのだ。誰が消したのかなんて、私達が見れば一瞬で分かる。復元を頼む人はいつも違うのに、消去元はいつも同じで藤井君でも何が起こっているのか分かったのだろう。だから、いつもは自分で何とかしろとしか言わない主任がこうして心配して見に来てくれた。

 藤井君や主任の優しさが身に染みていく。涙をこらえるために下を向く。

「…特に何も。」

 業務に支障の無いものを選んで消している辺りは褒めるが、やっていることは中高生と変わらない。だけれども、それを上司に報告するのは彼女に負けた気がして躊躇われた。

 ため息がひとつ聞こえ、大きく暖かい手が頭に乗った。

「岸田を寄越す。明日の午前中までにきっちり上げろ。」

 ぐちゃぐちゃと頭をかき回され、ぼさぼさの頭で主任を見送る。自分の不甲斐なさにまた泣きそうになり軽く頬を叩き気合いを入れ直す。泣いている場合じゃない。

 午後から同期の岸田君が来てくれた。みんなの優しさに応えないと、その一身で作業に没頭した。


 なんとか目処が立ったのは23時前だった。三人の他にもう誰も残っていなかった。タクさんが帰ったのすら気付かなかった。帰り支度を済ませて、三人で駅まで向かう。電車に乗り込んだところで、携帯の存在を思い出しメールを確認する。

《ご飯は勝手に食べるから気にするな。》

 時刻を確認すれば、21時にタクさんから届いていた。


 家に着いたのは0時を過ぎていた。こんなときでもワンルームの部屋ではなくこちらに帰ってきてしまうのは、もう身に付いた習慣だった。

 物音を立てないように家に入る。リビングの電気は消されて、タクさんの姿も無くテーブルの上にメモが置いてあった。

《明日は外で食べるから弁当はいらない。》

 メモ用紙をくしゃっと丸めて、キッチンのゴミ箱に捨てた。冷蔵庫からお茶を取り出したときに、その灯りでゴミ箱の中身が目に入った。

 先ほど丸めて捨てたメモ用紙とタクさんが食べたであろう空っぽのコンビニ弁当。


 視界がぼやけ始める。

 仕事もだめ。家事もだめ。これで恋愛もだめになったら… 

 私には何が残るのだろう。

 今日一日我慢していたものが溢れ出す。久しぶりに流した涙は想像以上に温かかった。

 泣いて少しはすっきりしたが、その日はタクさんと一緒に寝る気にはなれずソファーで一人丸まって眠りに付いた。

 

 金曜日も早く出社して作業に取り掛かる。岸田君の手伝いもあって、何とか午前中に作業を上げることが出来た。午後には運営の方に引継ぎ、私達の作業は終了する。

 これでやっと海外事業部に来なくてすむ。これでやっとふたりを見なくてもすむ。

 そう思うと自然と明るい気持ちになり、藤井君と岸田君に迷惑をかけたお詫びも兼ねて飲みに誘っていた。タクさんと坂田さんがこちらを見ていたが、もう気にもならなかった。


「こんな時間まで付き合ってくれてありがとう。」

 岸田君は彼女が来るとかで21時前には帰って行ったが、藤井君もPCオタクだと知りふたりで時間が経つのも忘れいつもよりも飲んでしまった。改札を通り過ぎホームへ上る階段の前で藤井君にお礼を言う。藤井君は別の路線なのでここでさよならだ。携帯が振るえ画面を見ればタクさんの名前が表示されていた。


 家に居ない私を心配してくれてるの?それとも…


 電話に出ることも出来ずにただぼんやりと画面を眺めていると、横から手が伸びてきて電源から切られてしまった。

「俺じゃ駄目ですか?」

 携帯を差し出す藤井君の手は微かに震えているように見えた。

「…ごめん。よく聞こえなかった。何?」

 聞こえないフリをして、携帯を受け取る。藤井君を見上げれば、いつもの気遣わしげな目で私を見下ろしていた。

 ホームから最終電車を知らせるアナウンスが聞こえてくる。

「それじゃ、また月曜日にね。」

 何も言わない藤井君に別れを言って階段へ足をかける。しかし、手首を捕まれて登ることは出来なかった。

 もう一度振り返り見た藤井君は、いつもの可愛い後輩ではなくりっぱな男の人だった。もう流されてしまおうか、そんな考えが頭をよぎる。階段から足を外した時、ホームから耳が痛くなる程の最終電車を知らせるアナウンスが聞こえてきた。

「ごめんね。」

 それだけ言うと、藤井君の手をそっと振りほどき階段を一気に駆け上がり電車に飛び乗った。

 これでよかったんだ。藤井君にはきっともっといい子が居る。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の中で自分に言い聞かせた。


「ただいま。」

 ひとりそっとつぶやき電気の付いているリビングには向かわず、寝室へ向かう。電気も点けずに鞄を置きクローゼットを開けたところで背後でタクさんの声がした。

「今何時だと思ってるんだ。携帯の電源まで切って何してたんだ?」

 最近聞くのはタクさんの怒った声ばかりだった。最近見るのはタクさんの眉間に寄った皺ばかりだった。きっと今も眉間には、皺が寄っているのだろう。何も言わず、そんなことを考えていると肩を掴まれてタクさんの方を振り向かされた。

「何してたって、後輩と飲みに行ってただけじゃない。タクさんだって聞こえてたでしょ?」

 自分勝手な言い方にムカついてつい反論してしまった。

「遅くなるなら連絡しろよ。何かあったんじゃないかって心配するだろ。」

 滅多に言い返さない私に驚いたのか、はじめの勢いは無くなっていた。それに気を良くした私は、もう一度口を開く。

「何かって何があるのよ。私は終電で帰って来てるじゃない。それに…私はタクさんと違って純粋に後輩と楽しく飲んでただけよ。」

「は?何だよそれ?」

 今度はタクさんが怒ったようだった。

「とぼける気?私聞いたんだから。」

「何を?」

 心当たりが本当にないのか、タクさんは眉間に皺を寄せ聞いてきた。ここまできたらもう後には戻れない。

「先々週と先週の金曜は女の子と飲みに行ったらしいじゃない。それから、この前の日曜はその子とデートだったんでしょ?」

「それ誰に聞いた?」

 驚いた表情をするタクさんを見て本当なんだと確信した。楽しそうに話すふたりの顔が頭に浮かぶ。

「坂田さん本人よ。嬉しそうに話してくれた。最後には」

 話し終わる前にタクさんに抱きしめられた。

「もうそれ以上は言わなくていい。だから…もう泣くな。」

 タクさんのTシャツが少し濡れていることに気が付いた。

 私、泣いてる?

「どうしてデータの件、俺に言わなかったんだ?」

 責めたてるような口調だか、背中に回された手はとても優しかった。

「言えるわけないじゃない。それに言ったら坂田さんに負けた気がして…。」

「ユキ、何したか分かってるのか?今回は大した事にはならなかったが、最悪ユキにも責任が行ってたんだぞ。」

「分かってる…でも。」

 この1週間を思い出してまた涙がこぼれてきた。

「俺がそんなに信用できない?」

 耳元で聞こえるタクさんの声は少し悲しそうだった。

「毎日、目の前で仲良くされるわ、自慢げにデートに行ったって聞かされるわ、その上別れて欲しいって言われたら、もしかしてとか思うじゃない。」

 止まらない涙を隠すため、タクさんの胸に顔を埋める。

「…あいつだから最近良く話しかけてきたのか。ユキ、全部誤解だ。」

 肩を掴まれ二人の間に少し隙間が出来る。今にも舌打ちが聞こえてきそうなほどタクさんは苛立っていた。

「どういうこと?」

 ベットに並んで腰掛、ことの顛末を教えてくれた。


 部下の一人が結婚することになり飲みに行って終電を逃しこと。日曜は祝い品を買いに行くついでに5人ほどで遊んだこと。坂田さんはその5人の中にいただけなことを教えてくれた。

 よくよく思い出せば、彼女は確かに二人っきりとは言ってない。

「じゃあ、3連休も出かける約束があるってのは?」

 彼女の言葉をなぞるように尋ねる。

「あいつ、本当最悪だ…。3連休はその部下の結婚式だ。言ってなかったか?」

 深いため息をつきながらタクさんは頭を抱えてしまった。

「聞いてない。」

 タクさんに飽きられてなかったことに安心する。今日の事を謝ろうと口を開いたが、声を出す前に後ろへと押し倒されてしまった。

「もう黙って。ユキがどれだけ間違っているかわからせてやる。」

 そう言うとタクさんは、宣言通り一晩中私に愛を囁いた。


 リビングから聞こえる掃除機の音で目が覚める。サイドボードの時計は11時を過ぎていた。嫌というほど間違いを分からされた私は、起き上がることも億劫でもう一度布団に潜り込んだ。


「起きた?」

 うとうとし始めた頃、タクさんが寝室へと入ってきた。布団から顔だけ出すとベットに腰掛けたタクさんが頭を撫でてきた。その表情はいつもの優しい顔だった。

「一つ聞いていい?」

 今のタクさんなら答えてくれそうだ。

「何?」 

「どうして機嫌が悪かったの?」

 聞いたとたんガシガシと頭をかき出した。

「ユキと同じだよ。」

「は?」

「だから…。」

 言いにくいことなのか、いつものハッキリした口調ではなくボソボソと話す姿は拗ねているように見えた。

「だから、ユキと藤井が楽しそうに話しててイラついた。俺は朝も夜もユキ会えてないのに、藤井はユキと楽しそうに仕事してて正直羨ましかった。何度かユキに話しかけようとしたのに、いつも邪魔が入ってだから余計にイラついた。それに、俺と話さなくても普通にしているユキにもムカついて当たってしまった。本当はユキの方が大変だったのにごめんな。」

「私こそごめん。」

 お互い謝った所で、私の腹の虫が鳴った。

「ほら出てこい。昼飯作るから。」

 もう一度頭をひとなでして、タクさんは寝室から出て行った。


 今日の昼ごはんはタクさん特製野菜いっぱいラーメン。ただ野菜を切ってインスタントラーメンと一緒に茹でるだけのお手軽料理だが、タクさんの数少ないレパートリーの一つだ。

「美味しい。」

 テーブルでふたりラーメンをすする。

 天気がいいのでベランダの扉も全開で心地よい風がリビングへ入ってきている。 ノロノロと寝室からリビングへ出てくれば、今日は掃除も洗濯も終わっていた。、罪滅ぼしなのかそれともたんなる気まぐれなのか、土日に済ます家事は全て終わっていた。そのうえキッチンのカウンターの上には花まで生けてある。

「あの花どうしたの?」

「どうしたのって昨日はユキの誕生日だろ。なのに他のやつと飲みに行って帰ってこないから、勝手に活けた。ケーキは3時にでも食べよう。」

 すっかり忘れていた。誕生日にはいつも花束とケーキをお願いしている。そして、家事代行もきっと誕生日プレゼントなのだろう。おかげで久しぶりにゆっくり寝れた。

「ごめんなさい。ありがとう。」

 

 後片付けを済ませ、花瓶に無造作に活けられた花束を活けなおす。毎年タクさんは小さなひまわりを花束にしてプレゼントしてくれる。

 昔、酔っ払って帰ってきたタクさんがお土産と言って買って来てくれたのがひまわりだった。べろべろに酔ったタクさんは舌っ足らずな口調で、ユキは向日葵みたいだからと説明してくれた。それ以来、ひまわりは私の大好きな花。

 いつもはひまわりだけを花束にしてくれるのに、今年はひまわりとひまわりの隙間にポンポンのような丸い赤い花がアクセントとして入っていた。

 妙にその赤い花が気になり、活け終わるとリビングと続き部屋の書斎へ足を運ぶ。PCを起動させている間、デスクチェアーにもたれ掛かり首だけをリビングへ向ける。タクさんは、ソファーに座り持ち帰ってきた書類に目を通していた。きっと、昨日私の為に早く家に帰ってきたからだろう。少し罪悪感を感じながら、ネットで赤い花を調べる。

 いくつかキーワードを入れればすぐに出てきた。どうやら、逆さにして風通しの良い日陰に吊るしておけば2週間ほどでドライフラワーに出来るらしい。それと…。


 タクさんをこっそりもう一度見るが、相変わらず書類と睨めっこしていた。



 赤い花


 花の名前は千日紅


 花言葉はは変らぬ愛



 店員さんがすすめたのか、タクさんが選んだのかそんなのどっちでもいい。


 「タクさん大好き。」

 後ろから近づき勢いよく抱きつく。タクさんの驚く声と共に書類が床に散らばる音がした。




波でも立てようとした結果、こんなことになってしまいました。慣れないことはするもんじゃないですね。ちなみに向日葵の花言葉は「私は貴方だけを見つめる」「光輝」だそうです。余談ですが短編で「春陽の候」を書きました。お時間があればそちらもよろしくお願いします。ではまた近々UPします。

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