7月 君と初心
初心(ういごころ)と読んでください。
浴衣は黒地に赤梅柄。帯は白で帯止めは藍色。左下で緩くお団子にまとめた髪には赤いトンボ玉のかんざし。
いつもはファンデーションとチークだけだけど、今日は目元までしっかりメイク。そして、仕上げにリップを塗る。目標は、大人の浴衣美人。
「ありがとう。」
姿見でもう一度確認する。
「どういたしまして。」
そう言って笑顔でヘアセットをしてくれたのは、大学時代からの友人。毎年この時期になると友人宅を訪ねて最新のメイクを教わる。着付けとメイクは何とか自力で出来るのだけど、ヘアセットだけは上手くいかない。だから、いつも当日までお世話になっている。もう一度お礼を言ってから、友達の家を出る。待ち合わせは18時に花火会場の駅前広場。ゆっくり歩いても十分間に合う時間だ。
改札を出てキョロキョロと辺りを見回す。待ち合わせなんていつ振りだろう。いつも同じ家から出かけて同じ家へ帰るから少し緊張する。下手したら去年の花火大会以来かもしれない。コンビニの前にタクさんを発見。タクさんの服装はポロシャツに細身の綿パンといつも通り。携帯をいじっていてこちらには気付いていないみたいだ。
「もし良かったら、私たちとご一緒しませんか?」
近付けば浴衣を着たお姉さまの二人組がタクさんを逆ナン中。浴衣美人て言うのは、ああいうのを言うのだろう。私まで見ほれてしまうほどの美人だった。タクさんは携帯から顔を上げ、二人組を見た。
「連れが来てるんで。…ユキ、行こう。」
そう告げると、二人組の後ろに立っていた私の手を取り歩き出した。手を引かれながら、ちらりと振り向く。二人組は、気にする風でもなくもう次の人へと声を掛けていた。
「美人だったね。」
「…そうか?」
タクさんに声を掛ければ、面倒くさそうな顔で答えた。
花火会場へ到着すると沢山の屋台と人で賑わっていた。
「なに食べる?」
先程とは打って変わって、明るくタクさんは聞いてきた。
「焼きそばとお好み焼きとあと…。」
屋台を見回しながら食べたいものをあげていく。
「あと?」
「ふたりで食べるんだって。」
呆れ顔のタクさんに慌てて反論する。
「はいはい。」
私の言い分を無視してタクさんは、焼きそばの屋台へと足を向ける。
絶対タクさんは、私が食い意地が張ってると思い込んでいる。何度そうじゃないと言っても、今みたいに適当に流される。確かに、初デートは美味しいお店に釣られてOKしたけれど…。
タクさんの手を引きながら屋台を巡る。目当ての物を手に入れ、観覧席へ向かう。数年前からタクさんが観覧席を買うようになった。なんでも、年寄りに立ち見は辛いらしい。
太陽が沈んだ頃、始まりを告げる最初の花火が打ち上がった。ドンという音と共に視界いっぱいに花火が広がる。
しばらくたった頃、タクさんの顔を近づけて話す。
「綺麗だね。」
「綺麗だ。」
ぎゅっと手を握られ、こちらを見るタクさんの目に私の浴衣姿が映った。
「惚れ直した?」
「あぁ、惚れ直した。」
にやりと笑ったタクさんは私の耳元で甘く蕩けてしまいそうな声で囁いた。
手をつなぎ、駅から家までの道をふたりゆっくり歩く。
「また来年も行こうな。」
タクさんがポツリと呟く。
「うん。」
一年に一度、私はあなたに魔法をかける。
浴衣マジックあると思います(笑)では、また近々UPします。




