Ep.01 君とモーニングコール
以前10月用に投稿した作品です。
夏も終わり、秋晴れが続いている10月のある日。仕事がひと段落したところで休憩室で休憩していると同期の岸田君がやってきた。壁際に置かれているソファに二人並んで腰掛ける。
「ねぇ岸田くんは誕生日に何が欲しい?」
もうすぐタクさんの誕生日。まだ何も買っていないので、参考までに質問してみる。
「くれるなら何でも貰うけど…テレビが欲しい。」
何か勘違い気味の岸田君に訂正をしてあげる。
「あげないよ?」
「くれないの?」
ソファにもたれていた体を起こしてこちらを見てきた。おしゃれ黒縁めがね越しに見つめられても、岸田君にプレゼントする義理はない。
「あげないよ。」
「つまんないな。」
そう言いながらまた、ソファへと体を投げ出した。私も体をソファへと投げ出す。
「彼女から貰うなら何が欲しいか聞いたんだけど。」
「あぁ。そういうこと。」
回転の速い岸田君はそれだけで分かってくれた。
「…温泉行きたい。」
なのに期待はずれの答えをわざと言うのはいつものこと。どうもそれが岸田君なりのジョークらしい。だから私も本気にはしないし適当に返事をする。
「じじくさ」
「ひどっ。主任、誕生日に奥さんとどこ行きたいですか?」
偶然休憩室に入ってきた山本主任に岸田君は質問をした。
「温泉」
ほらと嬉しそうに岸田君はこちらを見てくるが私は騙されない。
「質問は正しく聞いてよ。主任は奥さんから誕生日に何が欲しいですか?」
もう一度正しく聞く。
「欲しいもの?…なるほどね。本人に聞けよ。」
そう言ってガラス越しの廊下に顔を向けた。つられて私と岸田君も廊下を見れば、偶然タクさんが数人と一緒に話ながら歩いていた。向こうも気付いたのか軽く手を挙げ挨拶してくれたので、こちらも会釈で返した。
「いつ見てもきまっててカッコいいですよね。あのネクタイ俺が欲しいブランドのだ。」
通りすぎていくタクさんを眺めながら岸田君がつぶやく。タクさんの首もとのネクタイを見れば、去年プレゼントしたネクタイだった。
「知ってるか?あいつ以外とげんとか担いでるんだぜ。」
そう言って山本主任は私の知らないタクさんを教えてくれた。
その週の金曜日、昼休みに化粧室でばったり同期の女の子と出会った。
「今日は係長とデート?」
「そう。よく分かったね。」
今日は久しぶりにタクさんと外で食事をするのでいつもよりもお洒落してきていた。
「そりゃあ、いつもより桐島さんがお洒落してて係長が昼休み返上で仕事してたら誰だって分かるわよ。」
笑いながら教えてくれた彼女はタクさんの部下だった事を思い出す。
係長をからかうネタが出来たと喜ぶ彼女と別れ、自分のデスクへと向かった。
定時になり仕事を切り上げ会社を出る。タクさんとの約束の時間にはまだ充分あるが、タクさんへのプレゼントを買うため岸田君が狙っていたブランドへと向かう。
革靴は本人が居ないとダメなので却下。
時計はお祖父さんの形見の物を大切に使っているから却下。
コートは去年買い換えたところだから却下。
キーケース…確かタクさんの鍵には昔ゲームセンターで取ったよくわからないキャラクターが付いているだけだったはず。でも、それはそれで面白いから却下
パスケースはそろそろ古くなっていた気がするから良さそうだが、値段が可愛くない。
立ち止まり悩んでいると店員さんが寄ってくるのでとりあえず足を動かす。
ネクタイが並ぶ棚の前まで来た。綺麗な色のあいのネクタイが目に入り思わず手に取る。値段も手頃でタクさんが持ってない色あいのネクタイだからちょうどプレゼントにはぴったりだ。でも、毎年そう言ってネクタイを送っている。
今年こそ違うものを考えていたのに…。
プレゼントを通勤鞄に隠して待ち合わせ場所へ向かう。
指定されたのは一等地に立つホテルのレストラン。エレベーターに乗り込み最上階を目指す。
名前を告げ案内された席に向かえば、タクさんがすでに座っていた。
「ごめん。待った?」
「今来たところ。それにまだ約束の時間にはなってないから気にしなくでも大丈夫。」
時計を見れば、約束の15分前だった。
「乾杯。」
ワイングラスを軽く当てて一口飲む。さっぱりとした白ワインで飲みやすい。
窓の外に目を向ける。日もすっかり落ちて眼下に広がる街はキラキラと光り輝いていた。いつもはラーメン屋とかもっとリーズナブルなお店が多いけれど今日は特別らしい。タクさんいわく先月の私の誕生日のやり直しだそうだ。前菜も終わりメインを待つ間、ふとタクさんのネクタイに目がいった。
「今日は大事な会議とかあった?」
「今日は特にないけど?」
先日山本主任が言ったことを思い出す。タクさんは大事な会議なんかの時はいつも岸田君が狙っていたブランドのネクタイをしてくるらしい。でもそのブランドのネクタイは、私がプレゼントした物しか持っていない。
「どうした急ににやけだして。」
「幸せだなって。」
大事な日に私がプレゼントしたものを身に着けてくれる。
そして、今日の食事も大切だと思ってくれている。
案外こういう些細な所で、タクさんの好意を感じる時が一番ときめいたりする。
「ユキは旨い物食べてる時が一番幸せそうだもんな。」
ちょうど運ばれてきたメインを口に運びながら、タクさんは的外れな答えを言ってきた。
「分かってないなぁ。」
正しい答えを求めてこちらを見てくるタクさんに笑顔ではぐらかす。
料理が美味しく思えるのは好きな人と食べるかならのに
タクさんは分かってないなぁ。
にやけた顔を誤魔化すため違う話題を振る。
「そう言えば今日は早く終わったんだね?」
最近忙しそうにしていたから内心約束の時間には来ないと思っていた。
「終わったというか…紺野に追い出された。」
「紺野さんに?」
紺野さんは昼休みに会った同期の女の子だ。
「女性を待たせるなって言われて資料取り上げられた。ユキ、紺野に何か言った?」
「言われたというか聞かれた。」
昼休みの出来事を伝えれば、タクさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「だからか…午後から皆やけにこっち見てくると思ってたんだ。」
そう言ってため息をついた。
「じゃぁ次に会ったら紺野さんにお礼しないとね。」
紺野さんのお陰で今日は早く会えたんだから。
「しなくていいぞ。」
「なんで?」
「誰か紹介するのでチャラだそうだ。」
紺野さんらしいお願いに嫌そうな顔をしながらも、誰を紹介するのか考えるタクさんは楽しそうだった。
日曜の夜、いつものようにワンルームの自宅へ帰る用意をしていると珍しく駅まで送ると言い出した。
今日ぐらいは泊まってもいいと私も思う。だって、今日はタクさんの誕生日。夕食もいつもより豪華にして、金曜に買ったプレゼントも渡した。それでも帰るのは最早習慣に近い。
「気をつけて帰れよ。」
駅の改札前で繋いでいた手を離す。
「うん。」
「ネクタイありがとう。大切に使うから。」
「おやすみ。」
後ろ髪を引かれながら私はワンルームの自宅へと帰っていた。
翌朝、携帯電話を手に取りタクさんへと掛ける。
「…はい。」
眠そうな声に笑いを噛み殺す。
「おはよう。」
「おはよう。どうした?」
突然の電話にすかっり目が覚めたらしい。
実は、山本主任が教えてくれた私の知らないタクさんの話はもう一つあった。
「あいつ朝が弱いんだ。」
得意顔で山本主任は話し出した。
「「は?」」
その時突然の言葉に私と岸田君は言葉が出なかった。
「だから、火曜から金曜は30分前には来てるのに月曜はいつもぎりぎりに来るんだよ。それは月曜は桐島が居ないからだろ?」
毎朝私が起こしているのは確かで、でも声を掛ければすぐに起きるから月曜もちゃんと起きているものだとずっと思っていた。
そんな山本主任の話から今年のプレゼントを考え付いた。
「モーニングコール。ちゃんと遅刻しないようにね。」
「ありがとう。」
それだけ伝えると電話を切り、出掛ける準備に取りかかった。
月曜の朝はモーニングコール
私の習慣がまたひとつ増えた




