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恋人以上夫婦未満  作者: ヒロタ
本編
1/15

2月 君とチョコレート

久しぶりに書きます。お手柔らかによろしくお願いします。仕事内容や会社内はあくまで想像なので、適当に流してください。

「ただいま。」

 タクさんの間延びした声が聞こえた。

「おかえりなさい。」

 野菜を切る手を止めて、キッチンからカウンター越しにリビングを見る。物音はするが姿が見えなので着替えに行ってるのだろう。昼間のリクエスト通り今夜は鍋。切り終わった具材を大皿に盛り付けてダイニングテーブルへ運ぶ。準備万端の鍋の横には百貨店の紙袋。中を覗けば綺麗にラッピングされた色とりどりのチョコレートたち。某有名ブランドからお徳用まで今年もタクさんの人気っぷりには驚かされる。

「どれにしようかな。あ、これこの前テレビでやってた限定品だ。」

 いかにも高そうにラッピングされたチョコレートをひとつ取り出す。

 本命から義理までチョコレートたちに込められた想いは多種多様。二人の仲が公になったからと言って、チョコレートの量も想いの種類も変わることはない。いつだってタクさんはモテてきた。焼きもちを妬いた年もあったし、ひとり泣きながら帰った年もあった。それが今では物色できるほどまで図太くなってしまった。

「だめ」

 後ろから手が延びてきて紙袋が持ち上がっていく。ついでに手にとっていた物も回収される。

「どうして。どうせタクさんは食べないでしょ。」

 タクさんはなぜか、バレンタインのチョコレートは食べない。別に甘いものが苦手ってことではないし、むしろ好きなほうだ。なのに2月14日のチョコレートは食べないと決めているらしい。

 紙袋を追うようにして振り向けば、スーツからラフな部屋着に着替えたタクさんと目があった。その目に懐かしさを覚えた。


*****


4年前の2月14日。タクさんとはまだ付き合う前。夕方3階下の関東事業部から内線でPCがネットワークに繋がらないと連絡が入った。私が所属するIT事業部では社内のPCトラブルは新人の仕事になっている。当時入社1年目だった私も日に2、3件あるPCトラブル解決のため上へ下へと社内を渡り歩いていた。

「忙しいところ呼んで悪いね。どうにもアクセスできないんだ。」

 その日が初対面だったタクさんは本当にすまなさそうに謝ってくれた。直前に対応した人が横柄な人だったのでそれだけでいい人に思えた。

「気にしないでください。パソコンなんて駄目な時はどうにも出来ませんから。」

 席を譲り受けPCをチェックする。これならすぐに終わりそうだ。この時ばかりは自分がPCオタクで良かったとつくづく思う。

「まったく見たことない画面だ。」

 耳元で声が聞こえ、目だけを左へ向けるとタクさんが一緒になって画面を覗き込んでいた。

「ええっと…そうですね。私でも余り見かけない画面ですから、見たことなくて当たり前ですよ。」

 少し動けばぶつかりそうな距離にある顔をどうすればいいか分からず、とりあえず画面に集中することにした。

「なら余計に手間かけさせるね。」

 フォローするつもりが墓穴を掘ったらしい。苦笑いを返すと、タクさんは空いていた隣の席に移動し何かの資料に目を通し始めた。

 30分後作業は無事に終了した。再起動をしている間に用紙に作業内容を記入する。がさっと足に何かがぶつかった。椅子を引き視線を落とすと、色とりどりのチョコレートが乱雑に入れられた紙袋があった。いわゆるバレンタインチョコレートだ。

「すごい。」

 思わず声に出していた。隣に目をやるが集中しているのかこちらには気付いていない。この際じっくり拝見する。ハッキリした鼻筋に切れ長の目。背は160cmの私が見上げるぐらい。仕事仕様だろう、少し後ろに流した黒髪は出来る男の雰囲気をかもし出していた。スーツ姿を差し引いても十分おつりが来るほどのイケメンだ。もう一度こっそり紙袋に目をやる。…確かに、この量のチョコレートも納得する。

「終わった?」

 紙袋に見入っていると上から声が降ってきた。顔上げると、苦笑いしたタクさんが立っていた。

「あ、はい。」

 席を譲り、個人のデータが消えていないかチェックをしてもらい用紙に判子を貰う。

「はい。確かにOKだ。」

「これでだめなら庶務に言って新しいパソコン申請してください。」

 決まり文句になった言葉を言ってタクさんから判子が押された用紙を受けとる。

「分かった。ありがとう。」

「では、これで失礼します。」

 戻る前にもう一度チョコレートに目をやる。やっぱりすごいな。視線をタクさんにやるとタクさんと目が合った。そしてタクさんの手のひらが私に延びてきたのだった。


*****


あの日から4年が経った。まさかあの時は付き合うようになるなんて夢にも思わなかった。そして今は目の前に居て4年前と同じ目でタクさんはこちらを見てきた。あの日よりも近い距離にタクさんは居るのにドキドキもしなくなった。慣れと言うのは恐ろしい。

 タクさんは少し体を離し、手のひらを私に伸ばしたきた。

「君はくれないの?」

 あの日と同じ台詞。あの日そう言って手を出してきたタクさんに正直引いた。第一印象はイケメンだけど軽い人だった。だからその後社内で見かけてもなんとなく避けていたし、声を掛けられても適当に答えていた。

 でも本当のタクさんは誠実な人だった。毎日仕事が終われば寄り道もせず真っ直ぐこの家に帰ってくる。飲み会や遅くなる日は必ず連絡をくれる。バレンタインのチョコレートを食べないのもその気持ちに答えられないからだと思う。

 そして、今なら分かる。あの台詞がタクさんなりのジョークだったってことも。4年前と同じ状況に笑いが込み上げてくる。

「えっと…」

 わざとらしくエプロンのポケットの中を漁る。あの日の私はその言葉を真に受けてカーディガンのポケットに入っていた貰い物ののど飴をあげた。

「これでよければ…。」

 あの日の台詞を少し大げさに言いながら、ポケットの中から取り出す。昨日こっそり作ったチョコレート。日ごろの感謝とほんの少しの愛情を込めて、差し出されたタクさんの手のひらに乗せる。

「ありがとう。じゃあこれお返し。」

 タクさんもあの日をなぞるようにチョコレートを受けとり、代わりに紙袋と先ほど取り上げられた限定品のチョコレートを私にくれた。


 2人で同じ日を思い出し、笑い合う。


  Happy Valentine


 今日もあなたが大好きです。

これにて2月のお話はお終いです。最後まで読んで頂きありがとうございました。次は3月のお話です。では、また近いうちに出します。

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