嵐の夜.5
時間にして二十分ほどだと思う。
温かなミントティーを淹れて、ディン様が戻ってきた。
テーブルにカップを三つ並べると、再び椅子に座る。
私はカップを両手で包み、ふぅ、と息を吹きかけた。今更ながら、男の人に甘えてしまったのが恥ずかしくて、頬が熱くなってきた。
それをミントティーのせいにするかのように、喉に流し込む。
「すみません。すっかりフォードさんに甘えてしまいました」
「いや、まったく構わない。なんならもっと甘えてくれていい。ディンの帰りが早すぎたぐらいだ」
「いやいや、紳士として、夜中にあの状況を長時間見ない振りはできない。ルーシャ嬢、一見人畜無害に見えてもこいつも男だ。用心したほうがいい」
「ふふ、そうですね。でも、フォードさんはそんな人ではありません」
いつだって紳士的で優しく、驕るわけではないのに気品高く堂々としている。
全幅の信頼を込めてそう言ったのに、フォードさんは不服そうに眉根を寄せた。
「それはそれで、男として見られていないようで寂しいな」
寂しい?
たったそれだけの、いつもの冗談であろう言葉が私の胸をどくん、と跳ねさせる。
これは勘違いしてもおかしくないだろう。なんて罪作りの人なのかしら。
たが、もし私の自惚れでなく、本当にフォードさんが私を思っていてくれたら。
そう考えた瞬間、自分でも信じられないぐらいの歓喜が込み上げてきた。
心音がどんどん速くなり、身体が高揚する。
それでいて、胸は締め付けられるように苦しく、頬が熱くなる。
「どうしたんだ?」
覗き込むように顔を近づけられ、思わずのけ反ってしまう。
今までだって距離が近づくことはあったのに、信じられないほどの鼓動が耳の奥で響いた。
「な、なんでもありません」
小さく深呼吸して息を整えると、ミントティーを半分ほど一気に飲んだ。
まだ熱いそれが喉を通り、胃に落ちていく。
その感覚に、少し気持ちが落ち着いてきた。
ちょっと居住まいを正せば、フォードさんは距離の近さに気づいたのか、元の位置へと戻ってくれた。
「今まで、見守ってくださりありがとうございます」
改めて頭を下げた私の上で、ふたりがふっと息を吐いた気配がした。
ゆっくりと顔を上げると同時に、フォードさんの手が私の手に重なる。
穏やかなフォードさんに対して、正面に座ったディン様は酷く真剣な顔をしていた。
「フォード、俺はルーシャ嬢にすべてを話すべきだと思う」
「すべて、とは?」
「ここ数日お前が調べていたこと、それから俺らが立てた計画についてだ」
その言葉に、フォードさんの顔がすっと真面目なものに変わる。
「必要ない」
「俺はそう思わない。ルーシャ嬢は聖木の女神の姉なんだ。さらにはヘルクライド殿下暗殺未遂に巻き込まれた被害者でもある。決して部外者ではない」
「だからと言って、王都にまで連れて行く必要はないだろう?」
話の先が見えない私は、ただ、二人の顔を交互に見ることしかできない。
でも、二人が王都に行こうとしているのだけは分かった。
私をおいてふたりの話は平行線を進んだまま、白熱していく。
多分、ふたりともそれぞれ別の観点から、私を心配してくれているようだ。
だとすれば、私がすることはひとつ。
「あの、おふたりが何をしようとしているのか教えてください。その上で、王都へ行くかどうかは私が決めます。もちろんおふたりの邪魔になるような振る舞いはいたしません」
フォードさんたちが口論を止め、同時に私を見た。
ディン様がほらみたことか、と肩眉をあげると、フォードさんは眉根を寄せた渋面を作る。
それでも私が根気強くお願いすると、
「……分かった。だが、まだはっきりとしたわけではなく、それを明らかにするために王都に行くと思ってくれ。そしてルーシャにとって王都が安全なものでないことも理解して欲しい」
渋々ながら了承をしてくれた。
「心得ました」と神妙に頷く私に、フォードさんが観念したように始めた話は、あの鉱山についてだった。
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