鉱山.4
「何かあったのでしょうか?」
「さぁ? とにかく行ってみよう」
フォードさんはサンドイッチが三分の一ほど残っているバスケットにクッキーを戻し、木の下に置いた。
音がしたのは小川の向こう側。
フォードさんが軽々と小川を飛び越えると、私に手を差し出してくれる。
それを借り、幅一メートルほどの小川を越えると、手を引かれるまま音のした方へと向かった。
木々があるのは小川の周辺だけで、すぐに山肌が露わになる。
見通しが良いおかげで、目的の荷馬車はすぐに見つかり、幾つかの木箱が崩れ落ちていた。
その木箱の下で、もがく人の手が見える。
フォードさんが私の手を離し駆け寄ると、重なる木箱を上からどかしていく。
私も手を貸そうとしたけれど、重すぎてびくともしない。
一見痩身だけれど、フォードさんの鍛えられた体躯を改めて感じる。
最後の木箱を取り除くと、年若い青年がううっと苦しそうな声を出し顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。なんとか」
「どこか痛むところはあるか?」
フォードさんの声に、青年は身体を起こそうとしたところで、顔を歪めた。
「すまない、どうやら足をやってしまったみたいだ」
視線が右足に向く。断りを入れてズボンを捲れば、足首が青黒く腫れていた。
これはもしかして、折れているのかも。
「とりあえず、冷やしますか? これ、お借りしますね」
私のタオルはバスケットの中なので、青年が首に巻いていたタオルを借り、それを小川の冷水で冷やす。
その間にフォードさんは彼を木の下へと連れていってくれた。
木にもたれ座る青年の足首にタオルを押し当てる。
「たぶん、折れたな。あぁ、どうしよう。これから積み荷を麓まで下ろさなければいけないのに」
顔を歪め、青年は積み荷を見る。
崩れた箱は五箱。荷台には三箱が残っている。
「あれは積み過ぎだ。この傾斜であれだけ積んで降りて、バランスを崩せば谷底へ転がり落ちるぞ。総監督には俺が話をつけてやるから、荷物を減らすべきだ」
「総監督って、鉱山のか? 彼は関係ない。俺を雇っているのは別の人間だ」
顔の前で手を振る青年に、フォードさんは怪訝な顔で問いかけた。
「鉱山の関係者じゃないのか?」
「関係者っていったらそうなんだけれど。俺もよく分からないんだが……」
そう言って青年が話したのは奇妙な内容だった。
この山の採掘が始まったのが四か月ほど前。まだ雪解け前の採掘は珍しく、話題に上ったのを覚えている。
それとほぼ同時期に、管理者が男爵から伯爵に代わったのだが、青年が言うにはそこに隣国の商人が関わっているらしい。
この山は隣国にまで裾野を広げている。
隣国側で珍しい鉱物が採れたことを商人を通して知った伯爵が、山の管理を辺境伯へ申し出たそうだ。
辺境伯、男爵、伯爵の間でどのような商談、契約が行われたか分からないが、話し合いはスムーズに進み、伯爵が管理を始めることになった。
出てくる鉱物は二種類で、そのうちひとつは他の鉱山でもよく採れる鉄だった。
そしてもうひとつが、彼が運ぼうとしている鉱石らしい。
「俺の雇い主はその商人だよ。国境付近に工場があって、そこまでこのくず石を運ぶんだ」
「くず石?」
「ああ、鉱山の連中はそう呼んでいる。鉄でも銀でも金でもない。おまけに光に当たると脆くなって、ちょっとした衝撃で崩れるんだ……って、木箱の蓋は大丈夫か?」
青年が慌てて立ち上がり、駆け出そうとしたところで足を止めた。
「? 足が動く?」
足首に乗せていたタオルが落ち、日に焼けた肌が露わになる。
皮膚はまだ青黒いものの、先程より腫れは随分と引いていた。
「冷やしたのがよかったのですかね?」
「そう、なのかな。絶対折れたと思ったんだけれど。まぁ、いい。それより箱だ」
青年はまだ足が痛むようで、少し右足を引きずりながら荷馬車へと駆けていく。
私とフォードさんもその後に続いた。
「えーと、これと、これは大丈夫で……。うわっ、この箱の蓋、ヒビが入っている。ちょっと中を確かめたいから、あんた……名前は? とにかく、一緒に木陰へ運んでくれないか?」
「フォードだ。この箱だな。足が痛むだろう、俺が持ってやる」
蓋の角にヒビが入った箱を、フォードさんが軽々と持ち、さっきまでいた木の下へと運ぶ。青年は、御者席から三十センチほどの釘抜きを取ると、その後を追った。
木箱の蓋は四隅を釘で止められていて、それを手早く抜くと、中から乳白色の石が出て来た。
それと同時に、急に気分が悪くなる。
周りの空気が淀んだ気がして、吐き気が込み上げてきた。だけれど、青年もフォードさんも平然とした顔で石を手に取り、確認していく。
「あぁ、これとこれはダメだな。こっちは……大丈夫か」
そう言って、拳ほどの大きさの石を五個取り除くと、再び釘で蓋をする。
その際、ヒビが入った箇所には足首を冷やしていたタオルを重ね、日が入らないようにしてから釘を打っていた。
「この程度なら怒られないだろう」
ふぅ、と汗を拭う青年の横でフォードさんがしゃがみ込み、乳白色い石を手に取る。そうして、ぎゅっと力をこめた。
パリン
薄氷を踏んだときのような小さな音と一緒に、石は砕けて砂のようになる。
「フォードさん、握力もすごいんですね」
「いや、そうじゃない。これが脆すぎるんだ」
そう言うと、破片が付いた手のひらをじっと見る。
硬く大きな手のひらが、半透明の粉でキラキラと光っていた。石は乳白色に見えたのに、砕けた粉は宝石の粒子のようだ。
一見綺麗に見えるのに、なぜか再び吐き気が込み上げてきた。
「これ、身体に悪いものではないのですか? さっきから気分が悪いです」
鉱山には、時折有毒なガスが溜まる箇所があると、鉱夫たちが話していた。
この乳白色の石は、そういった禍々しいものを凝縮したように感じる。
「ルーシャはそう感じるんだな?」
「フォードさんは違うのですか?」
「まったく何も感じない。でもそう思うなら触れないほうがいいだろう」
フォードさんは近くにあった大きな葉で石を包み、慎重にポケットに入れた。
どうやら持って帰るらしい。
「青年、どうせこれは使い物にならないだろう? 助けた礼としてもらっていくぞ」
「あぁ、構わないけれど、あまり公にしないでくれよ。雇い主からこっそり運ぶように言われているんだ」
「大丈夫だ。間違っても騎士には言わないさ」
ふっと唇を吊り上げるフォードさんは、ちょっと悪い顔をしていた。
でも、私がじっと見ているのに気づくと苦笑いを浮かべ、肩を竦める。
「もうすぐ、鉱夫たちの休憩時間だ。総監督のところへ戻ろう」
「そうですね。皆が待っています」
「それから青年、早く山を下りろ。あと、公にできない荷に関わると碌なことはない。悪いことは言わないから、別の仕事を探すんだな」
フォードさんの真剣な口調に青年も何かを察したのか、もしくは薄々そう思っていたのか、神妙な顔で頷く。
「俺もそんな気がしていた。金払いはいいが、休みもないし、無茶を強要する。今回のことで潮時かと思ったよ」
「そうしたほうがいい。あれだけの木箱を積んだ荷馬車は、いつか絶対に事故を起こす」
フォードさんはそれだけ言うと、青年に手を振った。
私も彼に手を振り、来たときと同じようにフォードさんの手を借りて小川を渡る。
残りのサンドイッチを食べ総監督に会いにいくと、鉱夫たちがちょうどお昼を食べていた。
私から渡したほうが喜ぶだろうと言われ、彼等にクッキーを配っていく。
その横で、フォードさんが乳白色の石について鉱夫たちに聞いていた。採掘している穴の出入り口は山の西側と東側にあるらしい。二つの穴は繋がっていて、鉄は東、乳白色の石は西側から搬出されるそうだ。
「あんなもの、何の役に立つって言うんだろう?」
「色は綺麗だけれど、宝石でもなければ、すぐに割れてしまう」
「うわっ、ルーシャちゃんのクッキー美味しい」
陽気な鉱夫たちは、口々に知っていることを話す。
ついでに私のクッキーは好評で、皆が喜んでくれてほっとした。
でも、私が「来年も作りますね」というと、大半の人が微妙な顔で隣にいるフォードさんを見た。憐れむような、同情を含む視線を受け、フォードさんがやれやれと眉を下げる。
「あの、私、変なことを言いましたか?」
「いや、俺の頑張りが足りないだけだ。ルーシャは悪くない」
「はぁ」
私の怪訝な声に、鉱夫たちが一斉に笑い出す。
よく分からないが、喜んでもらえて何よりだ。
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