鉱山.2
そしてお祭りの日当日。
なぜか私はフォードさんと一緒に馬に乗って鉱山へと向かっている。
ジゼルさんからお祭りの話を聞いた夜、いつものようにアマンダを訪ねてきたフォードさんに鉱山へ行くことを伝えると、俺も同行すると言われてしまった。
鉱山は辻馬車の停留所からさらに山を登らなくてはいけないらしい。
でも、フォードさんの馬なら採掘現場の近くまで行ける、というのがその理由だ。
申し訳ないから断ろうとしたけれど、ジゼルさんだけでなくアマンダさんからも「ここで断ったらフォードが可哀そうすぎる」と言われ、やむなく同行を頼むことになった。
「フォードさんもお祭りを楽しみたかったですよね。私に付き合わせてごめんなさい」
「いや、あの祭りには近隣の貴族が来るかもしれないから、もとより祭りには顔を出すつもりはなかった。ルーシャを遠乗りに誘おうと思っていたぐらいだから、ちょうど良かった」
「そう、なのですか」
近い距離で聞こえる低音に、なんだか落ち着かずどきどきしてしまう。
貴族が来るのなら、街を離れてよかった。
フォードさんも貴族には会いたくない様子。彼がこの街に来た理由が、もしかするとそこにあるのかもしれない。
どんな理由か気にならないわけではないけれど、それより今はこの状況が心臓に悪く平静を保つので精いっぱいだ。
私を前に乗せ手綱を握るフォードさんは、堂々として安心できる。
でも、山に入って傾斜を登りだすと、どうしても身体が後ろに傾き背中がフォードさんに当たってしまう。
鍛えられた腕と胸に囲まれるこの姿勢は、まるで抱きしめられているようで……とそこまで考えて、自分でも分かるくらい顔が熱くなった。
「ルーシャ、鞍に掴まって前傾姿勢でいるのは辛くないか」
「だ、大丈夫です」
「いや、あまりにも不自然だろう。嫌でなければ、もう少し俺に身体を預けても構わないが……嫌か」
「嫌ではありません」
嫌ではないので困っているのだ。
私はそっと重心を後ろにし、その逞しい胸にもたれる。
そうすると、さっき以上にフォードさんを近くに感じた。
心なしか、背中から伝わる心音が速いように思う。
山の麓は木々が生い茂り夏らしい緑が溢れていたけれど、頂上に近付くにつれ樹木が減って山肌が露わになってきた。
「辻馬車の停留所から歩いていたら、汗だくになるところでした」
「そうだろうな。だいたい、女性ひとりで山道を歩くのは危ない。話を聞いたときは無謀すぎると驚いたぐらいだ」
だから、馬で同行すると言ってくれたんですね。
さらに傾斜が急になり、身体が後ろに傾く。
密着しているのが耐えきれず、沈黙が落ちるのが気まずくて、とにかく何でもいいからと話題を口にする。
「ジゼルさんが、鉱夫の彼にお祭りに誘われたと喜んでいました。昨晩は一緒に沢山のクッキーを作ったんですよ」
クッキーを入れたバスケットは、馬の背に括りつけられていて、今手元にない。
「ディンはレティシアを誘ったが、すげなく断られたそうだ」
「それは、可哀そうですね」
「毎年のことらしい。夜にはレティシアの店が開くから、花を持って突撃すると言っていた」
「それも毎年のことですか?」
「そうだ」
フォードさん曰く、今年も他の客の花と一緒に花瓶に活けられ終わるだろうとのこと。
「フォードさんは誰かに花を贈らなくても良かったのですか?」
「……それをルーシャが俺に聞くのか?」
頭上から、大きなため息が落ちてくる。
どうしたのかと見上げると、すぐそこにある青い瞳と目があった。
その瞬間、胸がどくんと大きくはね、意味が分からず慌てて視線を前へと戻す。
「贈るつもりでいたが、予定変更になった」
「それは私のせいですか?」
「そうとも言える、かな」
「うわ、すみません。あの、今からでも戻れば間に合うと思いますから、私はここで降ろしてもらってもいいですよ」
道は険しいけれど一本道だから迷うことはない。足を動かしていれば、総監督のいるところへ辿り着ける。
「で、俺はルーシャのクッキーを食べずに帰り、鉱夫たちが食べるのか」
「……クッキー、食べたいのですか?」
「その言い方、俺が単に食い意地がはっているように聞こえるんだが?」
いつも穏やかなフォードさんの口調が、ちょっと意地悪だ。その口調のまま、フォードさんは言葉を続ける。
「もしかして、ルーシャがクッキーを渡したいと思う男が、鉱夫の中にいるのか?」
「ふふ、それはないです。鉱夫さんはアマンダによく来てくれますが、誰がどの山にいるか知りません。何人いるかも分からないので、とにかく沢山焼いたぐらいです」
「それならよかった」
よかった?
どういう意味だろう。
ジゼルさんから聞いた恋愛指南の話が頭を駆け巡る。
もしかして、フォードさんは私を、と考えたところで頭を振った。
見目もよい貴族の男性が、ぱっとしない外見の私を好きになるはずがない。
思わせぶりな言動も、一緒にこの街へきた仲間意識からだと考えたほうがしっくりとくる。
ただ、もしそうなら嬉しいな、と私の心が小さく浮かれているのも自覚していた。
「着いたようだな」
物思いにふけっていると、フォードさんが明るい声を出した。
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