鉱山.1
私がベルサートへ来て半年が経った。
時折、アマンダに来る商人の話では、万能薬と回復薬は四ヶ月前からまた出回り始めたらしい。
ヘルクライド殿下とカルロッタの婚約は決まり、間もなく婚約を祝うパレードと夜会が開かれるらしい。
ベルサートからもそれに合わせて王都に行こうと言う人もいるが、基本的にはいつもと変わらない平穏な日々が続いている。
変わったことといえば、最近、鉱夫が増えたことだろうか。
なんでも、今まで採掘していなかった山で、新たに鉱物が見つかったらしい。
「ルーシャ、聞いて! 彼から三日後のお祭りに行かないかって、デートに誘われたの!」
お昼休憩の看板をかけた扉を開けて入ってきたのは、ジゼルさん。
「それは良かったですね!」
「うん。うわぁ、どうしよう。今から緊張してきた。いい年して恥ずかしい」
赤い頬に手を当てるジゼルさんは可愛らしい。
お相手は、アマンダの常連の鉱夫。
二週間前に彼がジゼルさんの演奏を聞きに来たのがきっかけで、それ以降よくアマンダにも顔を出してくれている。もちろんジゼルさん目当てで。
「ところで、お祭りってなんですか?」
「えっ?」
この街に来て初めて迎える夏は、王都より過ごしやすい。
開けた窓から入ってくる初夏の風が、すっと私とジゼルさんの間を通り抜けた。
「……待って、ルーシャはフォードから誘われていないの?」
「いいえ。どうしてそこでフォードさんが出てくるんですか?」
「ちょっと待って。あなたたち、まだその段階なの?」
まだ、とはどういう意味だろう。
怪訝に首を傾げる私に、ジゼルさんは盛大なため息を吐いた。
「何度かデートしてたわよね?」
「それは、お互いに手持ちの服がなかったので、春服や夏服を買いに西の街へ行っただけです」
「そのネックレスもフォードからのプレゼントでしょう?」
ジゼルさんは、私の胸元にぶら下がる小さなアクアマリンを指差す。
春服を買いに行った際も、お支払いは全部フォードさんだった。
だから数週間前に夏服を買いに行こうと誘われたときに、払わせてもらえないなら一緒に行かないと言ったら、大笑いしながら了承してくれた。
それなのに、帰りにこれを渡されたのだ。
服じゃないし、もう買ってしまったからと半ば強引に渡されたネックレスには、フォードさんの瞳とよく似た色の小さな石が嵌められていた。
ジゼルさんがそれを摘まみながら、じとりと私を見る。
「貴族って、自分にちなんだ色をプレゼントするんだって」
「そう、なんですか?」
そんな話を聞いたことがあるような、ないような。
私の反応の薄さに、ジゼルさんがガクリと肩を落としたところで、再度『お祭り』について聞いてみると、ジゼルさんはカウンターの椅子に座りながら教えてくれた。
ベルサートの夏には街をあげての花祭りがあり、男性が花束を、女性がクッキーを贈りあうそうだ。
この日に告白やプロポーズをする人も多いので、デートに誘うイコール、告白するぞ! 宣言らしい。
えっ、それってもう告白したほうが早くない?
と思いつつも、ジゼルさんが幸せそうなので、その言葉は飲み込んでおく。
惚気話を始めたジゼルさんの隣に座り相槌を打っていると、話はだんだん恋愛指南へと変わっていった。
それが私には初めて聞く、男女のあれやこれやで、えっ? とか、ええ!? えええっっと声にならない声を上げてしまう。
真っ赤になる私にジゼルさんが、「どこまで箱入りなの? 付き合うっていうのはね」とさらに話が具体性を帯びようとしたところで、扉がカランと音を立て開いた。
どうやら半開きになっていて、鉱山のまとめ役をしているオスマンさんがもう開店したのかと間違えって入ってきたようだ。
開店三十分前なので料理長に聞くと、待ってもらうけれど店内にいてもらうのは構わないと言うので、カウンター席に案内する。
オスマンさんは腰を掛けたところで、楽しそうに私とジゼルさんを交互に見た。
「いいねぇ、若いって。花祭りの相談かい?」
「はい。花祭りについてジゼルさんに教えてもらっていました。オスマンさんもお祭りに参加するんですか?」
「いや。去年まで祭りの日は休みだったが、四ヶ月前に領主が代わって働かなきゃいけねぇんだ」
疲れた顔で息を吐くオスマンさんは、煙草を取り出すとぷかっとふかす。
「ベルサートを治めていた辺境伯が代替わりされたのですか?」
「そうじゃねぇ。鉱山については男爵様が預かっていたんだ。それが、別の伯爵様管理になった」
なんでも、代わってすぐに珍しい鉱石が採れ、それから休みがなくなったとか。
「そういえば、彼も最近忙しくなったって言ってたわ。彼が採掘している鉱山は交代制だから、お祭りの日はなんとか休めるけれど、新しい鉱山で働く人はまったく休めてないんだって」
「そうなんだ。全体的に労働環境が酷くなったと伯爵に訴えたいものの、ベルサートには使いが来るだけ。手紙を渡してはいるが、読んでくれているか怪しいものだ」
はぁ、と息を吐きながら、オスマンさんは白髪の交じった頭をがしがしと搔く。
鉱山は三つあり、それぞれに総監督が一人、責任者が三人ほどいるらしい。
オスマンさんは総監督を纏める立場だと聞いていたけれど、それでも会えないそうだ。
「働き詰めの鉱夫たちに、ちょっとでも祭り気分を味わわせたいんだが、無理だろうな」
ため息交じりの声に、気づけば手を挙げてしまっていた。
「それなら、私がクッキーを焼いて差し入れしましょうか?」
鉱夫たちはこのお店の常連さんでもある。
私でよければ、ちょっとでもお役に立ちたくて提案したのに、ジゼルさんもオスマンさんもぽかんと口を開けてしまった。
「いやいや、そんなことさせられない。フォードがなんて言うか」
「? どうして、フォードさんが出てくるんですか?」
ジゼルさんに言われたときと同じ台詞を口にすれば、オスマンさんは何とも渋い顔で頷く。でも、そのうちクツクツと笑いだした。
「はは、こりゃいいや。あんな男前でも袖にされることがあるんだな」
「オスマンさん、笑いごとじゃないよ。この子、ほんっとうに気づいていないんだから」
ジゼルさんが私の背中をポンと叩く。ちょっと力が強い。
「いいじゃないか。それを見守るのが大人の務めってもんだ。それじゃ、お言葉に甘えて差し入れを頼もうかな。総監督には俺から伝えておく。昼休憩の時間に合わせて行ってくれりゃ、助かる」
「分かりました。沢山焼いて持って行きますね。ジゼルさんも一緒にどうですか? 閉店後ならオーブンも使わせてもらえます」
かなり夜遅くのスタートになってしまうのでどうかと思ったけれど、もともと夜型のジゼルさんは私の誘いに喜んで賛成してくれた。
「助かった。実はひとりで作るのが不安だったから、ルーシャを誘いにきたんだ」
「そうだったんですね。じゃ、料理長に許可をもらってきます」
「あっ、それなら、大丈夫なんじゃない」
ジゼルさんが私の背後を指差すので振り返ると、いつの間にかそこには親指をぐっと立てた料理長がいた。
「ありがとうございます。料理長の分も焼きますね」
「あぁ、楽しみにしているよ。それから、これはお節介だが、フォードには声をかけたほうがいい」
「でも、フォードさんは関係……」
「「「そこは言っておこうな‼」」」
首を傾げる私の言葉は、居合わせた三人によって遮られてしまった。なぜに。
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