アマンダでの仕事.2
ふたりにジョッキを渡した私は、演奏の邪魔にならないようフォードさんの横で聞くことにした。
そんな私に、料理長がホットミルクを渡してくれる。
「一緒に出掛けたときに買ったマグカップだな」
「はい。お店の休憩時間にも使っています。フォードさんは?」
「毎晩、晩酌している」
「そのせいで、ルーシャちゃんの夢をよく見るんだって」
すかさずディン様が会話に入ってきた。相変わらず冗談ばっかり言う。
それならと、「私の夢にもフォードさんが出てきますよ」と話を合わせれば、フォードさんがエールを吹き出しそうになり、次いで首まで真っ赤になった。
げほげほとせき込む背中をさすってあげながら、ハンカチを手渡す。
「大丈夫ですか?」
「ルーシャまで何を言い出すかと思えば」
「すみません。ディン様の冗談に悪乗りしてしまいました」
「悪乗り……」
へへっと笑う私に、フォードさんは目を瞬かせると、額に手を当てうなだれた。「冗談かぁ」と力ない声が漏れる。
その姿に、ディン様が必死で笑いを抑え、肩を震わせた。
「いや、ルーシャちゃん、中々の魔性っぷりだね」
「私がですか?」
色恋沙汰には程遠い環境で育ったので、魔性とは真逆の位置にいるはずなのに。
それを言うなら、フォードさんの方がずっと手馴れだと思う。
「フォードは少々堅物が過ぎるからな。二人でデートをしたと聞いたときは驚い……」
「ディン、いい加減にしろ」
言葉を遮られたディン様は、はいはい、と手をひらひらさせジゼルさんの演奏に耳を傾けた。
演奏されている曲は、初めてこの店に来たときに弾いていたもので、吟遊詩人と騎士の悲恋を歌った物語だ。
「この曲、ジゼルさんのお師匠様が、ご自分の経験をもとに作られたのですよね」
「二十年前に隣国から攻められ、王都からこの地へ騎士が多く派遣されたことがあったから、その頃に作ったのかもな」
私が生まれる少し前、エプラゼール国への侵略があったと聞いたことがある。
貴族学園には行っていないけれど、祖父が亡くなるまでは家庭教師がついていて、国の歴史と言語、計算といった最低限のことは教えてもらった。
「騎士は、身籠ったお師匠様を残し、亡くなったそうです」
恋を謳歌しているような華やかな旋律が、悲しげなものに変わる。
ディンさんが、グラスを持ったまま人差し指でジゼルさんを指す。
「本当に亡くなったという説と、実は身分違いの恋で戦争が終わって相手の騎士は王都へ戻ったという説がある」
それを耳にしたアマンダさんが、カウンターの向こうから顔を出した。
「誰だい、そんなデマを言ったのは?」
「レティシア」
「まったく。あの子は身分違いの恋の話が好きだからねぇ。それから訳ありの男も。フォードさん、気を付けたほうがいいよ」
アマンダさんの言葉に、フォードさんは困ったようにフッと笑う。
その顔が女性を引き寄せるのだと教えてあげたほうがいいかしら。
演奏が終わり、店が拍手の音で埋め尽くされた。
穏やかな笑みを浮かべ手を叩くフォードさんを横目に、私はカップのホットミルクを飲み干す。
今はただ、こんな穏やかな生活が続くことを願うばかりだ。
演奏が終わり、お客さんがお会計を済ませて帰っていく。お店はまだ開いているけれど、朝が早い鉱夫や騎士は、これを区切りにと帰っていく。
私も仕事終わりの時間だけれど、今日はお客さんが多かったので少し残ることにした。
空いた席を片付け、フォードさんたちを案内していると、入り口扉の鐘がカランと鳴った。
入ってきたのは、身なりの良い商人風の男が二人。
テーブル席を指差しそこがいいというので、慌てて片付け案内する。メニューを渡すと見ることもなく、エール二杯とお薦めを数品持ってきてくれと頼まれた。
「まったく。途中で車輪が外れたせいで、今日中に国境を越えられなかった」
「この辺りは宿も少ないし、大した店がないからな」
大した店でなくて悪かったわね、とアマンダさんが鼻息を荒くする。それを料理長が宥めていた。
国境付近には、宿場街として栄えているところもある。
だけれど、ここから南に十数キロ行った場所がその宿場街の役割をしているせいか、ベルサートに宿は少ない。私が買い物に出掛けた西の街のほうが栄えているぐらいだ。
住んでいるのは平民ばかりで、国境を越える人はここを素通りしていく。
言われたとおり、エールを運び、料理を数品持っていった。すると、「案外うまい」「これは当たりだ」とどんどん平らげていく。
口は悪いけれど、根っからの性悪ではないようだ。
「それにしても、万能薬と回復薬が途絶えたせいか、王都はどんよりとしていたな」
「ああ。にもかかわらず、ヘルクライド殿下の婚約の準備は着々と進んでいる」
王都について語るふたりに、手が止まってしまう。
そんな私に、二人は追加のエールを頼んだ。
お代わりを取りにカウンターへ向かう私とすれ違うようにして、ディン様が商人のいるテーブルへと向かった。
「その話、本当なのか」
騎士に突然話しかけられたせいか、商人二人は分かりやすく姿勢を正す。
「はい。一ヶ月ほど前から数が減り、質が悪くなったらしいです。最近ではまったく出回らないと聞きました」
「聖木の女神は何をしている?」
「噂では体調が悪いようで。ですが、ヘルクライド殿下と聖木の女神との婚約準備は着々と進んでいるそうですし、重い病ではないのでしょう」
「巷では、あまりにも婚約が急なのでご懐妊か、との噂も流れております」
第一皇子であるクロスフォード殿下の失脚や、暗殺未遂に聖木の女神の姉が関わっていたことも合わせて、王都では噂で持ち切りらしい。
ディン様が相変わらずの人当たりの良さで商人から話を聞き出している中、フォードさんは商人に背を向けたまま、ちびちびとエールを飲んでいた。
興味がないのかと思うも、貴族であるなら無関心とはいかないはず。
少し違和感を抱きつつも、私は追加のエールを二人に運び、カウンターの奥に引っ込んだ。
それにしても、癒しの薬や回復薬がないとはどういうことだろう。
カルロッタが聖木の女神として働き始めてからは、それらの精製は主に私が引き受けていた。でも、前聖木の女神のときは、五人の聖職者が交代でしていて、彼等はまだ教会にいる。
決して作り方を知る者がいなくなった、というわけではない。
葉が茂り、花が咲く限り、薬は途絶えることがないはずなのだ。
「ルーシャ、もうあがっていいよ」
「はい。分かりました」
私はつけていたエプロンを解くと、定位置となった壁のフックにかける。
料理長とフォードさんにもお休みを言って階段に向かう背後から、ディン様の声がした。
「ふたりとも、この国境はよく使うのかい?」
「はい。ひと月に一度ぐらいの頻度で、国を行き来していますので」
「それはいい。こんな場所にいては王都の噂はまったく届かない。俺はいつもこの店で飲んでいるので、また噂話を教えてくれないか」
聞いた噂話を誰に語るのだろう。レティシアさんかな、と呑気なことを考えながら、私は二階へと続く階段を上がっていった。
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