カルロッタの思惑
朝夕の2回更新になります。
ルーシャが行方不明になったという知らせが、カルロッタとヘルクライドの寝室へ届いたのは、朝日が昇ってすぐの時間だった。
ルーシャへの断罪が終わってすぐに二人は婚約すると宣言した。
だからと言って、早々に同じ部屋に寝るのはどうかと苦言を呈する者もいたが、ヘルクライドは耳を貸さなかった。
「お姉様が? 見張りをつけていたのですよね?」
従者から知らせの手紙を受け取ったヘルクライドが寝室の扉を閉めると、ベッドの上でシーツを身体に巻いただけのカルロッタが慌てて身を起こした。
「もちろん。部屋の入口にも、階段にも、玄関にもだ。とにかく服を着てくれ。教皇に会いに行く」
夢のような一夜を過ごしたカルロッタは、早々に幸せな気持ちを害されたことに腹を立てながら、侍女を呼ぶベルを鳴らした。
第二皇子にあてがわれた離宮には、すでにカルロッタの部屋も用意されている。今いる寝室の右側がそうで、左はヘルクライドの私室。どちらも扉続きとなっている。
ヘルクライドが急ぎ私室へ戻るのを見ながら、カルロッタはぎっと歯噛みした。
これですべてが終わると思ったのに。
カルロッタがアディシアに連れられバルトア伯爵邸を訪れたのは四歳のとき、と聞いている。
幼いのでその頃の記憶は曖昧だが、急に華やかな場所に来て驚いた気がする。
案内された部屋の天井には大きなシャンデリアがあり、カルロッタはそれを口を開けポカンと眺めた。なんだこれは、落ちてこないのかと心配になりそわそわしてると、じっとしなさいと隣にいる母親に怒られた。
はい、と大人しく口を閉じると、扉が開いて男性と女の子が部屋に入ってきた。
姉だと紹介された女の子の髪は蜂蜜のようなブロンドで、動くたびにフワフワと緩く波打っている。神秘的な紫の瞳は妖精かと思うほどで、カルロッタはこんなに奇麗なものが世の中にあったのかと驚いた。
それに対し、窓に映る自分は薄汚れたベージュのワンピースに、ぼさぼさの赤い髪。幼心に惨めだと下を向く。
どういうわけか分からないが、カルロッタはその日から大きな屋敷で住み始めた。
そして、翌年の聖木の審判で、カルロッタは聖木の女神に選ばれた。
それが何を意味するのかは分からないが、母親がカルロッタを抱きしめ大変喜んだので、すごいことなのだろうと思った。
ある日、父親ができた。それと同時に、ルーシャは屋根裏部屋で暮らしだす。
理由は分からなかったけれど、妖精のような少女がみすぼらしく姿を変え、代わりに自分が綺麗になっていくのは気持ちがいい。優越感という感情を初めて知った。
これも全て自分が選ばれた人間だからだと傲慢になり、何でも買い与えられ、手に入れるのが当然だと思い始める。
すべての賛辞は、聖木の女神である自分に向けられるべきだと考えた。
だから、時折、薬を求めにきた平民から感謝の言葉をかけられるルーシャが許せなかった。たとえ少しの感謝であっても、それらは聖木の女神である自分にすべて向けられるべきだと思うと、はらわたが煮えくり返る。
その怒りを、帰宅してからルーシャにぶつけた。
ルーシャと違い、カルロッタは夜会にも頻繁に顔を出していた。
聖木の女神となったカルロッタに、ダンスを申し込む者は後を絶たない。求婚の手紙だって毎月何通も届いた。
そんなカルロッタに、ヘルクライドが声をかけたのは、半年前のことだ。
今までも挨拶はしたが、その日は初めてダンスに誘われた。
茶色の髪に青い瞳の美丈夫は、第一皇子ほどではないがエプラゼール国の令嬢の憧れだ。
そんな彼からの愛の言葉に、カルロッタはやはり自分は選ばれた人間なのだと確信する。
結婚しようと言う言葉に浮かれ、でも時が来るまで黙っておくように言われた。
それがいつなのかとやきもきしているところで知らされたのが、第一皇子によるヘルクライド暗殺未遂だった。
カルロッタに暗殺未遂が知らされたのは、その翌日。
すでにクロスフォードは捕まっていると聞いてほっとしていると、これから婚約を発表すると言われた。
「カルロッタはルーシャに虐げられてきたのだろう。このさい、彼女も断罪しよう」
そう言われ、カルロッタは戸惑う。
クロスフォードの興味を引こうと、カルロッタを悪しく言ったことを思い出す。
しかしすぐに、目障りな姉がいなくなるのはいいことだと考え直したカルロッタは、ヘルクライドと一緒にルーシャを問い詰めた。
ルーシャの部屋から毒が出たと聞いたときは、心臓が止まるほど驚いた。
本当に暗殺を企んでいたんだ、いつの間に第一皇子と親しくなったのだろう、と疑問はいくつか浮かんだが、悪女なら処刑されて当然だと考えるのを止める。
これですべての賞賛は自分のもの、そう喜んでいたところに飛び込んできたのがルーシャの失踪だった。
「教皇様、姉がいなくなったとは、どういうことですか?」
早朝にも関わらず、ヘルクライドとカルロッタが二人揃って来たことに教皇は驚きながら座るよう促した。
「教皇、説明をしてくれないか?」
座るやいなや、そう問いただしてきたヘルクライドに、教皇はゆっくりと頭を振った。
「儂も分からないのです。扉の前で見張っていた兵士が言うには、六時に確認したときにはベッドで寝ていたそうです。そのあと七時に使用人の娘が起こしにいったところ、部屋には誰もいなかったそうです」
「部屋は三階だったな。飛び下りたとは考えられないのか?」
「見張りの兵がすぐに室内を検め、窓の下も確認しております。新雪の上に足跡はありませんでした」
くそっ、と机を蹴とばすヘルクライドの横でカルロッタは身を縮めた。
初めて見る乱暴な一面に驚きつつ、姉を探すのでしょうと問えば、ヘルクライドは渋い顔をする。
「この件は迅速に片を付けたい。捜索をすれば、見つかるまで俺の暗殺未遂事件の解決が保留となる可能性がある」
「でも、あれは第一皇子の陰謀だと明らかになったのではないのですか?」
カルロッタの言葉を、ヘルクライドは苦虫を嚙み潰したよう顔で無視する。
「ルーシャの行方不明については、内密に教会内と近辺を捜索させ、二週間後に国王陛下が戻ってくるまでに見つからなければ、自死したと報告する」
「それは、虚偽の申告をするということでしょうか?」
教皇の鋭い指摘に、ヘルクライドはバン、とテーブルを叩いた。
「では、忽然と人が消えたとバカげた申告をしろと言うのか! そもそも罪人が姿を消したのは教皇、お前の責任でもあるのだ。病気の子供ともども罰せられたくなければ、俺の言うことを聞け。以前にもそう言ったはずだ」
以前にも、と言われ、教皇は悔しそうに唇を噛む。妻や子供を巻き込むわけにはいかなかった。彼にもまた、一番に守りたいものがある。
「分かりました。仰る通りにいたします。捜索ですが、聖職者にも手伝わせましょう」
「当たり前だ。必ず探しだせ。帰るぞ、カルロッタ」
「は、はい」
荒々しく席を立ったヘルクライドに続くよう部屋を出たカルロッタは、廊下に出たところで窓の外を見る。雪はすでに止んでいた。
「ヘルクライド殿下、聖木に祈りを捧げに行ってもいいでしょうか」
「好きにしろ。俺は城に帰る」
そっけない言葉に、カルロッタが戸惑っている間に、ヘルクライドは廊下をどんどん進んでいく。その足音が消えるのと入れ違うようにして、小走りにこちらに向かってくる足音がした。
「カルロッタ様、教皇様の命令で今日から私だけが聖木への祈りに同行することになりました」
「あなたは……」
「ナル、です。いつもルーシャ様と一緒に同行しておりました」
カルロッタは、そう言えばいつも少女がいたな、と思い出す。
「分かったわ。一緒に来なさい。薬は誰が作るの?」
「前女神様と一緒に薬作りに携わっていた修道女が三人、手を挙げました。あとはカルロッタ様もお願いします」
「どうして私が!?」
「聖木の女神様は、代々そうしていたと聞いています」
チッと舌打ちして、カルロッタは悔しそうに顔を歪める。
どうして自分がそんな雑用をしなければいけないのかと、腹が立つ。帰ったら母親に言い付けてやろうと思った。
カルロッタは歩きながら胸のネックレスを握り締める。丸い金の飾りに紋様が描かれているそれは、母親が肌身離さず持つようにとくれたものだ。
ルーシャとお揃いなのが気に喰わないが、約束通りずっと身に着けていた。
罪人とお揃いなんて嫌だから捨てようかと考えつつ向かった聖木で、カルロッタはいつものように跪く。
でも、いつもならカルロッタが祈れば淡く光る聖木が、今日は何も変化しない。
その日以降、カルロッタの祈りに聖木は応えず、新しい葉は芽吹かず花も咲かなかった。
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