【第26話】「揺らぐ学園の秩序――芽吹いた反発の影」
努力と実力だけで評価される世界――それは学園の理想だ。
しかし、理想が現実と衝突する時、秩序は微かに揺らぎ始める。
表彰を受けた三人の前に現れた新たな視線は、学園に潜む反発の影を示していた。今日の一歩は、まだ序章に過ぎない――。
学園の講堂はいつも以上にざわめきに包まれていた。生徒たちは期待と好奇心を胸に、整然と列を作って座る。しかしそのざわめきの奥には、微かに緊張の色も漂っていた――表彰式に、あの三人の名前があると噂されていたからだ。
壇上には銀色の髪を光らせる校長が座り、その威厳は講堂全体を支配していた。生徒たちは自然と背筋を伸ばし、息をひそめる。
アデルとランドルフ王子は、静かに壇上に進み、隣にクリスを立たせる。三人の肩には、軽やかな緊張と、胸の奥に秘めた覚悟があった。表彰対象者一覧には確かに三人の名前――ランドルフ・フォン・ナーヴァル王子、ヴァレンティア・アデル、そしてクリス・アルベール。
司会の教師が声を高らかに告げる。
「中級魔獣討伐において、優れた成果を収めた者たちです!」
壇上に呼ばれた三人は礼儀正しく一礼する。アデルは心の中で、校長室での戦いを思い出す。あの時、自分たちは理不尽に立ち向かい、言葉で正義を貫いた。今日の一歩は、その決意が形になった証だ。
しかし、講堂にはまだ小さなざわめきが残っていた。普段なら表彰されることのない女の子の名前が読み上げられたことに、生徒たちは驚きを隠せない。
ざわめきの中、クリスは目を大きく見開き、少し震えながらも深く一礼する。胸の奥に込み上げる感動に、思わず涙がにじむ。
「努力が……認められた……」
校長は静かに口を開く。
「今日の表彰は、性別や身分ではなく、実力と努力に基づいたものだ。三人の行動は、学園の理念を体現している」
その言葉に、生徒たちの表情は変わり始める。耳元で小さな声が聞こえた。
「女の子でも、ちゃんと評価されるんだ……」
「本当に、努力だけで認められるんだね……」
アデルはクリスの肩にそっと手を置き、二人で微笑む。ランドルフ王子も静かに頷く。壇上の三人は、まるで小さな勇者のように堂々と立っていた。
だが、喜びの余韻に浸る間もなく、アデルの脳裏に校長室での舌戦がよみがえる。あの時、校長は簡単には譲らなかった。今日の表彰は勝利だが、彼らが正義を貫くには、まだ多くの理不尽と戦わねばならない。クリスが評価されることは、単なる通過点に過ぎないのだ。
クリスは涙を拭い、胸を張る。
「私……もっと頑張る……!」
その瞳には恐れも遠慮もなく、努力が公平に評価される世界を、自分の手で切り開く覚悟が宿っていた。
アデルも思う。
「今日の一歩が、この学園の空気を変える。誰もが実力で評価される――その理想を、俺たちで示したんだ」
講堂の光が三人の影を長く伸ばし、未来への希望を照らす。小さな革命の兆しは、確かに生まれていた。性別や身分に縛られず、力と努力で認められる世界――二人の少年と一人の少女が、その一歩を刻んだのだった。
---
ざわめきの中、壇下の奥に、ひときわ冷たい視線を放つ少年の姿があった。
黒髪に切れ長の瞳、鋭い面差し――学年最上位、三年の筆頭格。名はセリオ・ヴァルディア。王族や公爵家に並ぶ血筋を持ち、実力、知略、そしてカリスマ性――すべてを兼ね備えた存在だった。
彼は腕を組み、眉間に軽く皺を寄せる。
「……面白くないな。努力だの理念だのと、青臭い理屈で秩序を揺るがすとは」
その声は生徒たちの耳に届かずとも、周囲の取り巻きたちに伝わり、冷ややかな笑みと共に波紋のように広がる。
セリオの視線は三人を射抜く――特に、今まさに芽生えたばかりの勇気と自信を手にしたクリスに。
「ふむ……女が表彰されたか。なるほど、学園も変わろうとしているのか」
しかし、彼はまだ口を開かない。静かに、しかし確実に、次の波乱の種を見据えていた。
アデルはその視線を感じ取り、心の奥で警鐘を鳴らす。
――今日の勝利は確かに大きい。しかし、この者が黙って見逃すわけがない。クリスを狙う影――それが、間もなく現れる。
講堂を出る三人の背中に、セリオの冷たい視線が追いかける。
小さな革命の芽は確かに芽吹いた。しかし同時に、それを踏み潰そうとする影もまた、確実に動き出していた。
---
今日の表彰は、努力と実力が認められる一歩に過ぎない。
だが、その一歩を快く思わない者が学園には存在する。三人の前に現れたセリオ・ヴァルディア――実力とカリスマを兼ね備えた三年生の影は、やがて学園に新たな波乱を巻き起こすだろう。
努力が報われる世界の芽は確かに芽吹いた。しかしその陰には、試練と反発の影もまた、着実に迫っているのだ。




