【第25話】「正義を貫く少年たち――認められた努力」
学園では実力と努力が平等に評価される――と謳われている。しかし現実はまだ、性別の壁が存在していた。二人の少年は、その不公平に立ち向かい、少女の権利を守るため立ち上がる。
廊下を歩く二人の足音は、普段の学園のざわめきとは違う、張り詰めた静けさを伴っていた。
「今日は、クリスのことを……絶対に認めてもらう」
アデルは小さくつぶやき、ランドルフ王子は静かにうなずく。
扉の前で一礼し、侍従を通して礼儀正しく取り次がれる。
「ヴァレンティア公爵子息、ランドルフ王子。校長室にお入りください」
重厚な扉が開かれ、室内に入ると、銀色の髪を光らせた校長が椅子に腰掛けていた。
その眼光は、威厳と長年の経験が染み込んだもので、室内の空気すべてを支配している。
「……どうした。二人とも」
低く響く声に、二人は自然と背筋を伸ばす。
アデルは深く一礼し、静かに口を開く。
「校長先生、今回の中級魔獣討伐の評価についてご相談があります」
ランドルフ王子も続ける。
「クリス・アルベールが評価一覧に含まれていません。彼女は全力で実習に臨みました。性別ゆえに表彰されないのは、学園の理念に反すると考えます」
校長は椅子に深く腰掛け、眼光を二人に向ける。
「……学園の理念は理想であって、現実には慣例や規則も存在する。女だから表彰されないことも、長年の教育の中で積み重ねられたものだ」
アデルは一歩前に出て、冷静に論理を積み重ねる。
「慣例や規則が、努力と成果を無視する理由になりますか? 授業や実習で全力を尽くした者を、性別で排除するのは教育者として正しいのでしょうか」
王子も静かに、だが力強く声を重ねる。
「学園は性別や身分に関係なく、実力で評価されるべきだと謳っています。理念を守るために、私たちは行動しています」
校長は少し眉をひそめ、低く唸るように答えた。
「……理念は理想であっても、秩序を乱せば学園全体に影響する。君たちはまだ若いから知らんだろうが、もし女子を表彰すれば、貴族の保護者から抗議が殺到するだろう。ひいては王国からも圧力が来る。そうなれば学園の存続さえ危うくなるのだ」
後ろで息を潜めていたクリスの肩が、かすかに震える。必死に声を押し殺しながら、彼女は拳を握りしめていた。
アデルはそれに気づき、胸の奥で熱が燃え上がる。
「秩序を守ることと、努力を無視することは別です。もし秩序の名の下で、正しい評価が行われないのなら、学園の理念は形骸化します」
王子は拳を軽く握り、目を真っ直ぐ校長に向ける。
「私たちは、実力で成果を認めることが秩序を守ることにもなると考えます。女だから、という理由で差別することは、教育者として誇れることではありません」
校長は目を細め、沈黙する。室内の空気は重く、しかし二人の意志は揺るがない。
「……ふむ……。君たちは、真剣に考え、ここに立っている」
アデルはさらに、胸の奥に燃える熱を意識しながら声を重ねる。
「クリスは、私たちと同じように全力で取り組みました。努力を正当に評価しないことは、学園の未来を損なうことになります」
王子も同意する。
「理念を守るためには、時に慣例に挑む勇気も必要です。彼女の努力を認めることが、学園の名誉にかなうと信じます」
校長は長く沈黙した後、鋭い眼光で二人を見つめた。
やがて、深く息をつき、静かに告げる。
「……分かった。クリス・アルベールも、表彰の対象に含めるとしよう」
二人の胸に安堵が広がった、その時。
校長はふっと目を細め、低く呟いた。
「君たちを見ていると……かつての自分を思い出すよ。理想を語り、慣例に挑み、仲間と共に正義を貫こうとした若き日の私をな」
一瞬、老練な瞳の奥に、遠い昔の光が宿った。
「……だが年月は、人を丸くし、妥協を覚えさせる。私はいつの間にか、理念よりも秩序を優先するようになっていたのかもしれん」
アデルは静かに首を振る。
「校長先生。理想を信じ続けてきたからこそ、私たちに理念を教えてくださったのだと思います。だから、まだ間に合います」
ランドルフ王子も穏やかに笑む。
「今日、私たちがこうして話せたのも、校長がその理想を学園に残してくださったからです」
校長はしばし沈黙し、そして小さく笑った。
「……まだ子どもだというのに、随分と大人びたことを言う」
抑えていた息を吐くように、アデルは微笑む。
「はい。でも、力と努力には年齢も性別も関係ないと信じています」
ランドルフ王子も優しく頷く。
「私たちは、正しいと思うことに従ったまでです」
後ろに立つクリスは、もう隠しきれずに涙をこぼした。
その涙は、単なる喜びではなく、これまでの努力が認められたことへの深い感動だった。
アデルはそっと彼女の肩に手を置き、静かに微笑む。
「これからも、努力を怠らなければ、誰だって認められるんだ」
ランドルフ王子も柔らかく言葉を添える。
「君の力は誰にも負けない。今日、校長に伝わったのも、それが理由だ」
クリスは小さくうなずき、涙を拭う。
胸にあったもやもやは消え、学園で初めて心からの自信が芽生えた瞬間だった。
その日、権威ある英雄に挑み、正義と理を貫いた二人と、ようやく認められた少女――学園の空気は少し柔らかく、温かく変わった。
昼下がりの光が窓から差し込み、三人の影を長く伸ばしながら、未来への小さな希望を照らしていた。
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正しいと信じる行動が、小さな変化を生む。今日の勇気は、学園の未来に光をもたらした――性別や年齢に関係なく、努力と力が評価される世界への第一歩となった。




