【第23話】アディシア視点「後悔と初恋の記憶」
12歳のアディシアは、王子との関係や学園での出来事に戸惑い、心の中で小さな嵐を抱えています。
今回は、彼女が学園での失言を後悔しながらも、初めて出会った6歳の頃の王子との淡い記憶を思い出すお話です。
不安と初恋のときめきが交錯する、アディシアの繊細な心情をお楽しみください。
アディシアは屋敷に戻ると、ベッドに倒れ込み、顔を布団に埋めた。
「こんなつもりじゃなかったのにぃ……」
メイドのマリアがそっと寄り添う。
「アディシア様……少し落ち着かれて」
「うう……だって、アデル様やクリス様に……あんなこと言っちゃったんだもの……!」
12歳のアディシアは泣きそうな顔で布団にうずくまり、胸の奥がざわざわしてどうしていいか分からない。
ランドルフ王子は学園に入学してから会う回数が減り、不安な日々が続いていた。
「だって、あんなに素敵な方だもの……他の子だってきっと好きになっちゃう……」
婚約者としての立場はあるけれど、心は揺れ動く。
アディシアはふと、初めて王子に出会った日のことを思い出す。
――6歳の頃、父に連れられて初めて王宮に行った日。
大きくてキラキラした装飾に目を奪われ、夢みたいだと胸を躍らせた。
でも、気づけば父のそばを離れて迷子になってしまった。
泣きながら庭をさまよっていると、かすかに「ニャー」と子猫の鳴き声が聞こえた。
小枝に足を引っかけて怪我をして動けなくなっている子猫を見つけ、アディシアは叫んだ。
「かわいそう……! どうしよう……!」
小さな手で子猫を抱き上げ、必死に助けようとする。
そのとき、背後から声がした。
「どうしたの? 迷子になったの?」
振り返ると、金髪で金色の瞳をした少年が立っていた。
6歳のアディシアの心は一瞬で奪われ、思わず泣きながら言った。
「この子が……たいへんなの! たすけて!」
少年は驚き、優しい目で微笑んだ。
「こっちに来て」
彼の手に導かれ、王宮の医官のもとへ。
「この猫の手当てをしてほしい」と少年が告げると、医官が振り向いた。
「わかりました、ランドルフ王子……おや? そちらのご令嬢は?」
その瞬間、アディシアはハッとして目を見開いた。
「え……! この子が……第一王子ランドルフ様……!」
慌てて頭を下げる。
「おうじさまとは知らず……ごめんなさい!」
王子は優しく微笑む。
「気にしなくていいよ。君の名前は?」
「ヘルマン侯爵家のアディシアです」と答えると、王子は軽く頷いた。
父が迎えに来るまで、アディシアの胸には淡いときめきと憧れが芽生えた。
時は流れ、王子から婚約の打診を受けたアディシアは了承した。
なぜ王子が自分を婚約者に選んだのかは分からないままだった。
しかし学園に入り、耳に入るのは「王子は平民の子と仲良くしているらしい」という噂ばかり。
胸がぎゅっと締めつけられ、つい学園まで乗り込んでしまった。
しかもご友人であるアデル様やクリス様にきつく言ってしまったことを後悔する。
「女の子なのに生意気って思われたら……婚約破棄なんて言われたら……」
不安に押しつぶされそうな夜。
まだ誰も知らない——
ランドルフ王子が、初めて自分に会ったとき、子猫を守ろうとした健気な姿に一目惚れしていたことを。
アディシアはベッドにうずくまり、窓の外の月を見上げる。
胸の奥で芽生えた小さな恋心と、王子に対する不安が、静かな夜に揺れ動くのだった。
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アディシアの心は、王子との距離や学園での失言によって揺れ動きます。
しかし、幼い頃に芽生えた淡い初恋の記憶は、彼女の心をそっと支えています。




