【第11話】初めての出会いと、小さな恋心〜リリアンヌ視点〜
今回は、リリアンヌの視点から初めてアデルと出会う場面を描きました。
恐怖や緊張、そして初めて芽生える小さな恋心を、彼女の内面に寄り添ってお楽しみください。
馬車の揺れに身を任せながら、父――ダービー伯爵の言葉が耳に残る。
「いいか、リリアンヌ。あの子は気まぐれで、時に癇癪を起こすと聞く。決して逆らわず、笑顔を絶やさぬことだ。この婚約は何としてでも成立させるのだ!」
婚約者となる少年、公爵家嫡子アデル。
噂では、横暴で怒ると怖く、召使いも泣かせると聞く……。
手のひらがじんわり汗ばむ。
──どんな人なのだろう。
──わたし、大丈夫だろうか。
大広間の扉が開く。
目に飛び込んできたのは——燃えるような赤髪、深紅の瞳を持つ少年の姿だった。
まだ五歳のはずなのに、立ち姿は落ち着きがあり、凛とした空気をまとっている。美しい容貌に、思わず息をのむ。
──噂とは違う……こんなに……美しい子……。
公爵がゆったりとした口調で言った。
「私はダービー伯爵とまだ話がある。……アデルよ、リリアンヌ嬢に庭を案内して差し上げなさい」
父の声が続き、わたしの肩をそっと押す。
「ほう!ヴァレンティア公爵家の庭といえば、美しさで名高いと聞いておりますぞ。さあ、リリアンヌ。アデル様に案内してもらいなさい!」
小さく肩を震わせ、伏せた瞳で答える。
「……はい」
アデルがそっと手を差し伸べる。
「はじめまして、リリアンヌ様。僕が庭へご案内します」
その赤い瞳にまっすぐ見つめられ、わたしは驚きで目を見開いた。手を重ねられた瞬間、わずかに震える。
庭に出ると、陽光が石畳を照らし、秋風がやさしく頬を撫でた。
赤、白、黄、桃——咲き誇る薔薇の香りが二人を包む。
歩きながら、アデルがそっと問いかける。
「リリアンヌ様……この婚約に、ご不満はありますか?」
思わず青ざめ、声が震える。
「い、いえ……!大変、栄誉なことです……」
口元がわずかに震え、目には涙がにじむ。
アデルはわたしの前にしゃがみ、同じ高さで視線を合わせる。
「無理に笑わなくてもいいんです。……嫌なら、断っても大丈夫ですよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
涙があふれ、心にぽっと灯がともる。
「ごめんなさい……!でも……婚約をなくさないでください……!お父様に、叱られてしまいます……」
アデルは慌てて胸ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭った。
「泣かないでください。僕は、リリアンヌ様が嫌がることは絶対にしません」
恐怖はすっと消え、胸に暖かい感情が芽生える。
わたしは涙の中で、赤髪赤目の美しい少年——アデルを見上げた。
「どうして……?私は女で……アデル様より家柄も下なのに」
アデルは微笑む。
「そんなこと、僕には関係ありません。僕は……リリアンヌ様と仲良くなりたい」
その言葉が、わたしの心に深く届く。
幼い頃から褒められたことのなかった胸に、初めての安心と温かさが溢れる。
「私……いつもお父様や兄に叱られてばかりで……褒められたことなんてなくて……」
アデルはそっとわたしの手を包み込む。
「……大変でしたね。でも僕は、リリアンヌ様を叱ったりしません。安心してください」
その瞬間、わたしの心に一筋の光がさした。
そして胸の奥で、名前もつけられない温かい感情が芽生える。
──赤髪赤目の少年——アデル。
初めて出会ったその瞬間、わたしは強く惹かれてしまったのだった。
---
赤髪赤目の少年——アデルとの出会いが、リリアンヌの心にどんな影響を与えたのか。
次回もお楽しみに。




