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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第五部・旧家

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33/40

33・生誕運命格差

『説得を試みるには、その者の人となりをしる必要がある』


「ええと……。塩来路(しおらいじ)寅之助(とらのすけ)さんは人当たりが良くて、怒ったところを見たことはありません」


 星澪沙(せれさ)はわかってない、とでも言いたげに(まり)がやれやれと首を横に振る。


「ああいうのは腹黒いって言うの。言葉遣いは取りつくろってても腹の内じゃ何考えてんだか。……ねぇー? 綱分(つなわき)?」


 当てつけで鞠が俺に絡んできた。


「鞠さんはもう少し本音を隠された方が良いですよ。俺の爪の垢がご入用なら差し上げますね」


「いらないっ!」


 いがみ合う俺と鞠とは対照的に、挽霧(ひきり)さんと星澪沙は冷静に寅之助の分析を続けていた。知的なコンビだな。こういう作戦会議の場だと頼りになる。


「寅之助さんの弱点はわかってます。小さいころに大豆をノドに詰まらせて以来、グリーンピースもヒヨコ豆もいっさい苦手になっちゃったようです。三家での食事会の際はシェフにしっかり通達して、提供するお料理のメニューには気をつけてます」


伊吹(いぶき)は何でも残さずよく食べる』


 その弱点情報、いったい何の役に立つんだ……。

 この二人、頭脳派には間違いないんだけどちょっとほわほわしてるところがあるな……。やっぱり、頼り切っちゃうのも良くないよねっ!


「ほかにはどんな情報があるんですか?」


「ほかには……寅之助さんは大の犬好きで、常杜(とこもり)(さと)公園にもドッグランを作ろうって提案したらしいですよ。猛反対されてすぐに白紙になりましたけど」


『犬は可愛い』


「犬……」


 ドッグランは里山の風景を残すってコンセプトには合わないもんな。

 それにしても犬派なのか。トラはネコ科なのに。


「それから……寅之助さんは先を見通す力が高くて、予言をおこなう妖怪の(くだん)にもたとえられるほどです。あっ、これはたとえで、本当に超常的な予知能力があるというわけじゃありません。あくまでも洞察力やデータの読みに(ひい)でているといった称賛ですね」


『そうか。もしも実際に予知があった場合はこちらの対応も変わってくる。予知能力を持たないと言い切って大丈夫なのか?』


 これ言っても良いのかな……、といった迷いを見せてから星澪沙がおずおずと口を開く。


「その……これは私の産まれる前後の出来事で直接見てはいませんが、三家の間では有名な話です。過去に寅之助さんはトラブルで愛犬を喪っています。完璧な予知ができるなら、そんな悲しい事故は避けられたはずです」


「事故じゃなくない? ロクデナシの男と女のいざこざで犬だけが貧乏クジ引いたの。あーぁ、かわいそう。百万円以上する、立派な血統のハルクインのグレートデーンだったんだって」


 どういう出来事だったのか、二人からさらに詳しい事情を聞く。

 青年時代の寅之助が愛犬との散歩中、興奮状態の女がものすごい剣幕(けんまく)で詰め寄ってきた。激しい罵詈雑言(ばりぞうごん)。白黒ブチ模様のグレートデーンは、飼い主にむかって大声でまくし立てているその女の脚を噛んだ。


「大型犬……でしたっけ? 人が噛まれたら大惨事でしょうね」


 俺は虫や野草の知識はわりとある方だけど、血統書つきの犬となると専門外であやふやだ。グレートデーンは大きくて強そうな犬だった気がする。


「いえ。超大型犬が噛んだにしては、ごく浅い傷だったと聞いています。その子にしてみれば、怖い人から飼い主を守るためにただ離れてほしかっただけなんでしょうね……」


「だけどさー、大ケガじゃないとはいえ流血沙汰になったわけ。人を噛んだ犬がどうなるか想像つくでしょ? それもその女、妊娠中だった」


『その女人(にょにん)にも深い事情があったのかもしれないが、無茶なことを……。お腹の子に(さわ)りがなければ良いが……』


「そうですね……。赤ちゃんに何かあったという話は特に伝わってません」


 話を聞いてる俺も気が滅入る。犬がかわいそうだ。


「はぁ……、救いのない事件が過去にあったんですね。たしかに寅之助さんに予知能力があれば、そんな未来は避けてますよ」




「……とはいえ、予知でないにしても寅之助さんは尋常ならざる力を持っているはずです。私や鞠ちゃんもそうですから……」


 すでに鞠が俺の前で見せた異能。

 稲門昏(いなかどくら)が統治するキツネ面たちが暮らす異空間を展開して、自身も半人半獣の姿に変容した。


「これは三家の有力な跡取りのみに代々受け継がれる特権です。寅之助さんも同様の力を持っているのは間違いないです」


「跡取りに、ですか? 家の一番偉い人……当主にではなくて?」


「そうだよ。星澪沙が説明したばかりでしょ。綱分、何聞いてたの?」


 キツい物言いの毬を星澪沙が怒った顔で見つめる。

 鞠はシトラス風味の炭酸水に口をつけて、叱るような視線から目をそらした。


「それとは別に、屋敷の守り神さまの加護を受けて自分だけの力を開花させる人もいます」


 鞠の固有の能力というのが、稲門昏家の所有物を貸してやった相手に大きな福をもたらすというもの。ただし上手い話ばかりじゃない。お礼が不充分だと鞠の怒りを買い、与えられた福は災いに転じる。

 土地や建物といった大きなものまで所有物に含まれるのなら、商店街の繁栄や福物件のウワサも納得だ。


「先祖代々の土地を持ってても、固定資産税や相続税やらで大変なんだから。これぐらいの加護でもないと、やってらんない。どんな名家でも財産は三代の相続でなくなるって言うでしょ」


 うーん、すごく遠い世界の話だ。

 このお金持ちピープルどもめ。


「オ魔モリー手くんを見ればお察しでしょうが……私の異能によるものです。その……楽しい気持ちでいっぱいになると、現代科学の域をこえたすごいアイディアをひらめくんです!」


『賢く遊び好きなカワウソらしい加護だ』


 寅之助がどんな力を個人で持っているのかは、二人ともしらないらしい。


『では、霊力集めにこだわる理由に心当たりは?』


 星澪沙も鞠も首を横に振る。


『むこうの事情が判明すれば和解の道も模索(もさく)できるやもしれない』


 お姉さんはちょっと甘いように思う。俺は面白くない。

 塩来路寅之助が星澪沙に依頼しなかったら、蔵に封印されてたのは過果野生(かかのい)や危険な怪異だけで、挽霧さんが捕まって俺と離れ離れになることもなかったのに。


「多忙でなかなか会えない人ですけど、もうすぐ次の天赦日(てんしゃにち)になります。寅之助さんと対面して込み入った話をするなら、この日です」


 天赦日……。この日に神霊たちの霊力は三旧家のヤツらに吸われてたんだ。

 星澪沙も鞠も協力的ではあるけれど、そのことを思うと俺の胸の奥がざらつく。


 そんな俺に気づいたのか挽霧さんが視線をむける。

 大丈夫だと微笑んでくれたのに、俺ときたらそれでも心が晴れない。優しく気遣ってもらったことに対して、子ども扱いされたなんて卑屈(ひくつ)にとらえる自分がイヤだ。


 俺という男は大人になっても背は小さいし、憎たらしいガキみたいに性格が悪いし、野良犬同然の扱いを受けてた時期もあったからこういうお金持ち空間ではすごく場違いな気がして落ち着かない。


 塩来路寅之助はきっと大物になるべくして産まれた男なんだろうな。挽霧さんと出会ってなければ今生きてるかどうかも怪しい俺みたいなしみったれた小物とは違って。

 コンプレックスを刺激されて、普段よりもネガティブになっているのを自覚した。あんな裕福な人間と自分を比較したって意味がないのにな。


 すねてたって仕方がないだろう。

 親子関係については恵まれてるとは言い難いけど、俺は挽霧さんの慈悲と愛情でここまで生かされてきた。

 与えられた愛に応えたい。なんていうか、もっと強くて頼れる人間になりたい。

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