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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第四部・精気

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25/40

25・繁盛商店街と福物件

 この不景気な世の中に逆行して、商店街には活気があった。

 高い天井のアーケードの下では冷却ミストがやわらかく噴き出す。


 不ぞろいの野菜を安く売る八百屋(やおや)の店先には人だかり。この店には俺もよくお世話になっている。見栄えは悪くても味や鮮度は問題ない。


 赤青白の円柱の看板がくるくる回る床屋の自動ドアが開き、さっぱりとした短髪のおじいさんが軽快な足どりで出てきた。レトロな整髪料の匂いも、俺は嫌いじゃない。


 本屋が消えゆくこの時代に、アートやサブカル系の本をそろえた尖りまくった経営戦略の書店があった。俺にはなじみのないジャンルだけど、こういう明確な個性のある本屋さんってほかにはない空気があって楽しそう。


 ザッと歩いてみた印象だと、昔ながらの店も若者向きの店も混ざりあう商店街だ。

 平日の人通りはそこそこ。近くに大学があるからか若者の姿もちらほらと。


『おいで。キツネの絵があった』


 挽霧(ひきり)さんに案内されて、コンクリート製の水槽近くの壁に張られたポスターの前へ。

 どうしてこんなところでメダカを飼ってるんだろうと思ったら、これは古い防火水槽なのか。今は消火栓があるので、ここはメダカたちの憩いの場として第二の役目を果たしている。


 ポスターは、商店街の買いものでスタンプを貯めるとプレゼントがもらえるキャンペーンをしらせるものだった。景品の中にはあのキツネのぬいぐるみも入っている。

 稲門昏(いなかどくら)(まり)がバッグにつけていたぬいぐるみと同じものだ。


 鞠はここの商店街をよく利用するんだろうか? ちょっとイメージがわかない。ここは庶民派で気取らない店が多い。

 でも、堤我(ていが)星澪沙(せれさ)と公園の流しそうめんに来てたな。意外と肉屋さんの揚げたてメンチカツの食べ歩きとかしてるんだろうか……。

 だとしたら、俺が違和感を抱いたキツネのぬいぐるみを鞠が持ってたって、別に何もおかしくはない。


『……この土地は少し妙だ』


 どういうこと? お姉さんに目で問いかける。


霊威(れいい)の加護があまりに強い。この盛り上がりは店主たちの努力もあるだろうが、人ならざる者の後押しも無視できぬほどに大きい』


 土地の縁起が良いってことかな。じゃあ、商店街に福をもたらしている不思議な存在は、機械腕の御幣(ごへい)の封印をまぬがれてるってわけか。でもこの近くに神社や(ほこら)はなかった気がする。


 挽霧さんの長い髪が周囲を探るようにふわりと広がった。


『この地にあるのは何者かの霊力のみ。力の大本(おおもと)は少なくともすぐ近くにはいない』


 その時、お姉さんの視線が商店街の通りにむけられた。穏やかな無表情だ。特に警戒してるようすじゃない。


「おー、綱分(つなわき)さんじゃないっすか」


 ちょっと驚いた表情の堀篭(ほりごめ)さんが俺を見つけた。今日もゴスパンクスタイルで、肋骨プリントのTシャツに、ヒラヒラしてるのかボロボロなのかわからないミニスカートを合わせている。肩には大きなトートバッグ。A4のファイルやタブレットも余裕で入るサイズだ。


「ああ、堀篭さん。こんにちは」


 では、さようなら。

 と、いきたいところだったのに堀篭さんは会話を続けようとする。


「綱分さんてここでよく買いものするんすかぁ?」


「そうですね。時々」


 相手の質問には受け答えをしつつ、俺からは質問を投げ返したり新しい話題を提供しない。

 これが退屈な会話の極意だ。面倒な相手をやりすごす会話術。放っておいて、って直接言うとそれはそれで揉め事になるし。


「こっから家が近いんです? どのあたりにお住まいで?」


 でも堀篭さんにはこの極意が通用しなかった。手強いな、ヒマなのか……。


「さあー、どうでしょうね」


 俺に個人情報をはぐらかされたと気づいた堀篭さんが、ちょっと気まずそうに苦笑する。


「いえねっ? アタシが本当に聞きたかったのはそういうんじゃぁないんですってば! このあたりに事故物件ならぬ福物件ってのがありましてねぃ。ひょっとしたらと思ったんすよ」


 挽霧さんが俺の肩に顔を寄せて話しかける。


『気になるな……。伊吹(いぶき)、くわしく話を聞いてみてはくれないか』


「面白そうな話ですね」


「おやおや綱分さん、気になります? ……しっかし、立ち話というのもなんですよねぃ」




 仕方なくなりゆきで入った商店街の喫茶店は給食メニューを注文できるのがウリだった。情報料ってことで俺のおごり。

 堀篭さんが頼んだのはフルーツ白玉とイチゴ牛乳。

 冷凍ミカンとカレーを食べないという選択肢は俺にはなかった。


 家庭の味に縁がなかった俺にとって、子ども時代を象徴する料理といえば学校給食だ。俺とめったに目を合わせず声もかけない親だったけど、仕事熱心で給食代もしっかり払っていた。

 今にして思えば、過剰(かじょう)なまでに働くことで子とむきあう時間を減らしたかったのかもしれない。


『……』


 お姉さんが俺の肩をそっと抱きしめているのがわかる。

 平気だよ。もう過去のことだし。それに給食自体はむしろ良い思い出というか、しみじみとした懐かしさがある。


 あの頃のメニューを楽しみながら、福物件なるものについて堀篭さんが話してくれた。


「この辺のマンションで入居者にもれなく特大ハッピーがトントン拍子(びょうし)で訪れる、福物件ってのがあるとかないとか……」


「それって、どこか特別な一部屋が?」


「いえいえ、そんなケチくさい。なんと大盤振る舞い。建物全体がラッキールームってぇ話っす。出世に良縁、家内安全、大願成就(たいがんじょうじゅ)。なんでもござれ」


 福を呼ぶ加護のある土地。この商店街にもそんな力が働いてるって挽霧さんが言っていた。

 ただの偶然か。何か関係があるのか。


「そこに住んだ人に不思議な加護が与えられる幸せのマンションってことか。さぞ人気だろうね」


 堀篭さんがうなずきながらイチゴ牛乳をストローでちゅーっと吸い上げる。


「そっす。空き部屋が出てもすーぐ埋まっちゃうらしいですよぅ。常杜(とこもり)(さと)公園みたいな心霊スポットとは(おもむき)が違いますが、これはこれで不思議な話っすよねぃ」


 俺の視界の端に、口元に手を当てて考えごとをしている挽霧さんの横顔が映った。


「堀篭さん。そのマンションの名前か場所って判明してるの?」


「あー……、なんて言いましたっけねぃ。確認しておくんで、連絡先を交換しときましょっか」


 職場の人と必要以上に親しくなる気もないけれど、情報をやりとりする上で直接会うしかないというのも不便すぎる。俺は堀篭さんの提案を承諾した。

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