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囚われ神奇譚  作者: 下山 辰季
第四部・精気

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22/40

22・鞠と星澪沙

「えと……。この人とは前に一度、お互い初対面だったんだけど軽くおしゃべりして……」


「は? ナンパ?」


 稲門昏(いなかどくら)(まり)が口にした不名誉な誤解に、俺も堤我(ていが)星澪沙(せれさ)も違うちがうと同時に手を払って反応した。


「私がっ、ちょっと失礼なこと言っちゃったの! わ、わ、悪気はなかったんだけど……」


「いえ、俺もまったく気にしてませんので」


 だから早くそうめんでも食べに行ってくれ。


 鞠が無言で一瞥(いちべつ)すると、俺のそばにいたお年寄りたちが気まずそうに立ち上がる。そそくさと持ってきたのは、目立つ汚れやガタのないキレイなパイプ椅子二脚。


 長い脚を組んで悠然と腰かける鞠の横で、星澪沙はあたふたした仕草で手を合わせ頭を下げている。


「あ、あっ……、私たちそんな、お気遣いしていただかなくてもっ! ありがとうございます、すみません……」


 椅子を運び終えたおじいさんたちが離れていく。……俺もいっしょに立ち去りたい。ダメか。

 この二人と話をする場が整えられてしまった。


「あの……ああいう自然の中にはよく行かれるんですか……?」


「そうですね。まぁ、時々です」


 俺は当たり障りのない平凡な回答を口にした。その裏側では、話がどんな雲行きになっても対応できるように警戒している。


 鞠は会話に興味なさそうに自分の爪をながめている。マニキュアとかでツヤッとさせた爪だ。たぶん、ネイルサロンみたいなところで専門家に仕上げてもらったんだろう。ゴテゴテしたアクセサリーっぽいパーツまで爪の表面に埋めこまれてるし。


「あの、変な質問かもしれませんけど……。そういう場所だと、妙なものを見かけたりしませんか?」


 深刻そうな星澪沙に、俺は真顔ですっとぼける。


「妙なもの? 羽化不全のカブトムシとかですか」


「え、えと……そうじゃなくてっ、ですね……」


 じっとりとした気迫で鞠に睨まれる。


「何コイツ、うざ。察し悪い。それとも、わざとケンカ売ってる?」


「わっ!? なんてこと言うの鞠ちゃん!? 今のはすごくイジワルだよ!! すぐにごめんなさいしてっ!!」


 そっぽを向いた鞠の派手な化粧で彩られた唇がもにょもにょと動いた。俺と目を合わさずに小声で謝罪しているようだ。

 この二人の関係性がチラリと見えた気がする。


「す、すみませんっ、私の聞き方が遠回しだったから……っ。その、ふ、不法投棄的な……ものを見ませんでしたか?」


 やっぱりか。

 あの泉のそばにしかけた御幣(ごへい)がなくなっているのに星澪沙は気づいた。そして、直前に会っていた俺のことを少なからず怪しんでいる。ただ、この自信のない質問の仕方から察するに、疑いはまだ確信にはいたっていない。


「ええ、残念なことによく見かけますよ。緑が残されている場所にゴミを捨てていく(やから)は少なくないですから」


 マジメに礼儀正しく応え、でも肝心な部分はのらりくらりとかわしていく。


「星澪沙、もう良いでしょ。時間のムダ」


 鞠がすっと立ち上がる。

 早く去ってくれるなら俺としてもありがたい。


「あ、あわぁ……。まって、鞠ちゃ……! あのっ、私は堤我……せ、星澪沙と申します。もしこの区の近辺で、缶に入れられたよくわからない棒つきのピロピロがあったら、ゴミ捨て場でもなく、リサイクルショップでもなく、神社のお炊き上げでもなく、真っ先にこちらに連絡してくれるとありがたいです……!」


 棒つきのピロピロ。

 そりゃむこうの立場では機械仕掛けの御幣のことを俺に詳しく説明するわけにもいかないんだろけど……。星澪沙、ほかに良い表現は思い浮かばなかったんだろうか……。


 律義に名刺を差し出された。俺はぎこちなく両手で受け取る。


「堤我組……」


 土木、舗装、造園を主に手掛ける会社で、浚渫(しゅんせつ)工事も得意とするらしい。


 浚渫っていうのは、川底にたまった砂泥やゴミをキレイにする工事のことだ。

 公園内の水場も、本格的な浚渫工事を十年に一度くらいの間隔で実施する。小規模な水底の掃除なら、もっと頻度は多い。落ち葉の多いシーズンは特に大変で、常杜(とこもり)(さと)公園では近くの中学生の体験学習を兼ねた小川の清掃イベントもあるらしい。


「アンタは名乗らないわけ?」


 腕組みをした鞠が冷淡に俺を見下ろしていた。


 むこうが名を明かしたのにこちらが黙っているのも、俺の立場を悪くするだろう。俺たち三人のやりとりを地元の老人たちが素知らぬ顔をしながらジッと聞き耳を立てている。稲門昏と堤我の人間に、明らかに俺の非となるようなマズい対応はできない。


「申し遅れました。常杜の郷公園で働かせていただいております、綱分(つなわき)伊吹(いぶき)です」


「わー、そんなご丁寧に……。公園で働いてくださってる皆さんには、こちらこそいつもお世話になってます。あっ、こちらは稲門昏家の……っ」


「星澪沙。もう行こ」


 話の途中でさえぎって、鞠が星澪沙の腕にからみつき引っ張った。


「あ、うん、そうだね……。流しそうめん食べにきたんだもんね。じゃ、じゃあ、失礼します、綱分さん」


 腕をからめたまま星澪沙を連行していく形で、ヒールを鳴らし鞠が立ち去る。鞠の背後を見て、小さな違和感が俺の目を引いた。


 キツネだ。

 ものすごく小さなバッグ。そこにつけられた、タオル地で作られたゆるキャラっぽいキツネのぬいぐるみがプラッとゆれていた。俺も時々利用する地元の商店街のマスコットキャラだ。


 似ている。稲門昏の家紋に。

 服装も化粧も高級路線でバッチリ決めている鞠にはミスマッチなキツネのぬいぐるみが、やけに印象に残った。




「綱分さぁん」


 ねっとりした声が背後から。顔を見なくても誰だかわかる。


「……何。堀篭(ほりごめ)さん」


 私服姿の堀篭さんだ。

 こういう服装って何て言ったら良いんだろう。過激な音楽バンドの人っぽくて……。ハロウィン衣装を日常的な服に近づけたみたいな……。ゴスパンク?

 髪型もカフェにいる時よりインパクトが強めだ。高い位置でくくられた、短くてボリュームのあるツインテール。


 堀篭さんといっしょにいる女子二人もおそらく怪奇現象好きの友人なんだろう。宇宙人のグレイのカラフルなぬいぐるみバッグとか、ホラー映画のキャラをほんわかタッチにえがいたTシャツとかで、なんとなく趣味がわかる。


「ふへへっ。おやおや綱分さぁん? 何やら? すごいお家の方と? 親しくなっちゃってるじゃないっすかぁ?」


「挨拶をしただけですよ」


 面倒な人に面倒な場面を見られたなぁ。


 後ろで宇宙人好きとホラー映画ファンらしき二人がこしょこしょと話し合い、こんな質問を投げてきた。


「その人ってさー」

「彼氏?」


 またしても不本意な誤解。俺は激しく手を振って違うんだと意思表示した。……っていうか、堀篭さんも誤解を解くのを手伝えよ。

 不服な気持ちをこめて軽く睨んでやったら、ニヘラと余裕たっぷりな笑みを返される。腹立つ人だな。


「綱分くーん! 一仕事頼むー! ウォータージャグに水くんできてー!」


「はい!」


 救いの声とばかりに、俺は仕事に戻っていった。

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