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妖之剣  作者: アーチ
3/20

3 初音2

「元気そうだな」

「うん、お兄ちゃんが手加減してくれたからね」


 初音はにこりと笑みを浮かべる。あまりにも純真なその笑顔に、さしもの明久も毒気が抜かれてしまう。

 なぜか彼女は昨日とはうって変わってなれなれしく、明久のことをお兄ちゃんと呼び慕う程だった。

 奪われた三つの妖刀を取り戻す。倉本から受けたその依頼は、この少女の存在のせいでひどく込み入った事情になりはじめていた。


「手加減はしていない、こちらも必死だったからな」

「そう? 必死だったら寸止めなんてできないと思うけどなぁ」


 初音が言った通り、昨夜初音に対して決着をつける一刀を放った明久は、すんでの所で一刀を止めていた。

 初音の肩口に触れ合う程ぎりぎりの境で明久の刀は止まり、それを認識した初音は驚いた顔をした後にこりと微笑み、負けを認めたのだ。

 そこから先は、明久が今思い出しても不思議な光景だった。初音はあろうことか一瞬にして姿を消し、後に残ったのは彼女が握っていた妖刀だけ。


 狐に化かされたような心境で妖刀を持ち帰った明久は、この部屋に妖刀を置いて、倉本に連絡をいれた後少しばかり仮眠をとった。

 そして改めてこの部屋を見てみると……なぜかそこには初音がいたのだ。

 そこでやっと、明久は初音の正体を察したのだ。


「お前は……半妖ではなく、妖刀の精霊……つまり妖怪のようなものなのか?」

「うん、そうだよ。お兄ちゃんももう気づいているでしょ?」


 はにかみながら、初音は傍らにあった妖刀を手に持って明久に突き出す。


「私は妖刀初音。この刀に宿る意思だよ。お兄ちゃんに負けちゃったから、もう私はお兄ちゃんの刀だね」

「……」


 絶句するほかなかった。つまりはこの少女は妖刀の化身なのだ。

 妖と妖刀は本質的に同じというのが退魔筋の共通の認識だった。妖というのは、人の心に潜む恐怖が形を持ったものと言われており、妖刀は人の刀剣に対する信仰や恐怖により何かしらの加護を得たものとされている。


 明久は付喪神と呼ばれる妖怪のことをふと思い出した。これは長い年月を経た道具に精霊などが宿ったものとされており、つまり彼女たちはその付喪神のような妖であり、刀でありながら人の姿を顕現できるほどの力を持っているのだろう。


「妖……など、まだ存在しているのか……?」


 しかし明久は、目の前の事実をその通りに受け入れることができなかった。

 ある意味でそれは当然のことだったのかもしれない。笹雪家は数百年前から妖と戦い続けた家系であるかもしれないが、時代が進むにつれ妖は姿を消し、彼らの戦いは人と妖の混血である半妖とのものになっていたのだ。

 近代化が著しい現代で、人知を超えた妖という存在を前にしてみれば、どうしても脳が理解を拒んでしまう。


 そんな明久に対して、初音はただにこりと微笑みを返した。


「信じられないのは分かるけど、お兄ちゃんは退魔の剣客でしょ? ちゃんと事実を受け入れないと、お仕事できないよ?」


 痛い所を突かれ、明久は初音から視線を逃がした。

 彼女の言う通りである。笹雪家の者として、妖を前にしてうろたえるなど恥以外の何物でもない。明久はそう思い直して、初音に視線を合わせた。


「聞きたいことがある。お前たちはなぜ倉本家の蔵から逃げ出したんだ?」

「んー?」


 初音は、くりっとした目で下から明久をのぞき込んできた。なにか心のうちを探ろうとするような動作だった。


「倉本家の当主である倉本豊後からは、保管されている妖刀三振りが何者かに盗まれた、と聞かされている。だが、お前たち妖刀が人の姿になれるのなら、真相は自分の足で蔵から逃げ出した、ということなのだろう?」

「……うん、そうなるね」

「お前たちが妖刀であり、自らを人の姿に変えられることが分かった今、倉本家からたやすく逃げられるのは理解できる……だが、問題はそこではない」


 初音の目が少しだけ細まった。


「なぜ、今頃になってあの家から逃げたんだ? 逃げようと思えばそれこそ、何年、何十年前から逃げ出せたはず。なぜ、今なんだ?」

「それはねぇ……内緒」

「ふざけているのか?」


 見た目は純真で愛らしい少女に向けて、明久は恫喝するように言った。

 しかし初音は顔色一つ変えずに微笑んでいるだけだった。


「お兄ちゃんが信頼できる人って分かったら教えてあげてもいいけど……どっちにしろ、私一人で理由を教えていいかどうかはわかんないなぁ」

「……残りの妖刀を集めれば、教えてくれるのか?」

「うーん、他の二人が教えてもいいって言うならね。私が勝手に教えちゃうと、絶対篝ちゃん怒っちゃうし……」

「篝?」

「うん、篝ちゃん」


 どうやら、妖刀二つのうちの一つの名が篝というらしい。


「篝、か……名前が分かったところで、探索の手助けにはなりそうにないな」

「わざわざ探しに行かなくても、篝ちゃんならきっとそのうち来るよ」

「……? なぜそう思う?」

「だって私たち、お互いの居場所がなんとなく分かっちゃうもん」

「なに……? 妖刀にはそんな能力があるのか?」

「うーん、妖刀っていうか、私たちには、だね」


 初音はくすくすといたずらっぽく笑った。


「だって私たち、姉妹なんだもん」

「は? どういうことだ?」

「だから、同じ刀工さんが作ったから姉妹剣なのっ」


 どことなく怒ったように初音が言った。

 刀に姉妹関係などあるものだろうか、と思った明久だが、相手は人の姿に化けることができる妖刀である。常識的な考えなど通用しないのだろう。


「しかし、お互いの場所が分かるならなおさら、こちらに残りの妖刀がのこのこ来るとは限らないだろう?」


 むしろ警戒してこちらに近づかないと考えるのが当然だった。しかし初音の考えは違うらしく、可愛らしい顔が少し拗ねたようになる。


「来るよ、絶対」

「なぜそう思う」

「……だって、篝ちゃんたちが私のこと見捨てるわけないもん」


 どうやら、この妖刀三振り、互いに強い信頼関係があるらしい。


 ――妖刀篝がこちらに来るというのなら是非は無いが……初音が妖刀の位置を感知できるなら、こちらから探してもいいのではないか?


 少しばかり思案した明久は、無邪気に微笑む初音に視線を向けた。


「どうしたの?」


 明久の視線に気づいた初音はにこりと笑った。毒気が抜かれるとしか言いようがない純真な笑みだ。


 ――まあいい、昨日の今日だ。急ぐ必要もないだろう。


 明久は結局そう結論つけて、体を休めるように座った。


「……ところで気になっていたんだが、人の姿に化けていても本体の刀を出すことはできるのか?」


 明久は、初音が握っている刀を見てからずっとそう疑問に思っていた。


「うん。だって人の姿は私たちの意思の現れだもん、本体とは違うよ。思念体みたいなものって言ったらいいのかな?」

「思念体……? よくわからん。もう少し分かりやすく頼む」

「ええー? 私教えるの得意じゃないんだけどー……」


 時折初音自身も首を傾げながら、彼女は明久に自分のことを教えた。

 明久自身の理解力と初音の要領を得ない話では理解するのが困難だったが、話を聞くに連れて段々と人の姿に化けられる妖刀というものがどういうものか分かりかけてきた。


「つまり、お前たちの人の姿は仮初で、あくまで本体は妖刀自身。そして、人の姿に化けていても自由自在に本体の妖刀自身を隠したり出したりできる、ということか?」

「そうそう! 良くできました!」


 初音の話を真剣に聞くために正座していた明久は、立ち上がった初音にぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。


「……うっとうしい」

「えー、褒めてるのに」


 手を払ってもめげずに頭を撫でてくるため、明久は仕方なくされるがままになった。


「あ、ちなみに、この人の姿を斬られちゃうと、本体の妖刀には影響ないけどしばらく人の姿になれなくなっちゃうからね」

「……人の姿は妖刀の意思。意思を斬られれば意志疎通をはかる手段、すなわち人の姿に化けることが一時的にできなくなる、ということか」

「うん、だから昨日お兄ちゃんに斬られなくて感謝してるよ。斬られても死ぬわけじゃないけど、私お喋り大好きだし」

「……俺はお喋りは好きじゃない」

「またまたー、いっぱいお喋りしようよー」


 初音は子犬のようにすりよってくる。その姿は容姿も相まって可愛らしく見えたが、これは妖刀なのだ。


「しかし、どうするか」

「ん? なにが~?」


 くりっとした目で顔を覗き込む初音に、明久は困ったように頭をかいた。


「人の姿に化けられる上に妖刀本体を持ち出すこともできるとなると、お前のことを放っておく訳にもいかないからな」

「私逃げたりしないよ?」

「倉本様の屋敷から逃げ出した口でよくも言うな」

「あれは~……別だもん」


 初音は拗ねる様に唇をとがらせる。


「いっそのこと、お前のその姿を縛るか……? いや、その姿も消せるなら意味がないか。やはりどこかに閉じ込めるしか……」

「ちょ、ちょっとちょっとお兄ちゃん!」


 不穏な気配を感じ取ったのか、初音は慌てて言った。


「そんなことしなくても私は逃げないってばっ。だって、お兄ちゃんのことを主として認めたんだもん!」

「俺を主として認めた……?」

「うん。主の元から逃げる刀なんているわけないよ」


 なぜか初音は小さい胸を張って偉そうにする。


「話が見えないな。そもそもいつの間に俺がお前の主となった」

「昨日、私に勝ったでしょ? あの時だよ」

「……お前との斬り合いに勝ったから、俺を主と認めたというのか?」

「うんっ!」


 はずむような笑顔で初音は頷いた。


「あっ、でも私に勝ったってだけでお兄ちゃんを主と認めた訳じゃないよ。もっといろいろと……あるのっ!」


 秘密だけど、と照れたように笑う初音を見ながら、明久は腑に落ちない気持ちだった。


「その口ぶりだと、まるで自分の主は自分で決めるという風だが?」

「うん、私たち、自分の主は自分で決められるよ?」

「いや、待て」


 明久は少し慌てて言った。


「いくら姿を持つ妖刀といえど、お前たちは刀だ。刀が主を選ぶなど……ありえるのか?」


 狼狽する明久を見て、初音がまた小さい胸を張った。


「私たちはね、そもそも妖刀としてちょっと特殊なの。お兄ちゃん、そもそも妖刀ってどんな存在か分かる?」

「……いわくつきの刀のことだろう?」


 ふふん、と初音は可愛く呟いた。どうやら明久に物を教えることができて嬉しいらしい。


「いい? 妖刀っていうのは、いわくつきの刀が人の恐れを吸って妖のようになってしまった刀のことをいうんだよ」

「妖のように……?」

「そう、もともと妖は、人の心の奥底にある恐怖から生まれたの。色々な現象に名前を付けて、あれは何々の妖怪だ、これはこういう妖怪だって名前を付けたら、本当にそういう存在が生まれちゃったの」

「……」


 明久は沈黙を返した。あまり現代的とは言えない考え方だと感じていた。


「妖刀は刀の妖版。例えば、ちょっと気が変になっちゃった人が刀で人をいっぱい斬っちゃったら、その人が持ってたなんの変哲もない刀を、あれは妖刀だ、妖刀が気を狂わせたんだって人々が恐れちゃって、普通の刀が本当に妖刀になって持つ人の気を狂わせちゃうようになったりするの」

「……ならばお前たちも人の恐怖によって妖刀になった口なのか?」

「ふふん、それがねー、私たちはそれとは違って人の信仰によって妖刀になったんだよ」

「信仰? もとは奉納刀だったと言うことか?」

「そう、私と篝ちゃんと、あと一人は夜月ちゃん。この三振りはもともと妖を斬るという目的で打たれた刀なんだけど、出来が良すぎて刀工さんが神社に奉納しちゃったの。その神社で妖を斬る刀として奉られちゃってたから、その信仰を受けて私たちいつの間にか意思を持ってたんだ」


 感慨深そうに初音は何度も頷いた。


「つまり私たちは、妖刀というより元々は神刀なの! 神刀だから意思だってあるし、主だって選べるんだよ!」

「……だが、信仰廃れた神は皆妖に堕ちると聞く。やはり今は神刀というより、妖刀なのだろう?」

「う……よく知ってるね、お兄ちゃん」

「これでも退魔に関わる者だからな」


 現代生まれの明久は、妖が跳梁跋扈していた過去の荒れた世など知らない。ゆえに、妖などというものがこの世に存在していたのか疑わしいと感じていたが、退魔の血筋の者としてそういった退魔の歴史や妖の成り立ちは学ばされていたのだ。


「しかし今の話で合点が言った。それでお前は巫女装束を着ているのか」

「うん、神社の巫女さん、私たちの安置場をお掃除してくれてたから、記憶に残ってるの」


 初音は腕を動かしてハタハタと袖を揺らした。


「お前が自分の意思で主を選べるということは理解した。それで……話を戻すが、つまりお前は俺を主として認めているから、俺の元から離れたりはしないと言いたいのか?」

「うんっ」


 明るく笑顔を咲かせる初音に、だが明久は、どうだかなと肩をすくませた。


「主と認めることができるなら、主ではなかったと改めることも可能だろう。結局、その話が本当でも俺の所から逃げることはできる」

「う、疑りぶかいよお兄ちゃん……」

「可能性は色々と考えておくべきだ」


 明久は少し考え込む素振りをする。


「……だが、お前のことを信じてやってもいい」

「へ?」

「嘘を言ってるようにも思えないしな。だいたい、逃げるつもりならもう逃げているだろう。お前のことを信用しよう、初音」

「わーい、お兄ちゃん大好きっ! ……ぶべっ」


 飛び上がって抱き付こうとする初音を器用に避けると、彼女は顔から畳に落ちていった。


「お、お兄ちゃんひどい……」

「すまない、反射的に……」


 涙目で抗議する初音を見ていると、本当に彼女は妖刀の化身なのかと疑いたくなる。

 だが事実は受け入れなければいけない。目の前に起きている現実を信じないのは、愚かしいことだった。

 そして、初音の話が本当だと信じるならば、妖を斬るという目的を持つ妖刀がなぜか倉本家から逃げて来たということになる。

 そこが不思議だった。退魔に関わる家から何を逃げる必要があるというのか。


 しかし今それを聞いても、やはりこの妖刀は答えないだろう。のんきな顔をしているが、おそらく数百年の時を経験した妖刀だ。腹の探り合いは不利だろう。明久はそう思って溜息をついた。


「ところでお兄ちゃん、私お腹空いちゃったー。ご飯食べたーい」

「……お前は刀だろう? 刀が人と同じ食べ物を食べるのか?」

「刀でも今は人間の姿だもーんっ。お腹だってすくよー」

「だったら刀の姿に戻ればいいんじゃないか?」

「えーやだー。そうしたらお兄ちゃんと遊べないもん」

「……お前、結構わがままなんだな」

「うんっ!」


 少しばかり毒を吐いた明久に、初音は純真な笑顔を向ける。

 この時明久は彼女のことがなんとなく理解できた。きっとこの子は若干アホなんだろうと。

 明久は溜息をついて数度頭をかいた。


「わかった、軽く何か作ってやる。俺も腹が減っていたことだしな。大人しくそこで待っていろよ」

「はーい」


 元気に返事する初音はどこからどうみてもただの子供の様だった。

 そんな彼女の期待を背負って、明久は台所に立った。


 男の一人暮らしなどやはり雑なもので、やや真面目そうに見える明久ですら普段の食事は適当なものだった。

 冷蔵庫を見てもまともに食料は入っていない。たまに料理をすることはあってもそれほど凝り性という訳でもなく、適当に食べられればいいと考えている。その考えをあらわすように、数日分の食材を買い置きしているのは稀だった。


 困ったなと、明久は腕を組んだ。

 今から食材を買いに行き米を炊いてまともな朝食を作ろうとすると、いつ朝ごはんにありつけるかも分からない。時間がかかればあの微妙にわがままな妖刀からクレームがやってくるのは目に見えている。なので簡単にパンを焼くことにした。

 トースターで数分焼き上げた後、軽くバターを塗る。料理とも言えない朝ごはんだった。


「お兄ちゃん、質素すぎるよ」


 それを初音のもとに持っていくと、彼女は開口一番そう言った。

 明久は少しうっとうしそうに初音を見る。


「……朝はこんなものだろう」

「せっかく私を手に入れた初めての朝なんだよ? もっと特別に行こうよ」

「変な言い方をするな。そして贅沢を言うな」

「はうぅ……お昼ご飯は豪勢なのねー……」

「善処する」


 黙々とパンを食べ終えた明久は、ゆっくりとお茶をすすった。

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