アイディールの絶望
天上院弥子と連絡が途切れた時から、私は行動を始めていた。
「至急王宮に連絡を。そして戦闘可能な治安委員はすぐに指定された位置に向かってください」
天上院弥子を、深く信頼し過ぎていたかもしれない。
私が戦闘で負けた記憶があるのはこの国の王女か、彼女くらいなものだった。
何より彼女の自信満々な態度が、普段なら絶対にしないであろう判断を決めるノイズとして思考回路を妨害した。
幸い彼女のお陰で、トレボールの軍力などは凡そ把握出来たが、明確な戦争状態に突入してしまったのもまた、彼女に与えた通信機によって伝えられてしまった。
間違いなく私の落ち度であり、責任を持って事態を解決せねばならない。
「局長、フリジディ王女と繋がりました」
「すぐに応対します」
秘書が渡して来た通信機を受け取ると、立体ホログラム映像によって通話先の人物の顔が浮かび上がる。
そこにはこんな非常時だと言うのに人を食ったような笑みを浮かべた女の姿。
この国の王女であり、防衛の要。
リリー・フリジディ。
「突然の連絡、大変申し訳ございません」
『えぇ、理由は聞いてるわ。どこかの誰かがした甘い判断で国家の危機になってるらしいわね』
容赦の無い毒舌に、思わず下唇を噛み締める。
私と個人的に身武一体のトレーニングを行ってる時のような嗜虐的な笑みを浮かべ、彼女は映像越しに見下してくる。
しかし、自分が引き起こしてしまった事件の規模を考えれば仕方のない事でもある。
「それについて、フリジディ王女様にお願いしたいことがございます」
『言わなくても分かるわよ。私に対処して欲しいんでしょ?』
遥か上空からの映像によって、現在のトレボール及びゼロの行動が逐次こちらへ伝わってくる。
妨害電波が発せられているのか明確ではないが、中央王都の半分ほどもある大きさの巨大な何かが接近してきている。
通り過ぎた人間の国が荒野になっている画像まで送られて来ており、その下で何が起こっているのかなど最早考えたくもない。
国を滅ぼす、それも一国や二国では無い。
そんな破壊力を持った何かを防げる可能性がある存在は、私の知る限り一人しかいない。
『でもねぇ、流石に少し大変なのよねぇ』
しかしその唯一の存在は、まるで甚振るかのように嗤う。
『私の立場は、勿論私自身の力によって保障されているし、有事の際は最前線に立って守ることが義務』
この国で『防ぐ』という点に関しては右に出る者はいない彼女は、その力を非常時に使って民を守るという制約の下、人を人とも思わぬような行為が許されている。
『その非常時を作り出した人は、罰を受ける必要があると思わない?』
非常時を作り出した本人、そして罰。
トレボールとは今まで抗争状態ではあったが、明確な戦争という状態では無かった。
あくまでお互いの武力を誇示し合っている、そんな威嚇にも似た状態。
その線を踏み越えて明確な戦争状態に突入させてしまったというのは、間違いなく大きな過失であり、取り返しのつかないミスである。
それこそ、死を持って償うほど。
『でもね、私はその人を助けてあげてもいいかなって思ってるのよ』
フリジディ王女は映像のカメラを下に向け、自らの足元を映し出す。
そこには、首輪に繋げられた状態で王女の足を舐める裸の女の姿。
犯罪によって奴隷となった、罪人の姿。
『もう一度聞くわ、アイディール・ロウ』
そう言うと王女は、自らの足を舐めている女を抱き寄せると、その頭を撫でた。
撫でられた女は、まるで脳が溶けているかのように恍惚とした表情を浮かべている。
『私に、助けてほしい?』




