天上院弥子と目指した女 人口生命体のキハーノーSide3ー
私が皆のリーダーになってから、一月が過ぎた。
今日も指示を飛ばしつつ、自らの研究作業を行っていると、メンバーの一人が研究室の扉を叩いてくる。
「リーダー。緊急報告です」
基本的にこの研究室は、私の邪魔にならないようにという理由で作業中は余程の事が無い限り誰も訪れることが無い。
それにも関わらず扉がノックされたということは、それ程の事件が起こったのだろう。
「どうした」
「トレボールに、人間が接近中です」
この国は、ゼロの指示によって人間の国と日々争っている。
トレボールに近付く人間の軍隊は、上空に配備されたレーザーによって始末されるし、よしんば生き残りが近付いたとしても下級兵士達によって速やかに排除される。
遂に人間達がそれすらも凌駕する勢いで進軍して来たのかと思った私は、その規模を問う。
「何人だ」
「監視塔を傍受した結果、一人の人間が天馬と共に凄いスピードで乗り込んで来ているそうです」
「なんだと!?」
一人でこの国に乗り込んでくるだなんて、だれだけ命知らずなのだろうか。
しかしこれはまたと無い機会だ。
報告によると、レーザーには一切当たる気配がなく、トレボール国内への侵入は恐らく成功するだろうとの事だ。
恐らくかなりの実力者なのだろうが、報告に上がった時点でトレボール及びゼロには見つかっているわけだし、このままでは捕縛されてしまうだろう。
「我々が助けるぞ。すぐに戦闘準備だ」
ゼロが人間と戦うのであれば、私は人間と手を取り合う。
その第一歩として、この国に訪れた人間を匿うのは間違った選択肢では無いはずだ。
私は仲間達に下級兵士達を混乱させるように指示すると、トレボールへと通じる地下道へ潜り、その人間を助けに向かった。
トレボール国内でマークされている私達は、下級兵士達にその姿を見つかれば人間同様に捕縛されてしまう。
だから、追いかけられている人間とコンタクトを取るチャンスは本当に一瞬しか無い。
仲間達の報告に一番近いポイントから飛び出し、人間に向かってシャウトする。
『リーダー。現在トレボール国内へ人間が侵入し、下級兵士と交戦中です』
「分かった。なるべく接近可能ポイントは多く残してくれ」
『了解』
待ってろよ名も知らぬ人間。
必ず私達が君を助ける。
これは救出作戦であると同時に、危険な賭けでもある。
コンタクトを取った人間が私達と友好な関係を結んでくれる保証は無いし、むしろ敵対する可能性の方が大きい。
しかしその危険性を考えても、人間と接触してみるメリットは大きい。
私は人間と戦うゼロの考えに反対の立場を取っているが、今回接触する人間の行動によっては、その考えを改める必要があるかもしれない。
私自身、人間がどういう存在か分かっていないのだ。
彼らが私の想定以上に野蛮な生き物だった場合、残念ながらゼロの考えが正しいと判断するかもしれない。
だが、私は頭のどこかで大丈夫だと思っている。
人間はそのような生き物ではない。
なんの根拠も無いのだが、私は彼らを信じているのだ。
『ポイントF-2に人間が接近』
「わかった、すぐ行く!」
流石は私の仲間達だ。
下級兵士達を上手く混乱し、人間を避難場所に上手く誘導してくれたらしい。
私は移動して、伝達される情報とタイミングを照らし合わせて外に飛び出た。
外に出た以上、迅速な行動が必要となる。
逃げてきた人間に自分の存在をアピールし、素早く避難場所に誘導する必要がある。
伝達された方向を目視すると、確かにそこには大量の下級兵士達に追われた人間の姿。
歴戦の猛者かと予想し、かなり大柄な人間の男性を想像していたのだが、それとは真逆な美しい少女。
天馬に跨って空を駆けるその姿は、まるで何処かで聞いた物語に出てくるワルキューレ。
彼女はまるで、私がここにいるのを最初から知っていたようにその目で射抜くと、真っすぐこちらに向かってきた。
「こっちだ! 人間!」
彼女に見詰められて我に返った私は、慌てて声を張り上げる。
一切迷うことなく私を信じて飛び込んできた彼女を案内し、地下道へと潜る。
多少警戒されるかと思ったが、何故か私を完全に信頼してくれている様子。
予想以上に良好なファーストコンタクトに、少しの喜びを覚える。
そのまま彼女を拠点へ案内し、パンサ達とも合流する。
初めて人間と出会えた喜びで、かなり格好付けてしまったが、まぁ良いだろう。
乾杯しようとして人間はガソリンを飲めないことが発覚したり、拠点にいきなり大きな木を生やしたりと人間との交流は驚きの連続だったが、険悪な雰囲気になる事は無かった。
彼女の名前はヤコ・テンジョウイン。
私にとって初めて出て来た人間の友達だ。
◇◆◇
私は一体誰だ。
どの私が私だ。
私か、俺か、僕か?
機城の最深部、奇襲に失敗し、ここに連れて来られた私の頭にゼロが触れた瞬間、記憶の倉庫の錠が外れ、暴れだした。
頭に流れ込んでくる沢山の記憶。
同一人物の物ではない。沢山の人間の記憶が、私の脳内を駆け巡る。
「なに、こ。れ?」
私の目の前で笑うゼロ。
彼はあまりの情報量に動けなくなってしまった私を抱きしめる。
「あぁ、混乱しているのだろう。無理しないでいい」
抱かれるその腕は、誰かと似ていた。
私が最も信頼する誰かと。
「聞こえていないのだろうな。余りの情報を処理出来ていないのだろう。無理もない」
「目覚めると、下級兵士達から逃走を図る」
「そして事前に用意したサポート集団と合流し、導き手が来るまで廃棄物処理場で生活」
「信頼する『仲間達』の進言により、今日ここにやってくる」
「全て計画通りだ」
何を言っているのか理解が出来ない。
恐らく、いや間違いなく重要なことだ。
だけど、それを記憶するメモリーも、処理する余裕も無い。
荒れ狂う記憶の奔流は収まることなく暴れ続ける。
「……さて、特等席で見せてあげよう」
「きっと理解出来るはずだ」
「人が新しい段階へと進むためには、『概念』に、つまり古い考えに汚染されていない世界が必要だ」
「自分の世界が発展すると、人は満足してしまう。それ以上を思い描く人間が少なくなる」
「だから一度、破壊する必要がある」
やめろ。
ゼロの言葉を理解する余裕などない。
だが、何かとてもつもなく恐ろしいことを言っているのは分かる。
止めようと必死に腕を動かしたが、彼が用意していた椅子に拘束されてしまった。
「全人口生命体に命ずる」
「これより戦艦トレボールを発艦、及び中央王都に向けて舵を切る」
「道中の人間の街は全て破壊せよ」
「目標到達後、到達しているはずの魔族、人魚族、獣人族、植物人族と戦闘を開始。人族だけではなく、全てと争え」
「第二次中央戦争を開始する」
やめてくれ。
誰か止めてくれ。
私の平和な世界を壊さないでくれ。




