44話後半 ダースは未来人が苦手!
「あ! 右に曲がったよ!」
僕とアリシアさんは建物の陰に隠れ、ダースとテレサちゃんを尾行していた。最初は二人してなんだか揉めている様子だったが、諦めたのか並んでとぼとぼと歩いている。
尾行を開始して十分ほど経っただろうか。二人はまだどこのお店にも入っていないし、仲直りをしそうもない。ただただ僕たち二人がワクワクしながらストーカー行為をしているだけだ。
「ユート君、尾行もなかなか悪くないでしょ!?」
隣に立つアリシアさんは、何故か両手に雑草を持ち、顔の横に並べている。ひょっとして茂みに擬態しているつもりなんだろうか。だとしたらかなり間抜けだぞ。
「悪いことをしている気分にはなりますが、スリルがあって楽しいと思いますよ。アリシアさんもこうやって尾行を楽しんでたんですね」
「何の話?」
「都合が悪くなると『何の話?』で一回リセットを試みるのやめません? あ、そこ曲がりましたよ!」
ダースたちの後を着け、サササッと中腰で移動する。二人はどこに向かっているんだろう? 今のところ見当がつかない。
「アリシアさん、テレサちゃんにいくら渡したんですか?」
「500ギルだよ。駄菓子を買うならそれくらいでいいかと思って」
ダースは200ギルくらいしか持ってないと言っていたから、二人で合計700ギルか。だとすれば飲食店には入れないだろうな。っていうかダースは子供の小遣いより手持ちが少ないのか。
これまでのダースとの付き合いから考えるに、手持ちが少なかったらあいつが取りそうな行動は……。
「あ! 見て! 二人が建物に入ろうとしてるよ!」
まさかな、と思いながらも、アリシアさんが示す方向を見てみると。
「駄目なのです! こんなうるさいところに入ったら死んじゃうのです!」
「うるせえ! もう俺にはこの方法しかないんだよ!」
ダースが嫌がるテレサちゃんを無理やりパチンコに引きずりこもうとしている。
いや、わかってたよ。ダースは手持ちが少なかったらなんとかして増やそうとするタイプだ。しかも働きたくないから基本ギャンブルで。
それにしてもすごい光景だな。二人の様子を見ると、嫌がる娘の手を無理やり引っ張って連れていこうとするクズな親父みたいな構図になっている。既にパチンコ前はちょっとした騒ぎだ。
「いいかげんに……するのです!」
「ぶべらっ!!」
あまりのしつこさに、テレサちゃんのパンチが炸裂。腹部を殴打されたダースはダラリと脱力して地面に倒れ、そのままテレサちゃんに引きずられていった。
「あちゃー、余計に仲悪くなっちゃったかも……」
困ったなあ。僕としてはダースとテレサちゃんには仲直りしてもらいたいけど……これは本格的に無理かもしれない。ラムネのように透き通った心を持つテレサちゃんと、雑巾のしぼり汁のようなダースとでは相性が悪すぎる。
テレサちゃんはダースの足を掴み、ずるずると引きずって歩いていく。どこに行くんだろう? もう少しだけ尾行を続けてみよう。
テレサちゃんがやってきたのは公園だった。ベンチに伸びたダースを寝かせ、遊具で遊び始めた。
ベンチの後ろが茂みになっていたので、僕とアリシアさんはそこに潜伏することにした。ダースが寝ているところと距離が近いので、これなら二人の会話もよく聞こえるだろう。
「んん……? ここは……」
「あっ! おじさん起きたのです!」
ダースが目を覚ますと、テレサちゃんは馬の遊具から降りて彼の元へタタッと駆け寄る。
「そうか、俺は確かお前に殴られて……」
「おじさんが無理やり連れてこようとするのが悪いのです! 反省するのです!」
ぷんぷんと頬を膨らせて怒るテレサちゃん。ダースは腹部をさすりながら、おもむろに起き上がる。
「まったく……それにしてもやり方ってものがあるんじゃないのか?」
「テレサは悪くないのです! おじさんがうるさいところに連れていこうとしたのが悪いです!」
「別にいいだろうが! 俺は行きたいところに行くのがモットーなんだ! そもそも200ギルしか持ってないんだからああするしかねえだろ!」
「それはわがままなのです!」
「第一なあ、俺は子供が好きじゃないんだよ! 泣くとうるさいから!」
「あ、言ったのです! もう知らないのです! やっぱりおじさんと仲直りなんてできないのです!」
二人はフンと顔を背け、そのまま黙ってベンチに座ってしまった。
「これはもう駄目かもね……」
アリシアさんが諦めて茂みから顔を出そうとしたその時。
「ニャーオ」
二人が座るベンチの下から、弱弱しい動物の鳴き声がする。
「ネコ……?」
「かわいーー!! にゃんこがいるのです!!」
段ボール箱の中に、ボロボロの子猫が座っている。とても小さく、真っ白な毛は泥だらけ。二人の存在に気付いて鳴き声を上げたんだろう。
「捨て猫だな。可哀想だがそのままにしてやれ……」
「うわーーー! モフモフなのです!」
テレサちゃんはダースの話を聞かず、猫を段ボール箱から抱え上げている。ただ、よほど弱っているのか、ガリガリの子猫は力なく鳴くのみだ。
「おじさん、この猫は何を食べるのです?」
「そりゃキャットフードとかだろ。って、おい?」
「それが売っているところに連れていくのです! 今すぐに!」
テレサちゃんはダースの耳を引っ張り、ずるずると引きずっていく。
コンビニに到着した二人は、キャットフードがある棚の前に立った。
「ありしーからもらったお小遣いを使って買い物をするのです!」
張り切ってキャットフードの缶を選ぶテレサちゃん。ダースはその様子を、腕を組んで見つめる。
「……なあ、なんであの猫に構うんだよ?」
「なんでって……当たり前なのです。困っていたら助けるべきなのです!」
そう言った後で、テレサちゃんは少し表情を暗くして。
「……テレサがいた世界は、みんな奪い合いをしていたのです。みんながお腹を空かせていて、いつも争っていて。お腹がペコペコになることは、辛いことなのです。だから、テレサは困っている人は助けたいのです。例えそれが猫だったとしても」
テレサちゃんはそれを言うと、カゴに500ギルぶんのキャットフードを入れ、レジに向かおうとする。
「待てよ」
「今度は何なのです!? 邪魔するのです!?
ダースはテレサちゃんを引き留めると。
「……これでミルクでも買ってやれよ」
懐からジャラジャラと小銭をかき集め、200ギルを差し出した。
「おじさん……」
「……さっきは悪かったよ。無理やりパチンコに連れていこうとして」
テレサちゃんの表情がパッと明るくなる。ダースはなんだかんだ言って甘いやつだからな。こうなるような気はしていた。
「おじさんは実はいい人なのです! 見直したのです! テレサが友達になってあげるのです!」
「う、うっせーよ! 早く買いに行け!!」
ダースが照れ隠しに大声を上げるのを見て、テレサちゃんはニヤニヤする。
「ま、結果オーライって感じですね」
「うん。これにて一件落着!」
しみじみしながらコンビニから出ようとしたしたその時。
「あ、ありしーとゆー君! なんでこんなところにいるのです!?」
「「やばっ!?」」
僕たちは全力でコンビニの外へ出て、そのまま街の方へと走って逃げたのだった。
おまけ
アリシア「やっぱり動物を前にすると本性が現れるよね~!」
ユート「その口ぶり……誰かが動物にエサをあげたのを見ていたみたいですね?」




