42話前半 筋肉は未来を変えるッ!
未来から来たマッチョ四天王・バルクを追い返した僕たちは、休憩もかねて、ジムのロビーでプロテインを飲みながら談笑をしていた。
「これからどうしよう? 今はまだいいけど、ジムから出たらまたあのマッチョさんが追いかけてくるよ?」
「それに、バルクがヤケになったら、この街を滅ぼそうとしてくるかもしれないのです……」
アリシアさんとテレサちゃんは、二人して腕組みしながら心配事を話す。
それはもっともな指摘だ。一度逃げ切ることができたからと言って、問題が解決したわけではない。あの未来人が危険人物なのは変わらないわけで、これからはどうしようか……?
「それについて、なんだけど」
頭を悩ませていると、これまで黙って話を聞いていたマツリさんが突然手を挙げる。
「どうかしましたか? マツリさん」
「あの男は未来の世界で、筋肉が付くサプリを摂取したことで、運動嫌いでも筋肉質な体を手に入れたのよね?」
「僕の見立てではそういうことになりますね」
「ゆー君の言う通りなのです! 筋トレの成果に伸び悩んだ人が、サプリを使って筋肉量を増やしたって話は昔に聞いたことがあるのです!」
テレサちゃんが僕の考えの後押しをする。彼女が言う昔は多分今よりも少し後のことだろう。少し先の未来で、筋肉増強サプリが生まれるってわけだけど。
「そのサプリを開発したのは私ね」
「「「………え?」」」
マツリさんのいきなりのとんでも発言に、場が静まり返った。
「ちょ、待ってくださいよ。未来の話ですよ? 確かにマツリさんなら筋肉が増えるサプリを開発できそうな気がしますけど……」
「いいえ。未来の話ではないわ。だって昨日私が開発した薬と効果が似すぎているもの」
そう言ってマツリさんは懐から透明なチャック袋を取り出す。中にはいくつかの白い錠剤が入っていて、袋の表面には『グッドラックα』と書かれている。
グッドラック……幸せ……僥倖……。
僥倖ッッ!! 間違いない! あのマッチョはこの薬を飲んでムキムキになったんだ!
よく考えてみれば、つい最近までバランスボールみたいな体形だったマツリさんが急に普通の姿に戻るのはおかしい! だって人間ってそういうものだもの! 毎日ろくでもないことばかり起こるから看過してしまったけど、人間がたった数日でバランスボールから普通の体形に戻るのは変だ!!
「つまり、マツリさんがそのサプリを開発しなければあのマッチョのパワーはダウンできる……?」
「そういうことになるわね」
未来に筋肉増強サプリは生まれなくなるから、バルクを弱体化できるというわけだ。
本当にこの人は毎度、とんでもないことをやらかしてくれるな。事件の裏にはワタナベ一族ありと言えるくらい、いつも何かしらに関与している。
「マツリさん、筋肉は運動で付けないと意味ないですよ。絶対そっちのほうが健康的になりますから」
「そうね。さすがに今回の一件で私も反省したわ。もう二度とこんなサプリを開発しないように、しばらくジム通いを続けることにするわ」
マツリさんは手に持った袋をゴミ箱に捨て、ふうと息をついた。
「ってことはこれであのマッチョさんはパワーダウンして……」
「一件落着なのです!」
なんだか思ったよりあっさり解決したな。あまりにもあっけなさすぎる結末に、僕は少し呆然としてしまった。
こんなに早く四天王を攻略しちゃっていいんだろうか? という謎の罪悪感のようなものが生まれてくる。しかし、特に見落としているようなことはないし、現在起こったことが未来に影響を与えるなら、あのマッチョにも何かしら変化が生まれているはずだ。そしてそれはテレサちゃんの未来――十年後の世界にも言えること。
「テレサちゃん。十年後の未来で、あのマッチョがいなくなったことで起きそうな影響は?」
「バルクが筋肉を失ったことで、あいつは四天王には抜擢されなくなるのです。すると、彼の軍勢が人類を蹂躙することもなくなるのです。つまり、少しでも殺される人の数が減る――」
本当にあのマッチョが人類を滅ぼそうとしてたのかよ。あんなに爽やかな笑顔を浮かべておいてとんでもないやつが飲食店やコンビニに潜伏していたものだな。
「バルクは弱い者いじめが好きなやつだったのです。だから魔王軍の中でも平和的に人間を隷属させようとする派閥もあれば、バルクのように必要のない暴力を振りかざすやつもいたのです!」
テレサちゃんはぷんぷんと怒りながら言う。よほど奴の事が嫌いだったらしい。それにしても聞けば聞くほど最悪な敵だったみたいだな。
だが、それもおそらく、もう終わった。
「マツリさんが筋肉増強サプリの開発をやめたことで、バルクは力を失った――だから、テレサちゃんの未来は少しでもよくなったはず!」
「それだけじゃないのです。バルクが魔王軍からいなくなったことで、戦力は半減。バルクに割かれていた戦力を魔王に回せば、ありしーが勝てるのです!」
え。魔王軍ってバルクと魔王しか戦える奴いないの? とんだ欠陥を抱えてない?
いやいや、ちょっと待って!?
「アリシアさんが助かるってことは、テレサちゃんがこの時代にやってきた意味は……」
「はい! なくなったのです! これでありしーが死ぬことはなくなり、魔王軍には勝利して、未来はハッピーなのです!」
なんてことだ。マツリさんがサプリを作らないだけで時代がこんなに変わってしまうのか。バタフライエフェクトとはよく言ったもので、ちょっとしたことが未来の人類を救ってしまった。
「うううう、うえーん!! やったのですーーー!!」
安堵感からか、テレサちゃんはまた涙を流してアリシアさんに抱き着いた。
そりゃ泣くよな。ここまでアリシアさんがいない未来を変えるために頑張ってきて、ようやくそれが報われたんだもん。テレサちゃんをぎゅっと抱きしめ、アリシアさんは母のようにほほ笑んだ。
テレサちゃんは涙を腕で拭いながら、空いた手でパーカーのポケットの中を探る。
「これ……」
テレサちゃんがポケットから取り出したのは、小さなビー玉のようなものだった。
「それは?」
「これは、キャンディーマンの変身アイテムなのです。十年前、ゆー君とありしーに買ってもらった思い出だから……」
ビー玉のように見える球形のそれは、よく見てみると飴玉だった。『光って音が出る! キャンディーマンの最強ミックスキャンディー』……だっただろうか。少し汚れや塗装ハゲを作りながらも、彼女は十年間、そのおもちゃを大事に持っていてくれたのだ。
「忘れもしないあの時、ゆー君とありしーが買ってくれたのがすごく嬉しかったのです。大事な大事な思い出だから、ずっと、ずーっと大事に持って、絶対に二人を助けるって決めてたのです。だから……」
あれだけ怖かった未来のテレサちゃんは、涙でぐしゃぐしゃになりながら無垢な笑みを浮かべる。その姿は十年前の無垢な童女のものとそっくりだった。




