41話後半 筋肉は過去を変えるッ!
「みんな!! 逃げるぞ!!」
うん。流石にこの状況で未来の四天王と戦うのは無理だ!! なんか話聞いてると強そうだし!! だったら逃げるしかねえ!!
「アリシアさんは僕とマツリさんを抱えて全力疾走してください!! テレサちゃんはなんとか頑張ってついて来て!」
僕は素早く全員に指示を出す。アリシアさんはぬいぐるみを抱えるようにわき腹に僕とマツリさんを抱え、一目散に走り出した。
「え? 俺は?」
「ダース! 定員オーバーだ! お前はそこで立ってろ!」
「なんで俺はいつもこういう役回りなのかなあ!? 少しくらい報われたっていいよね!?」
ダースの声がどんどん小さくなっていく。アリシアさんは超スピードで前進し、マッチョから距離を離していく。
「逃がさないよッ!」
バルクもアリシアさんとテレサちゃんの後を追いかけてくる。巨体が揺れ、ズシンズシンと河原一帯の地面が揺れる。怪獣にでも追いかけられている気分だ。
バルクの目的は、マツリさんの抹殺。テレサちゃんはすでにヘトヘトだから、定員はアリシアさんが抱えられる二名まで。僕は指示を出す係として、ダースは狙われていない。だからダースを置いていったのだ。
「ユート君! これどこに向かえばいいの!?」
勢いで逃げようとは言ったものの、僕も目的地は全く決めていなかった。逃げている間は時間稼ぎになるので、その時間に考えようと思っていたのだ。
少し考える時間がある。とはいえこの鬼ごっこを続けていれば、テレサちゃんの体力が切れてしまうのは目に見えている。現に彼女はさっきの戦いで体力をほぼ使い切っているのだ。出来るだけ早い段階で答えを見つけなければ……。
「君たちにはここで消えてもらうッ! くらえ、サイドチェストッ!!」
バルクは僕たちを追いかけながら後方でサイドチェストをする。途端、彼の大胸筋から光線のようなものが射出され、アリシアさんの方へと向かっていく!
「うわっ! 何アレ!?」
アリシアさんとテレサちゃんはギリギリのところでビームを回避するが、光に触れた地面は、まるで太陽の熱で焼かれたようにドロドロに溶けていた。とんでもない威力だ。
「あれはおそらく、筋肉がカロリーを代謝するときに発生した熱を光線にしたものね……食らったら人間の体程度は溶けてしまうでしょう」
「冷静に分析してる場合じゃないですよマツリさん! ピンチなんですから!」
追ってくる筋肉は物理的にデカいだけじゃなく、変な光線まで撃ってくる。おそらく他にも技を持っているんだろうな!
一方のバルクはと言うと、相変わらず爽やかな笑顔でこっちに全力疾走してくる。河原から街中に移動したわけだが、あのマッチョの足が地面に触れるたびに振動が伝わってくる。家屋が揺れ、ミシミシと音を立てているぞ! もうこれ地震じゃん!
「ユートくーーん!! そろそろどこに逃げればいいか指示を!」
おっと、そうだった。今のところまったく作戦は思いついていないが、そろそろ具体的な案を考えなければ。
しかしそうは言ったものの、何から考えれば……いや、ヒントはきっとどこかにあるはずだ。これまでのバルクの発言や行動から考えろ……。
アイツが現れたのは、ワック。次にノーソン。そしてしえ寿司。
逆に現れなかったのは、ジム、アスレチック、バーベキュー。これらの共通点は……。
そうか、わかったぞ!
「アリシアさん、ジムに向かってください!」
「ジム!? あんなマッチョから逃げる場所がジム!? その選択肢は一番ダメじゃない!? 殺人犯のいるホテルで部屋に逃げ込む感じだよね!?」
いいや、ダメなんかじゃない。僕はあのマッチョについて、一つの仮説を立ててみたのだ。
「すごーい! あのマッチョさん、ここまで入ってこないよ!」
そのまま一直線に走り、ジムに到着。ロビーのソファでくつろいでいると、アリシアさんが驚きの声を上げた。
「ビックリなのです……ドアを開ければこっちに入れるのに、どうして……?」
テレサちゃんも不思議そうな顔をしている。そりゃそうだろう。バルクは今でもジムの扉の向こう側で待機している。だというのに、まるで結界でも張られたようにしてジムに一歩も踏み入れてこないんだもん。
「ゆーくん! これはどういうことなのです!?」
どうやら僕の仮説が正しかったらしい。僕はジムに設置されたウォーターサーバーの水素水を飲みながら、テレサちゃんの問いに答える。
まず、あのマッチョが現れなかった場所を考えたい。ジム、アスレチック、バーベキュー。一見すると何の共通点もなさそうだが、実はそうでもない。
ジムとアスレチックは運動をする場所。そして、バーベキュー会場の河原は、屋外であるとすると、導き出される答えは一つ。
「あいつ、運動が嫌いなんですよ。あと暑いのが嫌いで、屋外に出たくないんだと思います」
「えっ、ちょっと待って? 運動嫌いの人がマッチョなわけないよね?」
「アリシアさんが言うことはもっともです。でも、こう考えてみてはいかがでしょうか。『未来には筋肉が増える薬がある』と」
十年も先の未来の話だ。筋肉増強の薬があってもおかしな話でない。運動嫌いな奴が考えそうなことだ。『これ一錠で、マッチョなボディを手に入れろ!』みたいな広告を見て、筋肉が増える薬でも買ったんだろう。性根が腐ってるやつが考えそうなことだ。楽な方法で筋肉をつけようなんて、舐めてるとしか言いようがない。
「ってことは、ジムにさえいればあのマッチョさんは入ってこれないってこと!?」
「そういうことです。外は暑いですし、多分あと2、3分くらい経ったら帰るんじゃないですか? サプリで筋肉をつけようとする軟弱者なんてそんなものですよ」
「ユート君、なんかさっきからあのマッチョさんに対して当たり強くない?」
おっと、少し口が悪くなってしまっただろうか。でも事実は事実だし。運動をしないで筋肉なんて甘いことを抜かすなと言いたい。
「すごいのですゆー君! あのバルクから逃げることができるなんて!」
テレサちゃんはすっかり子供のように喜び、ピョンピョンと飛び跳ねる。そんなに褒められるほどかなあ。えへへ。
なんにせよ、僕たちは未来から来た四天王、バルクを追い返すことに成功した。




