41話前半 筋肉は過去を変えるッ!
「四天王……」
「バルク……?」
僕とアリシアさんは、テレサちゃんが言ったことを繰り返し、首を傾げた。
なんだその見た目のまんまな単語は。内心では小馬鹿にしているが、テレサちゃんはかなり怯えている様子なので、とりあえず僕もシリアスな空気を醸し出しておく。
「やあッ! 僕の名前は『バルク』ッ! マッチョで頼れるみんなのバイトリーダーさッ!」
バルクと名乗る店員さん|(だった人)は、真っ白な歯を見せながら|ダブルバイセップス《筋肉を見せつけるポーズ》をする。
確かに僕もおかしいとわかっていた。だって僕たちが行く先々に、こんな濃いキャラがいるんだもん。最初はバイトの掛け持ちでもしているのかと思っていたが、三つもバイトを掛け持ちするほど貧乏な人がこんなに筋肉モリモリなわけがない。
「バルク……まさかあなたまでこの時代に来ていたなんて!」
「うんッ! この時代に来たのは君だけじゃないッ! ぬかったねッ!」
テレサちゃんはキッとマッチョを睨む。対する彼は相変わらず爽やかな笑顔を崩さない。
テレサちゃんはさっき、この人のことを『未来の世界を滅ぼした魔王軍の四天王の一人』って言ってたっけ。もしかして、この場には未来人が二人もいるってこと?
「テレサ。ちょっと状況を説明してほしいんだけど……」
「テレサは、10年後のワタナベ博士にタイムマシンを開発してもらって、この時代にやってきたのです。タイムマシンを開発したのは彼女だから、世界に一台しかない。つまりこの男は……博士からタイムマシンを奪ってこの時代にやってきたのです!」
「正解ッ! 僕は最初からワタナベ・マツリ博士の研究所の地下の存在に気付いていた。君が未来に行った後、僕は彼女からタイムマシンを奪って、この時代に来たって訳さッ!」
つまり二人が言っていることを整理すると……。
10年後のマツリさんがタイムマシンを開発した。
そのタイムマシンを使って、テレサちゃんがこの時代にやってきた。
テレサちゃんがこの時代にやってきた後、マッチョがマツリさんからタイムマシンを奪って、テレサちゃんを追ってこの時代に……という感じか。
「うわっ! このマッチョやることが結構えげつないな! 爽やかな顔して!」
「ゆーくん、騙されちゃ駄目なのです! テレサの時代が荒れ果てたのは、こいつのせいなのです!」
しかも10年後の世界がシリアスな感じになった原因だったのかよ!! じゃあなんでバイトしてるんだよ!!
「バルク! まさかあなたまでタイムマシンを……一体なんのつもりなんですか!?」
「簡単な話さッ! テレサ、君に時代を変えられたら困るんだよッ! 魔王様の栄光のためにねッ!」
テレサちゃんが未来に来た目的は、アリシアさんを助け、人類の危機を乗り越えるため。魔王軍からしたら都合が悪い展開には間違いないだろう。それを阻止しようとするのは自然な流れだ。
「まさか博士の研究所の地下のことがバレていたなんて……テレサがもっとしっかりしておけば!」
「ワタナベ博士は死んだというのが一般論だったから、彼女が生きていることに気付いたときは驚いたよッ! でも、君の存在が邪魔で手が出せなかった。そう、君がこの時代に行くまではね!」
テレサちゃんがこっちの世界に来たことで、マツリさんを守る抑止力がなくなってしまったというわけか。反逆の分子になりうる天才のマツリさんだ。おそらくすでに未来の彼女はもう……。
「……バルク。あなたはテレサのことを始末しに来たんでしょう? だったら、早くテレサのことを殺すのです」
テレサちゃんは突如起き上がり、よろよろとマッチョの方へ近づこうとする。
「テレサ! 駄目だよ!」
アリシアさんはテレサちゃんを捕まえ、行かせまいとする。
「止めないでありしー! バルクはテレサが連れてきてしまったのです! このツケは自分が払わなきゃ!」
「絶対に駄目! まずは話し合って……」
「……一つ、勘違いしてるね……ッ!」
アリシアさんとテレサちゃんが揉めていると、マッチョの爽やかな笑顔が不敵に歪んだ。
「僕の目的は、君じゃない。そこにいるワタナベ博士の抹殺さッ!」
マツリさんの……抹殺!?
「ど、どうして!? テレサの命ならいくらでもあげるのに!」
「それじゃあ駄目なんだよッ。ワタナベ博士は未来を変える可能性がある! 邪魔な雑草は根元から刈り取らないとッ!」
言ってることがめちゃくちゃだ。さっきまで未来は変えちゃいけないみたいなこと言ってたくせに、魔王のためならいいっていうのはおかしな話だ。
「さすがの僕でもアリシアとテレサの二人を相手にするのは難しいッ。そしてワタナベ博士の研究所は未来とは違う場所にあったから見つけられなかったッ……だからアリシアの後をつけていたらなんということだッ! テレサは弱っているし、博士を見つけることもできたッ! まさに僥倖ッ!」
僕たちが行く先々にこのマッチョがいたのは、マツリさんを探すためだったのか! だとしたらつじつまが合う。悔しいが、マッチョが言う通りにピンチな状況なのは正しい。
「そんな……テレサがバルクを連れてきたせいで、ありしーたちに迷惑がかかるなんて……」
「そうだよッ! 君が余計なことをしたせいで、この時代の人間も死ぬことになるッ! 残念だったねッ!!」
絶望し、涙声になっているテレサちゃんに対して、マッチョは高笑いをしてハッキリと言う。正義のヒーローみたいな笑い声の癖に、やってることが邪悪すぎる。
「さあ、歴史改変ごっこも終わりだッ! そこの博士が死ぬ様を、その目によく焼き付けておくんだねッ!」
「やめて……お願いやめて!!」
マッチョは肩をグルグルと回し始める。ウォームアップを終えると、マツリさんの方へとずんずんと進む。
「おい!!」
その時、僕は声を上げた。
「ん? 何かと思えば現地人じゃないかッ? 君には手を出さないでおいてあげるから、少し黙ってくれないかなッ……」
「さっきから黙って聞いてれば、アンタめちゃくちゃなこと言ってるな! ここは僕たちの時代なんだ! アンタに好き勝手はさせない!」
現代人を置き去りにして、未来人だけで話を進められては困る。僕も話に混ぜてほしいところだ。
「へえ。じゃあなんだい? この圧倒的なパワーに対して何かできるのかい?」
マッチョは体から威圧的なオーラを放っている。ハッキリ言って、こんなマッチョに僕が勝てるわけがないだろう。
だが、策はある。
「みんな、逃げるぞ!!!」
僕は高らかに言い放った。




