38話後半 アリシアさんは『鮮度』が命!
「『抽選を始めます』って言ってたよ。くじが始まるんじゃない?」
「参ったなあ、くじはこの前やったからもういいんだけど……」
何が起こっているか理解できない僕たちを置きざりにして、タブレットの画面が切り替わっていく。
『聖歴798年。リヴァイド王国とハルメリア王国の二国によるアッシュバニル戦争は苛烈を極めていた――』
なんだ? なんかアニメーションが始まったぞ。画面には荒野の風景が流れ、数百の騎馬がぶつかり合おうとしている戦争の様子が写されている。
*
リヴァイド王国に生まれた少女、エミリーは、幼少期に戦争で両親を失ったことをきっかけに、自らもその戦争に身を投じることとなる――13歳にて軍に入り、地獄のような訓練を2年耐え抜き、第一部隊の隊長として激甚な戦場を駆け抜けていく。
「止まるな! あの憎きハルメリアの畜生どもを蹂躙せよ!」
エミリーは鋭い眼光で敵兵たちを睨み据える。弓矢が飛び交い、そのたびに悲鳴が上がる戦場で、少女は臆することなく前進し続けていた。
戦いを前にした不思議な高揚感。少女は自分が信じた正義のためにその心を煮えたぎらせる。
「久しぶりだな……エミリー・アーバント」
「貴様はッ! ブラント・エイブラハム!!」
そんな戦場で、彼女の前に姿を見せたのは一人の壮年の男。顔には深くしわが刻まれて、人を信じたことがないような鋭い目。大木のように太い腕には、長い槍が握られている。そして、右目に付けられた黒い眼帯。エミリーは確信する。かつて両親を殺した男が、今自分の目の前にいることを。
「運命とは数奇なものだな……クク。まさかあのとき殺したアーバントの娘とこんなところで会えるとは」
「私は10年前の8月13日から……今日という日を待ち続けてきた。お前を殺すことが出来るこの日を!」
「フハハハハ! よかろう。あの時の再現と行こうではないか!」
不敵に笑う巨漢、ブラントは自分の背丈ほどもあるような槍をグルグルと華麗に回し、その矛先をエミリーに向けた。
緊張が走る。エミリーの鼓動が早まっていく。因縁の戦いの火蓋は、切って落とされた!!
「あ、剣忘れてきちゃった! ちょっとタイム!」
「笑止! 食らえ小童よ!」
「ぐえーっ!」
*
『はずれです! また抽選に参加してね!』
タブレット画面から聞こえる軽い音声。
『はずれです!』じゃないんだよな。本当に。
「ねえユート君、今のはなんだったの?」
「おそらく、くじの抽選が起こっていたんでしょう。くじの結果が外れだったからエミリーが負けましたが、当たりだったらエミリーがブラントを倒す映像が流れて、何か景品がもらえる、ということでしょう」
それにしても、映像はもう少し何とかならなかったのだろうか。お寿司屋さんとは思えないほど重い話だった。エミリーもブラントも殺すとか言ってたぞ。そして重い展開からは想像できないほどアホみたいな負け方。ツッコミどころが多すぎる。
「物語の結末が気になりますね……どうやら10皿食べるごとに抽選には参加できるみたいですし、どうせなら当ててから帰りたいです」
「えー、でも復讐は何も生まないよ……」
「そういう話じゃないんで大丈夫です」
アリシアさんはなんだか乗り気じゃないみたいだが、どうせ食欲に負けて10皿は食べるだろう。それに、僕はこういうお話が好きなので続きが気になる。戦記ものの小説を読んで、キャラクターたちに感情移入するのはもはや僕の日常生活の一部だ。
そうこうしているうちにも、馬車のトレーがレールに乗ってやってきて、注文したお寿司たちを運んできてくれる。気を取り直して、僕たちはお寿司を食べることに。
抽選ムービーもなかなかのものだったが、やっぱりお寿司は美味しい。高いお寿司とはまた違ったおいしさ。新鮮で最高!
「さて、これで20皿目ですね」
どんな映像が流れるのか。おそるおそるタブレットを見てみると、さっきと同じように抽選ムービーが始まる。
*
「私は約10年間……今日と言う日を待ち続けてきた。お前を殺すことが出来るこの時を!」
「フハハハハハ……よかろう。あの時の再現と行こうではないか!」
戦いの火蓋は、切って落とされた!!
「私の先攻! 手札から最強モンスター、『カタストロフィスライム』を召喚!」
「甘いわ! 手札から魔法を発動して、召喚を無効に!」
「あああああああああああ!!!!」
*
『はずれです! また抽選に参加してね!』
「くっ、なんか悔しくなってきた! こんなの相手のペースに乗せたほうが勝ちって言ってるようなものじゃないか!」
「ユ、ユート君? ヒートアップしてきてない?」
甘く見ていた。普段ツッコミばかりしているせいで、どうしてもエミリーを応援したくなってしまう。というのも、彼女のいる世界は不条理すぎるのだ。いつも周りのペースに巻き込まれている自分と姿を重ねて同情してしまう。もはや当たりの景品には1ミリも興味ないが、なんとしても彼女を勝たせてあげたい!
しかし、そんな僕の思いとは裏腹に、その後もエミリーはブラントに負け続けた。剣だと思ったら間違えてリコーダーを持ってきてしまった、何故か唐突にサッカーバトルが始まってしまった、合体ロボに踏みつぶされてしまった……数々の原因で、エミリーは理不尽にも敗北していく。
「これでラスト一回だ……!」
さすがに胃の空きスペースがなくなってしまい、これ以上注文をすることはできないだろう。最後の抽選でエミリーがブラントを倒すことがなければ、僕は心にしこりを残したまま生きていくことになるだろう。
*
「私は約10年間……今日と言う日を待ち続けてきた。お前を殺すことが出来るこの時を!」
「フハハハハハ……よかろう。あの時の再現と行こうではないか!」
戦いの火蓋は、切って落とされた!!
ブラントが槍でエミリーを一突きする。猪のような激しい勢いの槍をエミリーははらりと回避し、そのまま一気に距離を詰める。
「くらえ!」
手に持った剣を横一閃。素早い太刀筋がブラントを襲うが、素早く槍を戻され、攻撃を防がれる。
「甘いわ、小童!」
大きくモーションしたせいで隙が生じ、エミリーはブラントの攻撃をかわすことができない。槍が無情にも彼女の腹部をつらぬく。
「がっ……」
エミリーはそのまま、力なく地面に倒れた。
「残念だったな。貴様の負けだ、アーバントの娘……」
ブラントはエミリーにとどめを刺すため、歩いて近づき、槍を振りかざすと。
「……なっ!?」
その瞬間だった。エミリーが起き上がり、ブラントの心臓部に剣を突き刺していた。
「……こうでもしなければ、お前に勝つことはできないからな」
「フフ、フフフ……。まさかこのブラントが、おくれを取るとは……な」
ブラントはばたりと倒れ、そのまま絶命した。
*
『おめでとうございます! 当たりです!』
「うう、うううう……やった……エミリーが理不尽な世界に勝った……」
ボロ泣きしてしまった。これまでのエミリーの苦労を見ていたら、がっつり感情移入してしまった。おめでとうエミリー。僕も頑張るよ。
「ユート君、今日はなんだかおかしくない……?」
確かに、今日の僕は少しおかしいかもしれない。でも、世界観に理不尽な目にあわされている彼女の姿を見て、なんだか感情移入してしまったのだ。おっと、僕に理不尽な目に合わせているのが誰とは言わないけど。
おまけ
店員「合計で135皿ですッ!」
ユート「誰ですか120皿食べたのは」
アリシア「誰だろうね(?)」
トレーニング編が無事(?)終わったので、次回はアイツ視点の幕間です。




