37話後半 アリシアさんは『休暇』が命!
河原に到着! 新緑の芝生の脇にさらさらと冷たそうな水が流れている。夏の河原は透明感に溢れていて、夏の暑さを打ち消してくれそうだ。
「あ、みなさーん! こっちでーす!」
遠くでロゼさんがこちらに手を振る。その隣には、相変わらずバランスボールのマツリさんが手を振っている。
「マツリさん、バランスボール姿ですけど、バーベキューなんて来ちゃってよかったんですか?」
「ええ。私は食事ではなくあくまで監督が目的だから。子供だけで火を扱うのは危険だと思ってね。食事は後で別のものを食べるわ」
なるほど、今回のバーベキューはマツリさんが見張っててくれるのか。これなら安心だね。
「はいはーい! 私火を管理する係やりたーい!」
「私もやりたい! 火のコントロールなら勇者にお任せ!」
「あ、じゃあボクもやりたいです!」
「全員却下!! 駄目に決まってるだろ!!」
問題なのは、火を扱うと大変なことになるやつが半分以上を占めているという事実だ。アリシアさんは自信満々で火を付けて火事を起こすタイプだし、リサは調子に乗って爆発を起こすだろう。ロゼさんはちょっと目を離したら芝生を跡形もなく焼き尽くしていそうだ。
でも大丈夫! 今回はマツリさんが監督してくれるらしいからね。ポンコツ三人組が何か問題を起こそうとすれば彼女が注意してくれるから安心だ。
「……眠くなってきた」
あれ。雲行きが怪しくなってきたぞ。
「マツリさん? 前回のビーチバレーはなんとかなりましたけど、今回は本当にまずいので耐えてください」
「5分……5分だけ寝かせてくれるかしら?」
「絶妙に譲歩しやすい時間を提案してくるのはやめてください。5分あったら河原が焼け野原になりますよ」
マツリさんは既にうとうととしていて、目をこすりながら木陰に入り込もうとしている。僕は彼女の袖を掴んで行かせまいとする。
「鶏肉は十分に加熱をして、火を通して。もしも火事が起こりそうになったらそこに置いてあるバケツを――」
「なに言い残して寝ようとしてるんですか。絶対許しませんよ」
しかし、マツリさんはそのまま膝から崩れるように地べたに座り、すーすーと寝息を立て始めた。
逃げられた……。
僕はマツリさんを木陰に移動させ、三人が待つコンロの前に行く。
「ねえねえ! コンロの中身ってどうなってるんだろうね?」
「アリシア、お前そんなことも知らんのか! 天才の私が教えてあげる。えーと、まあ何か色々詰まってるのよ!」
「これを組み立てたのボクなんですよ! えっへん! これが組み立ての際に余ったネジたちです!」
もうやだ。帰りたい。帰っちゃ駄目なのかな。帰ってもいいよね?
この三人に火を与えるのは危険だ。ビールとスイカの組み合わせが駄目なように、旅館に名探偵の組み合わせが駄目なように、この三人に火を使わせたら大変なことになる!
「おいユート! 早く火を付けろ! リサちゃん様は腹ペコだぞ!」
いや、待て待て。落ち着けユート・カインディア。マツリさんは『五分だけ寝かせて』と言っていたはずだろ? 裏を返せば、五分間だけ耐えきれば安心してバーベキューが出来るはずなんだ。
いける。五分なら場を繋ぐことができるはずだ。僕がなんとしてもこの三人を監督するんだ。この河原の美しい景色は、僕が守って見せる!!
「もう遅いから私が火を付けちゃうぞ。私の炎魔法、<ファイア・バード>をお見舞いしてやるわ!」
「触るんじゃねえええええええ!!」
魔法陣を展開し始めるリサ。僕はコンロを抱え、彼女から遠ざける。
「なんだよユート! そこをどけよ! さもなくば私の天才魔法の餌食になるぞ!」
「いや僕がいるんだから普通やめるだろ! なんで僕を犠牲にしてまで魔法を撃とうとしてるんだよ!」
「……今日はやけにしっかりツッコミを入れてくるわね?」
小首を傾げるリサ。当たり前だ。今回の僕は本気なんだぞ。いつものようにポンコツムーブに流されてたまるか!
「火は僕が付けるから。三人は焼きたいものを用意してください」
とりあえず三人を火から遠ざけることに成功。僕はコンロを操作し、火を付ける準備を始める。
あとは三人に材料を焼かせればミッションコンプリート。やってみればなんてことはない。楽な仕事だったな。
「はーい! 私はプリンを買ってきました!」
クソッ! そんな甘いわけがなかった!!
「アリシアさん! 普通バーベキューでプリンは焼かないですよ! もう少し王道なところにしてください! 変化球すぎるんですよ! いきなりスライダーぶっこんでます!」
「え、そうなの……?」
しまった、アリシアさんはバーベキューが初めてなんだった。おそらく『焼けば美味しくなるだろう』みたいな発想で買って来たんだろうな。焼きプリンってそういうことじゃないから。
「なあなあユート、わたがしは焼いてもいいだろ? 私ちょっと前に焼いた覚えがあるぞ」
「バイキングのお店に来た学童ソフトボールチームかお前は! 溶けるに決まってるだろ! 炭になったわたがしを見て楽しむゲームじゃないんだよ!!」
このパターンだとロゼさんもボケてくるパターンだ! 持ってくれよ僕の体!!
「ボクは焼きそばが焼きたいです!」
……あれ。意外と普通だな。
「焼きそばならいいですよ。少し早すぎる気もしますが」
それでも他の二人よりマシだ。ロゼさんはコンロの上に焼きそばを置くと。
「よし、焼きそばに火薬をかけて……っと」
「ストップ! 何やってるんですか!?」
「え、焼きそばって火薬をかけるものじゃないんですか? カップ焼きそばの中に『かやく』って書いてある袋を見たことありますよ」
それは火薬じゃねえ! 加薬だ!! 僕は心の中で猛烈に突っ込んだが、時すでに遅し。火薬が次々とコンロの中に投入されていく!!
「このままじゃ爆発オチだ! いや、まだ間に合う! 誰か火を消せそうなものをとってください!」
「火を消せそうといえば、液体だよね! それっ!」
アリシアさんは机に置かれた油をコンロにぶち込んだ!
「バカッッッ!! 本当にどうしようもないバカッッ!!」
油によって火力が増強されたせいで、炎はメラメラと大きくなり、黒い煙が蜘蛛の糸のように空に昇っていく。
「なあ、炎って何で消えるんだ? 天才の私が知らないわけがないんだけどさ、一応聞いてやる」
「二酸化炭素です! 二酸化炭素で充満させて、炎のエネルギーの供給を断ってしまえばいいんです!」
ロゼさんの科学的な説明に、リサはなるほど、と合点して手を叩くと。
「そういえば『酸素』って書いてあるボンベがあったじゃない! 二酸化炭素って酸素の友達でしょ? つまりこのボンベを投げ込めば圧勝! 私ってホント天才!」
そう言ってリサは酸素ボンベをポンとコンロに投げ込む。
お前何やってん――
※バーベキューは安全に配慮して、マナーを守って楽しみましょう。




