36話前半 マツリさんは『筋肉』が命!
「ユート君、カツオのたたきの『たたき』ってなに? 何か叩いたの?」
「タレを染み込ませるために包丁の背でカツオを叩いていたことからそう呼ばれたらしいです」
「やった正解! 1ポイント獲得しました」
何が1ポイントなのかは全然わからないが。
僕とアリシアさんは街を歩いていた。今日も今日とてトレーニングなわけだが、今回はいつもと違う事情があった。
と言うのも、昨日アスレチックから帰った時、ロゼさんが慌てた様子で僕たちのところに駆け込んできたのだ。
かなり焦っていたので何を言っているのかはほとんどわからなかったが、曰く『明日ジムに来てくれ』とのこと。彼|(女)の言う通りに今ジムに向かっているわけだが……。
「ロゼさんどうしたんだろうね? なんだかただ事じゃないみたいだったけど……」
「うーん、また何かドジをしたとか……? こればっかりは会って直接聞かないとわからないですね」
僕たちはジムに到着し、入り口の扉を開けて中に入った。
「ユートさん! アリシアさん! こっちです!」
入館してロビーに入ると、ロゼさんがトレーニングウェアを着てこちらに手を振っているのを見つけた。横にはバランスボールが置いてある。
「お二人とも来てくださってありがとうございます、ボクだけではどうしたらいいものかわからなかったもので……」
「どうしたんですか? なんだか慌てていたみたいですけど……」
「ボクの横にいるマツリさんを見てほしいんです」
ん? マツリさんなんていないぞ。ロゼさんの横にあるのはバランスボールだ。
「ユート君違う! これバランスボールじゃない!」
アリシアさんに言われてよく見てみると。バランスボールから、手足が生えている!?
これバランスボールじゃない! マツリさんだ!!
「マツリさん!? どうしてそんな姿になってしまったんですか!? 何かの呪いにかかったとか!?」
「実は、マツリさんのために毎日、ボクが外食をテイクアウトしてきたんです。それで食べまくっていたらこのように……」
なるほど、太りまくってしまったというわけか……。マツリさんはどう見ても球体で、押したらコロコロと転がってしまいそうだ。
「ロゼさんはそんなに太ってないんですね?」
「ボクは外出する機会がありましたから……でもマツリさんは寝るか研究するかで一日の時間をほとんど使っていましたから」
そりゃ運動しなかったら太るよね。それにしても普通こんな太り方しなくないかとは思うけど。
「まさかこんなことになってしまうとはね……」
「うわっ、マツリさん、その姿で喋れるんですか!?」
「さすがにバランスボール扱いしすぎよ。喋ることも出来るし運動もできるわ」
彼女の青い髪のせいで、バランスボールが喋っているようにしか見えない。
「つまり、私たちが呼ばれた理由はマツリさんの減量を手伝うためってこと?」
「そうなんです。トレーニングについてはボクよりもお二人の方が詳しいと思いまして……どうかお願いできないでしょうか」
マツリさんにこの球体の状態でいられるのは困る。これは手を貸すしかなさそうだ。
「アリシアさん、ちょうどいいですし今日のトレーニングは筋トレにしましょう!」
「私もちょっと前にハンバーガーを食べ過ぎてたし、ちょうどいいかもね!」
こうして。みんなでジムでトレーニングをすることになったのだった!
「さっそくジムエリアに移動しましょう」
「そうね。善は急げというものね」
そう言ってマツリさんはコロコロと転がって、ロビーからジムエリアへと移動をはじめる。そうやって移動するんだ……。
着替えを済ませて、ジムエリアへと移動完了。ランニングマシンやトレーニングマシン、パワーラックなど、体を動かす機械がズラッと並んでいる。ジムにいる人たちはマッチョな若者からおじいさんまで、幅広い世代の人々が運動を楽しんでいる。
「凄い……なんだかこの空間にいるだけで筋肉が付きそうです!」
ロゼさんはジムに初めてやってきたようで、機械の一つ一つを興味深そうに観察している。
「さて、それではワークアウトを始めましょうか」
「でも、こういうときって何から始めたらいいんでしょうね?」
とりあえずマツリさんは体重を落とすのが目標なんだよな。だからそれに沿ったメニューを決めるべきだろう。
「じゃあ、まずはスクワットをやりましょう!」
「スクワットですか? 減量といえばランニングなイメージがありますが……」
ロゼさんの言う通り、体重を落とすためにはまず走る! という考えを持っている人は少なくないだろう。しかし、脂肪を落とすのに走るのは効率が悪いのだ。
代謝量が増えると、燃える脂肪の量も増えていく。代謝量を増やすためには筋肉が必要だ。つまり、効率よく体重を落とすには筋肉が必要なのだ。
そして、スクワットで鍛えられるのは足の筋肉。足の筋肉は体の中で一番大きいのだ。つまり、スクワットをやるのが最も効率のよい方法というわけ!
「なるほど、スクワットで筋肉を増やすのがいいんですね! さっそくやりましょうマツリさん!」
マツリさんはコロコロと転がって、パワーラックへと移動。ラックは箱の骨組みのような形をしており、その中で運動をする。
バーベルの位置を上げ、それに伴って|セーフティバー《バーが落ちてこないようにするやつ》の位置を変える。
「まずはバーベルなしでスクワットをしてみましょう。ゆっくりでいいですよ」
マツリさんは球体になって短くなった足を肩幅に開き、臀部を落とすようにしてスクワットをする。バランスボールみたいな見た目なのに綺麗なフォームだ。十回程度やると、いったん休憩に。
「バーベルなしでやってみた感じはどうですか?」
「これでもかなり足に効いている気がするわ。次はバーベルを担いでみましょう」
「ちゃんと休憩はとってくださいね。しっかり休んで次のセットに臨んだ方が効果が出ますから」
マツリさんはタオルで汗を拭き、水分補給をする。
「よーし! 私もトレーニングするぞ!」
アリシアさんが不吉なことを言い始める。




