33話前半 アリシアさんは『スピード』が命!
「さて、トレーニング一発目いきましょうか」
テレサちゃんに敗北した次の日。僕とアリシアさんは今日のトレーニングをする場所へやってきた!
「トレーニングって……ここはどう見ても……」
「はい。ワックです」
僕たちが来たのは、ハンバーガーチェーン店の『ワックスバーガー』。ワックの愛称で親しまれるそのお店は、緑色の背景に黄色で『W』の文字が書かれたロゴでお馴染みの、大人気ファストフードチェーン店だ。
「なんかイメージしてたのと全然違うんだけど、これはいったいどういう意図なの?」
「いいですか、アリシアさん。戦いに勝つためには、相手よりも速く動く必要があります。そこで、アリシアさんにはこれからワックで『スピード』を鍛えてもらいます」
「飲食店でスピード? 話があまり見えてこないけど……」
そういえば、アリシアさんはお嬢様なんだった。だったらワックがどんな店だかわからなくても仕方ない。意外かもしれないが、ワックはスピードと大きく関係しているのだ。
「とりあえず入ってみましょう。昼食がてら実際に注文してみればわかるはずです」
「わかった! 何食べよっかな~!!」
これからトレーニングが始まるとは思えないほどのほのぼのとした空気。スライム克服が終わった後に遊びに行くときのような、いつも通りな感じ。まったく緊張感がない。アリシアさんは興味津々でメニュー表を見て、昼食を選んでいる。
しかし、彼女は店内で目の当たりにするだろう。恐ろしいまでの『速さ』を。
「いらっしゃいませ~!」
店内に入ると、店員さんの元気な挨拶が聞こえてくる。昼前ということもあって、席にはまばらにお客さんが座って食事をしている。客室はコンビニくらいのサイズだが、二階もあるので混雑時も安心だろう。
「ユート君、このお店は席に座って注文するの?」
「いいえ、あそこのカウンターで店員さんに伝えるんです」
僕が指したカウンターには、紺色の制服に身を包んだ、やけにマッチョな店員さんがこちらに手を振った。
「いらっしゃいませッ! ご注文は何にいたしますかッ?」
カウンターの前に立つと、店員さんが爽やかな笑顔で迎えてくれる。そうそう、ワックと言えばこのスマイルだよね。
「アリシアさんは何を注文するか決めましたか?」
「そうだなあ、初めて来たからよくわからないけど……この『クワトロチーズ海老バーガー』のセットにしようかな?」
アリシアさんが選択したのは、ワックの大人気メニューであるクワトロチーズ海老バーガー。チーズが四枚とぷりぷりの海老が使われた贅沢な商品だ。初心者らしい無難なチョイスだと思う。
「サイドメニューはフライドポテトと……コーラで!」
そしてサイドメニューは無難オブ無難な、ポテトと炭酸飲料。初心者にしてはかなりいいチョイスをしているのではないだろうか。
「でもハンバーガーってさ、ちょっとおしゃれな店で食べると2~3000ギルくらいしちゃうんだよねー。美味しいから全然いいんだけどさー」
そう言ってアリシアさんは懐から財布を取り出す。店員さんと僕は彼女の一言を聞いて、ニヤリと笑う。
「お会計……600ギルですッッッ!!」
店員さんは金額を言うタイミングで|モストマスキュラ―《筋肉を見せつけるポーズ》をする。彼の筋肉が隆起して、紺色の制服がミシミシッ! と恐ろしい音を立てる。
「600ギル? 安すぎない? え? 私もしかして注文を間違えた?」
「違いますよアリシアさん。ワックのメニューはお値ごろなんです!」
そう。おしゃれなカフェでハンバーガーを食べようものならそこそこいい値段がするだろう。しかしワックは違う。美味しいハンバーガーをお値ごろな価格で買うことができるのだ!!
カフェのハンバーガーと比べると多少チープな見た目をしているが、そのぶん価格がとにかく安い。ハンバーガーは驚きの1個100ギル。一時期60ギルほどまで安くなっていたこともあるという。流石ワックだ!
「すごい! じゃあ金額的にあと5セットは食べられちゃうね!」
「その発想はマズいです!!」
人によってはセット1つでお腹いっぱいになるのに、ジャンクフードを5人前は確実に太る。もはや別の訓練になっちゃうぞ。
「ユート君は何を注文するの?」
おっと、もう僕の番か。ここはアリシアさんに見せつけてやらないといけないな。『ワックの真髄』を!
「『ジャイアントワック』のセットでお願いします」
「ほう、ジャイアントワック、ですか……ッ」
僕の注文を聞いて、店員さんの目の色が変わる。声のトーンが落ち、神妙な面持ちに。
ジャイアントワック。ワックでは定番の大きめなバーガーだが、他のバーガーと違うのは、『秘伝のソース』を使っているということだ。おいしくないわけがない。
「サイドメニューは、ナゲットでお願いします。ソースはマスタードで」
「……素晴らしいッ」
僕の注文に、マッチョな店員さんはさらに笑みを深めた。
ワックではサイドメニューにポテトだけじゃなく、ナゲットも選ぶことができるのだ! これは意外に知られていないが、便利な選択肢だ。
「ドリンクはバニラシェイクでお願いします」
「バニラシェイク一つ入りますッッッ!!!」
その時、店員さんは|サイド・トライセップス《筋肉を見せつけるポーズ》をする。筋肉が一気にパンプアップし、制服がはち切れ、店内に布が爆散する!
ドリンクは炭酸系やオレンジジュースなど、ありきたりなものを選びがちだ。しかし、ワックはセットにシェイクを付けることも出来るのだ! とにかくこのシェイクが美味しい。夏場に飲むと最高だ。
「お客さん……通ですねッ」
「……店員さんこそ、わかってますね」
僕と店員さんは互いにニヤリと笑い、互いの『ワック愛』を称えあった。そこには、試合が終わった後のような、相手をリスペクトし、握手するような気持ちがあった。
「よくわからないけど、普通に注文しただけだよね?」
おっと、アリシアさんの冷静な指摘が入ってしまった。後ろのお客さんの迷惑になってもいけないので、さっさとお会計をすませてしまおう。
「ちょうどお預かりしましたッ! 隣のカウンターにてお待ちくださいッ!」
店員さんから番号札になっているレシートを受け取り、僕とアリシアさんは指定されたカウンターの前で商品が届くのを待つことに。
「さて、ここから五分くらい暇になるね。ユート君、しりとりでもしようか」
「……いいえアリシアさん。僕たちに『暇』はありませんよ」
「どういうこと? 注文したら普通、商品が届くまでに五分以上はかかるんじゃ――」
アリシアさんが小首をかしげながら言ったその瞬間、だった。
「クワトロチーズバーガーセットとジャイアントワックセットのお客様ーッ!」
カウンターの向こうから店員さんの声がする。そう、僕たちが注文した商品が、もう届いたのだ。
「えっ、嘘――速いッ!?」
アリシアさんはあまりの驚きに声を上げた。これがファストフードだ。そして、僕がここにアリシアさんを連れてきた理由でもある。




