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32話前半 テレサちゃんは未来から来た!

「オレはテレサ・カリーノ。――十年後の未来から、アリシアを止めるために来た」


 僕は耳を疑った。河原でゴミ拾いをしていたら、いきなり目の前の少女が自分のことを『十年後の未来から来た』とか言い出すのだ。驚くなと言う方が無理だろう。


 テレサ。その名前には聞き覚えがあった。少し前にシエラニアにやってきて、僕とアリシアさんと三人でヒーローショーを見に行った童女、テレサちゃんと名前が一致している。確かに髪の色も目の色も一緒だけど……。


 だけど、だ。十年前の――つまり、現在の彼女はとても可愛らしい五歳児だったぞ。ヒーローのキャンディーマンショーを見るときは目を輝かせて、一緒にファミレスに行った時はお子様ランチを食べてニコニコしていたはずだ。アリシアさんを『ありしー』、僕のことを『ゆーくん』なんて呼んでいたのも印象的だ。


 なのに、目の前にいる十年後のテレサちゃんは、さっきからアリシアさんのことを鋭い目で睨み据えている。特徴が全く一致しない。おまけに一人称は『オレ』ときた。なんだこれ、ビフォーアフターの変化が激しすぎないか?


 おまけに服装は黒いスポーツブラに黒のショートパンツ。白いパーカーを羽織っているのが唯一の救いで、今の彼女はよく言えば機動性に長けていて、逆に言えば露出度が高い。小麦色の肌がほとんど露わになってしまっている。


「アリシアさん、この状況をどう見ますか?」


「もしかして、私じゃなくてテレサのファンの子だった?」


 駄目だ、この人に聞いた僕が馬鹿だった。これはもう本人に聞いたほうが早そうだぞ。


「えーと、テレサちゃん? でいいのかな。未来から来たってどういうこと?」


「単刀直入に言う。オレはワタナベ・マツリ博士が開発したタイムマシンで、十年先の未来からやってきた」


 テレサちゃんの口からマツリさんの名前が出てくる。マツリさんがタイムマシンを作る……? 十年後に?


「なんのためにそんなことを?」


「十年後の未来は、魔王の侵攻によって人類半分以上が滅んでしまった。オレはその未来を変えるためにここに来たんだ」


 ……結構シリアスな世界から来たパターンかあ~。僕みたいな平和な頭をしてるやつが会話を合わせられるだろうか。心配になってくる。


 正直、未来から来たなんて話はにわかには信じがたい。でもまずはテレサちゃんの話を聞いてみなくちゃ話が進まない。


「ねえねえテレサ! 十年後の未来って、何か美味しいグルメが生まれてたりする!? 私食べてみたいかも!」


「アリシアさんは黙っててください」


 この人はしっかり信じてるし。ただでさえ頭を使ってるんだから、これ以上話をこじらせるのはやめてほしい。さて。


「さっき『アリシアさんを止める』って言ってたよね。十年後の未来が大変なことになっているのと、そのことになんの関係があるの?」


 一番気になるところを聞くと、テレサちゃんは懐古するように、でも無表情で上を見て語り始めた。


「今から一年後。魔王軍の侵攻が起こる。アリシアはそれを止めるために前線に立つが……魔王に負けて死亡する」


 アリシアさんが……死ぬ!?


「勇者を失った人類は絶望し、つけあがった魔王軍に蹂躙される……五年の間に世界のほとんどが魔王軍によって支配されることになる」


 テレサちゃんが語った未来は、あまりにも残酷なものだった。世界崩壊のシナリオ。そしてそれが作り話でないというのは彼女の様子を見ていればわかった。


「人が殺され、森が燃やされ、街は寂れていく……人類は魔族から身を隠しながら生きていく。オレはそんな未来を変えるためにここに来た」


「ちょちょ、待ってよ。テレサちゃんがいた未来のことはわかったけど、君の目的がいまいち見えてこないんだけど……」


「オレの目的は、アリシアの死を回避することだ。人類は希望の象徴である勇者を失ったことで士気を下げた。つまり、アリシアが死ななければ未来は変わる……そういうことだ」


 なるほど、じゃあテレサちゃんは味方なわけだ。


 なあんだ、いきなり現れて敵意をビンビンに放っていたから、警戒しちゃったよ。


「じゃあテレサも一緒にゴミ拾いしよっか!」


「しない」


「えー、いいじゃん! せっかくこの時代に来たんだからさ。あ、ゴミ拾い競争しない? ユート君がやらないって言うんだよ!」


 アリシアさんはニコニコしながらテレサちゃんに話しかけるが、テレサちゃんは無表情でツンと答える。


「それに……まだやるべきことは残っている」


「やるべきこと? それが終わったらゴミ拾い競争してくれる?」


 どんだけゴミ拾い競争がしたいんだ。そんなことより、テレサちゃんがやるべきことって……


 聞こうとしたその時、だった。テレサちゃんが腰に差した短刀を引き抜き、切っ先をアリシアさんに向けた。短刀の先が彼女の小さな顔の前でピタリと動きを止める。


「お前とここで手合わせをする。剣を抜け、アリシア」

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