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31話前半 やっぱりみんな花火大会が好き!

「たーまやーーー!!」


 わたがしを口の中で溶かしながら、アリシアさんは僕の隣で楽しそうに声を上げた。数秒ほどして、空に一輪の花が咲いて、ドン! という花火の音が響く。


 夕日が落ちて、シエラニアの花火大会が始まった。絶好の花火日和という天気で、雨が降る気配もなく、夏の夜特有の生暖かいような、涼しいような、心地よい風が吹く。


 アリシアさんは白い布地に青色の花がデザインされた浴衣を身に纏い、いつもより少し艶っぽく、上を見上げて微笑んでいた。


「こんなに近くで花火を見たのは初めて! 花火って、心臓の方まで響くんだね!」


 人生初めての夏祭りの熱に浮かされて、アリシアさんは子供のように僕に声をかけてくる。僕はそんな彼女を見て、ただ微笑み返すのが精いっぱいだ。


「ユート君、まだ気にしてるの?」


「アハハ……はい、実は」


 フランツの傀儡化魔法の効果で操り人形になっていた僕が目を覚ましたのは、二時間ほど前。ギルドの救護室に担ぎ込まれた僕は、フランツの一件についてを後から聞かされることとなった。


 ギルバートさんが傀儡化され、街で魔法を撃ちまくったことで何軒か建物が燃えたこと。機転を利かせたリサがフランツを撃退したこと。そして、フランツが『アリシアさんの弱点がわかった』という捨て台詞を吐いて逃走したこと。


 状況から判断するに、アリシアさんの弱点を話してしまったのは僕だ。傀儡化したのは僕とギルバートさんの二人で、アリシアさんの弱点を知っているのは僕だ。


 ついに恐れていたことが現実になってしまった。魔王サイドに弱点がバレないよう、アリシアさんは必死にそのことを隠し、今までひっそりと克服を頑張ってきていたのに、僕がそれをふいにしてしまったのだ。落ち込まないわけがなかった。


 僕が一人でフランツを倒そうとせず、もっと早い段階で他の人を呼んで入れば……後悔の念は尽きない。今回の一件は完全に僕が悪い。


「ごめんなさい、僕、本当になんて謝ったらいいか――」


 頭を下げようとしたその時、僕の頭に何かが乗る。それはアリシアさんの手のひらだった。


「よしよし」


「……アリシアさん? 何してるんですか?」


「いいんだよユート君。もう終わったことだから」


 アリシアさんは僕の頭を撫でながら、優しい口調で言う。


「それに、一人で立ち向かったのは花火大会を中止にしないためだったんでしょ? 私が楽しみにしてたから」


「……はい」


「ありがとう。その気持ちだけで私は嬉しいよ」


 慰められてしまった。本当は気を使ってもらう立場じゃないのに。


「私も花火大会に浮かれて、浴衣を探してたら疲れて昼寝してたんだ。だから事件のことを知るのは遅くなっちゃったし」


 僕を傷つけないように、自分の欠点をあげる。


「それに、バレちゃったならまた克服作戦を頑張るだけだよ! どのみち克服はするんだからさ、バレちゃったって問題ない!」


 アリシアさんは強い人だ。僕と出会うまで、一人で森の中で克服を頑張ってきて、周りに悟られないように頑張ってきたのはあなたなのに。それに比べて僕は……。


「僕は、アリシアさんの弱点を敵に漏らしてしまったのに――」


「いいえ? お兄はお姉の秘密なんてバラしてないですよ?」


 アリシアさんに申し訳ない気持ちで泣きそうになっていたその時、僕とアリシアさん以外の声がその場でした。


 僕の背後に立っていたのは、幽霊少女のカスミだ。どこから持ってきたのか、そもそもそういう仕様なのか、彼女は藍色の浴衣を着て、真っ赤な鬼のお面を斜め掛けしている。完全に夏祭りスタイルだ。


「カスミ、それはいったい……?」


「このお面ですか? 最近鬼が人気みたいですからね。カスミも流行に乗ってみたんです」


「流行ってるのはそういう鬼じゃないし……ってそうじゃなくて。僕がアリシアさんの弱点をバラしてないってどういうこと?」


「どうもこうもないですよ。お兄がピエロのおじさんに魔法をかけられて気を失ったもんですから、カスミが代わりに答えておいたんです」


 カスミが代わりに答えた……?


 そうか、カスミは僕の体を自由に動かせるんだった! もしそれが傀儡化の魔法をくらっている最中でも可能なのだとしたら……


「じゃ、じゃあフランツが僕に何を聞いたのかもわかるの!?」


「はい。っていってもとりとめのない質問ばっかりだったので適当に答えちゃいましたよ。『趣味は何か』とか、『ミーのことカッコいいと思うか?』とか、そんなのばっかりです。たまたま『弱点を教えろ』だけが危ない質問でした」


 ってことはもしかして……アリシアさんの秘密は漏れてない!?


「そうだ! アリシアさんの弱点は何って言ったんだよ!?」


「タコ焼きって言っておきました」


 じゃあフランツは、アリシアさんの弱点がタコ焼きだと勘違いして喜んでたってことか!?


「やったー! 私タコ焼きならいくつでも食べられるよ!」


 アリシアさんが喜んで声を上げる傍ら、僕は全身に脱力感からその場にしゃがみ込んだ。


「助かったぁ……今回は終わったと思ったよぉ~~」


「カスミに感謝するのですよ? こんな優秀な妹キャラを憑依させ(もっ)てよかったと」


「今回ばっかりは本気で思うよ。ありがとうカスミ」


「……素直に褒められると照れますね?」


 カスミは顔を少し赤らめ、髪をくるくると指で巻いて照れ始めた。幽霊なのに人間くさい仕草だなあ。


「じゃあフランツはこれから大量のタコ焼きを持ってシエラニアに攻め込んでくるのか」


「これは思わぬラッキーだね! 今のうちにソースとマヨネーズを用意しておこうか」


 アリシアさんは相変わらずのんきなことを抜かしている。……安心したら、なんだか急にお腹が空いてきた。


「よーし! 元気出てきましたし、思いっきり花火大会を楽しみますか! 僕じゃがバター買ってきます!」


「いいね! 今日は私も食べまくっちゃうぞー!」


「カスミにも食べさせてください! 憑依すれば味覚がシェア出来るはずです! カスミはベビーカステラが食べたいです!」


 花火の音に入り混じる僕たちの笑い声。なんだか花火がさっきまでより色鮮やかに映った。

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