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30話前半 リサは過去と向き合いたい!

「フハハハハハ! いいぞ! もっとやるのだ!」


 いた。キモ男に必殺ストレートをぶちかましてから一分。意外にもあっさりフランツを見つけることができた。相変わらず腹が立つ笑顔で、だらしない腹をさすりながら火が付いた建物を見て笑っている。


 そして奴の近くにはギルバート。全方位に向けてくまなく炎魔法を撃ちまくる。建物に火が付き、メラメラと燃え盛っている。だというのに、ギルバートは無表情なままで、我関せずという様子だ。


「やい! そこの中年!」


「ん? おお、誰かと思えばさっきの弱虫ガールじゃないか! そんなアイドルソングみたいな肩書のユーが、ミーのところにノコノコやってきて、どうしたのだ?」


 こいつ、私が下手に出ていれば少しずつ調子に乗りやがって……もう絶対に許さない。


「アンタを倒しに来たのよ。ご丁寧に傀儡化を解除する方法を教えてくれたんだもの」


 私は予告ホームランのようにフランツを指さし、キッと睨んだ。


「ほう……さっきの負け犬の目とは違う、鋭くていい目つきなのだ。今のユーはまるで獲物を狙う猟犬なのだ」


 なんで全部犬で例えるのかわからないけど。こんな雑魚キャラ臭のするピエロに負けてたまるものか。


「しかし! ミーにはギルバートがいる。ユーにこの最強の盾を破れるかな?」


 その言葉を合図にするように、ギルバートは無表情のままフランツの前に立ちふさがった。すっかり傀儡になってしまったようで、既に彼の眼差しは私のことを認識していないようだ。


 ギルバート。私はずっとアンタのことが間違っていると思っていた。言い訳をこねて、困っている人を全員助けることはできないと言うアンタに反発してきた。


 今思えば、私はああすることで現実から逃げていたんでしょうね。自分が弱いという現実から。そして、全員を救うのは難しいという現実から。決断をする立場になって、初めてその難しさがわかったわ。


 ――でも。私は皆を救うことを諦めたくない。今でもヒーローになりたいんだ。だから。


「アンタをここで倒して! 全てを救うヒーローになるっ!!」


 私の宣言に、フランツは鼻で笑って。


「いいぞ、最高、至福、極上だ! ミーはユーみたいな元気のいい相手を他人の力を使ってぶっ潰すのが大好きなのだ! さあ、やれギルバート!」


 気色の悪いその言葉が、戦いの火蓋を切った!!


「ギルバート! 『ほのおまほう』を使……」


「おっさん! 加齢臭! チビ! ハゲ! デブ!」


「え゛っ゛!?」


 私はとにかく、罵倒の言葉をまくしたてた。予想外だったのか、フランツは困惑する。


「ちょ、ちょっと待てガール! これはご褒美的な何かなんだろうか!? 悪いがミーにそういう趣味は……いや違うなこれ!? 普通に罵倒されてるよね!?」


「豚! 私服ダサッ! 歯汚っ! 『最高、至福、極上』って何!?」


「ス、ストップ! これ以上はミーのメンタルが持たないから! 身体的特徴を馬鹿にしちゃいけないと教わらなかったのか!」


 フランツは慌てて私の言葉を止めるように言うが、そんなことは知ったこっちゃない。まだまだ。


「一人称キモッ! そもそもなんでピエロ!? 泳ぎ下手そう! あと『弱虫ガール』をアイドルソングみたいって言うの意味がわからない!」


「やめてください! お願いしますから! ミーの負けです!」


 貰った。私はフランツの言葉を聞いて会心の笑みをこぼした。


「あれ、俺は……?」


 途端、ギルバートが瞳に生気を灯し、喋り始めた。予想通りね。


「な、なにぃ!? ギルバートの傀儡化が解けているだと!? な、何故だ!? ユー、何をした!?」


 つい数秒前まで傀儡だったギルバートが勝手に動き出し、困惑を隠せないフランツ。すでに奴から余裕の表情は消えている。


「傀儡化が解けて当たり前だわ。だってアンタは『傀儡化の魔法はミーに勝つことができれば解くことができる!』って言ったんだもん」


「だからまだミーは倒されていないだろう!? 何を言っているんだ!?」


「いいえ、私は勝ったわ。『口喧嘩に』ね」


「あ……」


 フランツの顔色がみるみるうちに青ざめていく。ようやく気付いたらしい。


 私はフランツを罵倒しまくった。そしてあいつは言ったのだ。『ミーの負けです』と。自分から敗北を宣言したんだから負けに決まっている。


 誰も『殴り合いの勝負をして勝ったら』なんて言っていないんだから、これは正当なやり方よね? 異論は認めない。私がルール。


「だっはっはっはっは!! 私のぉ!! 勝利だあああああ!! ざまあみなさい中年生活習慣病ピエロ!! 私こそが、最強だあああああああ!!!!」


 高らかに宣言してやった。もうニヤニヤが止まらない。一方、フランツは膝から崩れ落ちて、地面を拳で叩き始めた。


「く、くそう……だったら今度はあのガールを傀儡化すればいいだけだ! その減らず口が叩けるか――」


「おっと、そうはいかねえぜ?」


 フランツがボソボソと呟いた瞬間、ギルバートは奴の胸倉を掴んだ。


「し、しまった! ギルバートもいるんだった!」


「そもそも、もうタネが割れちまってるからお前の魔法は二度と通用しねえよ。この雑魚が!!」


 ギルバートは思いきりフランツの顔面をぶん殴った。ストレートが炸裂した瞬間、聞こえちゃいけないような鈍い音が響き、彼は地面に倒れた。


「ひどい……なんでミーがこんな目に合わなきゃいけないんだ……」


 殴られた箇所を抑え、涙目になってフランツはゆっくりと立ちあがる。


「……でもなあ、アリシアの弱点は聞き出したし、街にちょっかいを出すという当初の目的は達成した! 弱点を魔王様に話せばたくさん褒めてもらえるし、試合に勝って勝負に勝ってるんだよぉ……!!」


 まだ懲りていないのか、フランツはまたニヤニヤとし始めた。


「覚えてろよ、おっさんと赤髪……アリシアの弱点さえわかってしまえばこっちのものだ、これから魔王軍が人類を襲うだろう……その時は、最初にこの街を滅ぼしてやるからな……」


「待ちなさい! おっさんも赤髪もアンタのことでしょうが!!」


「へっへーんだ! 逃げちゃえばこっちのもんだもんねーー!!!」


 私が引き留めようとするが、フランツはムカつくことを言いながら街の外の方へ走って行ってしまった。


「追いかけなきゃ! このままじゃアリシアの秘密が!」


「待て! 奴の罠かもしれん! やめとけ!」


 ギルバートは私の肩を掴んで行かせまいとした。フランツの背中は小さくなって、角を曲がっていなくなってしまった。


「そんなことよりも街の消火だ! リサ、水魔法で手伝ってくれ!」


「わ、わかったわよ! 命令すんな!」


 ギルバートと私は、燃え盛る建物の消火活動に当たった。

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