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28話前半 ユートは花火大会に行きたい!

「ユート君、今日の克服作戦は早めに切り上げようよ」


「なにのっけからやる気ないこと言ってるんですか」


 ギルドのいつもの席。アリシアさんは開口一番におかしなことを言い出した。


「あれですか? とうとう克服もめんどくさくなってきたクチですか? 負けすぎて負け慣れてきたパターンですか?」


「ち、違うよ! 克服する気はあるよ! でも今日は、これ!」


 アリシアさんは慌ててブンブン首を振って否定した後、懐から一枚の紙を取り出した。それはチラシのようで、何が書いてあるのか確認してみると。


『シエラニア花火大会! 1万発の花火が夜空に打ち上げられます!』


 なるほど、今日は花火大会の日だったのか。どうりでギルドに人が少ないわけだ。いつもはギルドの中で暇そうに騒いでいる冒険者たちも、今日は花火大会に向けてせっせと準備をしているというわけらしい。


「年に一回の花火大会だよ!? せっかくだから楽しみたいじゃん? だから今日は早めに克服作戦を切り上げて、遊びに行くべきだと思うんだ!」


 スライムが怖いわけじゃないよ、と付け加えてアリシアさんは力説する。視線が逸れているからスライムは怖いんだろうけど、それを差し引いても花火大会に行きたい気持ちは伝わってくる。


「実は今までは花火大会に行ったことなくて……今日が初めてなんだ。どうしても楽しみで」


 そう言えばアリシアさんはお嬢様キャラなんだった。僕と出会ってからファミレスやゲーセンに行くようになったとはいえ、箱入り娘の彼女が年一の花火大会は行ったことがなくてもなんの疑問もない。


「――アリシアさん。早めに切り上げるっていうのには賛成できません」


「ええ!? なんで!? せっかくの花火大会なのに!?」


「早めに切り上げるなんて言わずに、今すぐ準備をするべきです!! 皆も誘って、浴衣を着て花火を見ましょう!!」


 夏の一大イベント、花火大会。屋台が立ち並び、色とりどりの花火が空に上がる。こんなに楽しいイベントをスライム克服で潰してしまうのはナンセンスだ。全力で楽しみつくさなくては!!


「ユート君、花火大会って、屋台がいっぱい並んでるんでしょ!?」


「そうですよ。かき氷はもちろん、タコ焼きやイカ焼きも譲れません。あ、焼きそばもいいなあ……」


 花火を見ながら食べる屋台のB級グルメは絶品だ。僕とアリシアさんはそんなまだ見ぬグルメたちに思いを馳せる。


 今まで、花火大会はダースのナンパに付き合わされるばかりだったので、アリシアさんやリサたちと純粋に楽しんでみたい。


「そうと決まれば善は急げです! 皆を集めて準備をしましょう!」


 僕とアリシアさんはギルドで別れ、家に帰って夏祭りの準備をすることに。




 ギルドから外に出てしばらく歩く。さて、家に浴衣なんかあっただろうか。たしか何年か前に買ったような覚えはあるけど、ちゃんと保管している自信はない。


 楽しみだなあ、花火大会……。ワクワクした気持ちをグッと抑えながら、少し早足で帰路についていると。


「ヘイ! そこのボーイ!?」


 街中で突然、誰かに声をかけられる。奇を衒ったような男性の裏声。多分僕に言っているんだろうが、知ったことではないので素通りする。


「ヘイ! ユーだよユー! 黒髪のユーにいってるんだよ!」


 うわっ、ついてきた。最悪だ。なんで僕はいっつもいっつも……。


「なんでいっつもいっつも変なのばっかり僕の周りに集まってくるんだ!!」


「ヒッ! な、なんなのだユー! 突然怒り出して!」


 僕は足を止め、ついてきた男の顔を見る。顔が白塗りで、目が痛くなるようなギラギラした配色の服。鼻が真っ赤で目の周りは黒く塗られて……その人物はまさしくピエロそのものだった。


 やたら声が高いおっさんピエロに付きまとわれている。僕はというと、腹が立って仕方なかった。


「いいですか! 僕は花火大会が楽しみなんですよ! なのになんなんですかあなた!! 街中でピエロが声をかけてくるってどんな状況ですか!!」


「ヒッ、わ、悪かったのだ!」


「だいたい、ロゼさんに始まってテレサちゃんまで新しい人が増えすぎなんですよ! しかも毎回毎回ポンコツばっかりだし! どうせあんただって変なやつなんでしょう!」


「ミ、ミーは変な奴じゃないぞ?」


「なんだその一人称! ミーとかユーとかボーイとか! 変な奴に決まってるだろうが!! 相手する僕の気持ちにもなってくださいよ!!」


「す、すまなかった!」


 おっと、思わずヒートアップしてしまった。ピエロの人は僕がキレている様子を見て、怯えながら土下座をしている。そう言えばこの人、結局何が目的で話しかけてきたんだろう?


「で、ピエロの人、あなたは何者なんですか」


「ミーは魔王軍の四天王の一人、フランツである……」


 魔王の四天王? 僕の目の前で綺麗に土下座をしているこのおっさんが? だらしない体形だし、生活習慣病の一つや二つは持っていそうだ。痛い喋り方の裏声おじさんは土下座の姿勢を崩さないまま申し訳なさそうに続けた。


「実はこの街で暮らしている勇者のアリシアによって、四天王を含めた幹部はミー以外はほとんどやられてしまったのである……ミーとしてもこれはだいぶ困ったことで……」


 アリシアさんにやられたのか。あの人強いもんなあ。僕が知らないだけで、彼女はしっかり魔王との戦いを進めていて、それなりに偉い人に恐れられているらしい。現にこのフランツという男もビクビクと肩を小刻みに揺らしている。


「それであなたはアリシアさんと戦いに来たわけですか?」


「いや、ミー程度の雑魚ではあの女勇者に勝てぬ……今日は嫌がらせにモンスターを暴れさせてやろうと思ったのだ……」


 やけに潔いやつだな。でも、彼の言うことはもっともで、こんな変なピエロおじさんがチートで名高いアリシアさんに勝てるはずがない。賢明な判断だと思う。


 ……待てよ。この人今なんて言った? モンスターを暴れさせる?


「モンスターを暴れさせればアリシアの好きなお店一つくらいはつぶせるかなーなんて思ったり……ハハハ……」


 まずい。こいつに妨害されたら、アリシアさんが楽しみにしている花火大会が潰れてしまうかもしれない!


「ちょ、ユー! 顔が怖いのである! なんでミーのことを睨んでいるのであるか!?」


 こいつは……大事になる前に僕がぶっ飛ばさなければ!

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