27話前半 銀髪幼女はヒーローが好き!
「ア、アリシアさん……あなた、まさかまた……」
ギルドのいつもの席にて、僕は驚愕から声を漏らしていた。というのも、僕の目の前にいたのはいつもと違うアリシアさんだったからだ。
「おにーちゃん、だれなのです?」
そこにいたのは、幼くなったアリシアさんだった。サイズが全体的に小さくなっただけでなく、銀髪赤目になっている。彼女は無垢な瞳で僕のことを見つめて首を傾げている。
彼女のこの姿には見覚えがあった。かつてマツリさんが持ってきた『子供になる薬』を飲んだアリシアさんは、5、6歳くらいの幼女になってしまったのだ。
「アリシアさん、また薬を飲んじゃったんですか!? しかも今回は髪と目の色も変わってるし!」
僕は膝立ちをして小さくなったアリシアさんに目線を合わせ、彼女の肩をポンポンと叩く。すると小さくなったアリシアさんは少し困ったような顔をする。
「ユート君! 何してるの!?」
「アリシアさんが小さくなったから言ってるんじゃないですかー、早くマツリさんのところに行きましょう!」
……あれ? 今、上の方から声がしたぞ。少なくとも目の前の幼女からは聞こえなかった。だとしたら誰が喋ったんだろう。ふと視線を上げると。
「アリシアさん!?」
小アリシアさんの後ろに立っていたのは、いつもの金髪碧眼の大人アリシアさんだ。
「アリシアさんが……二人!?」
僕は目の前にいる二人のアリシアさんを交互に見て、目を疑った。髪や目の色は違うが、どう見てもアリシアさんが二人もいる。いったいどうなっているんだ!?
「まさかユート君が小さい女の子に手を出すとは思わなかったよ……さすがにそれはマズいから今からでも引き返さない?」
「違いますって! 状況がわからないのにさらに冤罪をかけて状況をややこしくしないでください!」
とにかく一度、席について事態を整理することに。
*
「この子はテレサ。私のいとこなんだ」
「はじめまして、テレサです。ろくさいなのです」
アリシアさんが紹介すると、彼女の隣に座る小アリシアさんが恭しく頭を下げる。彼女はアリシアさんの親戚であるらしく、見た目が凄くよく似ているのも納得だ。
「ありしー、このおにいちゃんはだれなのです?」
「この人は私の友達のユート君だよ。いい人だから安心して大丈夫!」
アリシアさんのことをありしーと呼ぶテレサちゃん。怯えたような目でこちらをじっと見ている。さすがに初対面で印象が悪かったか。よーし、ここから挽回するぞ!
「テレサちゃんこんにちは、僕はユート・カインディア。さっきは驚かせてごめんね。僕はテレサちゃんの敵じゃないんだ」
「ほんとうなのです……?」
まだ信頼は勝ち取れていないらしく、テレサちゃんはアリシアさんの袖をぎゅっと掴んで今にも隠れてしまいそうだ。仕方ない、ここからここから。
「テレサは今日一日私が預かることになってるんだ。シエラニアを案内してあげようと思って!」
「なるほど、それはいいですね。僕も協力しますよ! テレサちゃんはどこか行きたいところはあるの?」
僕が問いかけると。
「ひーろーしょー!!」
テレサちゃんはさっきまでの怯えた表情から一変、目を輝かせて机をバンと叩いた。
「ヒーローショー?」
大きなゲートに、動物たちのイラストがでかでかと描かれた看板。ここはシエラニア動物園。この動物園といえば、かつてアリシアさんと一緒に『うさハムゾーン』でうさぎとハムスターたちをモフりに行った場所だ。
しかし、動物を見に行く以外にも、この動物園には他の側面を持っているらしい。
「ありしー、みてみて!」
テレサちゃんは懐から綺麗に四つ折りした紙を取り出し、アリシアさんに背伸びして手渡す。アリシアさんがそれを開いて見てみると。
『皆を守るヒーロー! キャンディーマンのヒーローショーが開催決定!
皆の応援で怪人をやっつけよう! シエラニア動物園で僕と握手!』
それは一枚の広告で、色とりどりの背景のど真ん中に、一人の真っ赤な全身タイツ人間が仁王立ちしている。
この人物こそがキャンディーマンなのだろう。そして、このヒーローのショーが今から動物園で行われる、というわけらしい。
「キャンディーマンはね、強くてかっこいいのです! キャンディーパンチで怪人を倒すのです!」
テレサちゃんはよっぽどこのヒーローが好きみたいで、『キャンディーパンチ』を連呼しながらシャドーボクシングをしている。身近にチート勇者がいるんだし、多分こっちのほうが強いと思うんだけど、子供心はわからないなあ。
「よし、じゃあキャンディーマンを見に行こう!」
アリシアさんの掛け声で、僕たち三人は動物園に入場した。
動物園内に入り、ショーの会場に到着。ステージの周りには観客席が並べられていて、まばらに客が入っている。
意外とファンの子供がいるんだなあ。キャンディーマンなんて初めて聞いたけど。なんて思いながらしばらく席で座って待っていると、チアリーダーみたいな服装をした爽やかなお姉さんがステージに上がってきた。
「みなさーん! こーんにちはー!」
「こんにちはー!!!」
舞台の上のお姉さんに届くように、テレサちゃんは元気よく声を上げる。必死に挨拶をする様子がとても可愛い。
「今日はキャンディーマンのショーに来てくれてありがとう! 早速キャンディーマンを呼んでみよう!」
「「「キャンディーマーン!!」」」
「もっと大きな声でー!」
「「「キャンディーマーン!!!」」」
テレサちゃんを含めた会場のちびっ子たちが、一斉に大きな声でキャンディーマンの名前を呼ぶ。あ、この後の展開はなんとなく僕も予想できるぞ。多分やってくるのはキャンディーマンじゃなくて……。
「ハーッハッハッハ!!」
その時、不穏な音楽と共にステージの袖からやってきたのは、黒い全身タイツ集団。10人ほどの黒づくめ集団の中に一人だけ紳士服のおっさんがいるので、おそらく彼が敵のボスなんだろう。
「インスリンだんしゃくだ! ありしー、テレサはこわいのです……!」
あの紳士服おっさんはインスリン男爵と言うらしく、テレサちゃんは怪人たちの登場に涙目になってアリシアさんの腕にぎゅっと抱き着いている。
「大丈夫だよ! あんなやつ私にかかればワンパンだから!」
アリシアさんは力こぶを作ってテレサちゃんを安心させる。ワンパンだけは絶対やめてくれ。あなたがやらなくてもキャンディーマンが倒してくれるから。
「この会場は我輩が支配した! 我輩の力で子供たちを糖尿病にしてやる! いけお前たち、子供たちを攫うのだ!」
インスリン男爵が号令をかけると、怪人たちが会場に散らばり、子供たちを驚かせにいく。あったなあ、これで子供が泣き出したくらいのタイミングでヒーローが助けにくるんだよね。
「ケーケッケッケ!!」
そして会場に散らばった、インスリン男爵の部下の一人が、例外なくテレサちゃんの目の前にも登場。奇怪な笑い声でテレサちゃんを威嚇する。
「ありしー、助けてなのです!!」
「よーし! わかったよ! 勇者パンチ!」
「ちょっと待った! アリシアさんストップ!」
僕が静止するのも聞かず、アリシアさんは全身タイツの怪人の腹部にラッシュを入れていた。
……帰りたくなった。




