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26話前半 リサは最強になりたい!

「んー、やっぱりかき氷はレモン味に限るね!」


 ビーチバレー対決が終わり、僕とアリシアさんは海の家の椅子に座って、かき氷を食べながらいつものように話していた。


「ところでユート君よ。ビーチでもできるスライム克服作戦ってなんなのさ?」


 アリシアさんは黄色くなった舌をのぞかせながら僕に問う。対する僕は緑色になった舌を動かして。


「いいですかアリシアさん。この世界には様々な種類のスライムがいます」


 僕はノートを開いた。そこには僕がさっき書いた、思いつくかぎりのスライムの名前が列挙されている。


「炎魔法が使えるヒートスライム、毒霧を吹いてくるポイズンスライム、一見お金をたくさん落としそうな見た目をしたゴールドスライム……その種類は多岐にわたります」


 スライムの種類はとにかくやたらと多い。いつもの森には普通の緑色のスライムしかいないが、山に行けば体が岩でできているロックスライムなど、色々な種類が生息している。


「確かにスライムが色々いるのは知ってるけど……それが克服と何の関係があるの?」


「いいですか、もしアリシアさんが『普通のスライムは嫌いだけど、それ以外のスライム亜種は嫌いじゃない』とします」


 つまり、『普通のスライムだけが苦手』だと仮定してみるとだ。


「そうだった場合、最悪僕が普通のスライムだけを倒せば問題は解決できるわけです。ここまではわかりますか?」


「うん。私は自力で克服したいけど、緑色のスライムだけならユート君でも勝てるもんね」


「問題は、アリシアさんが『スライム全般が苦手』である場合です」


 パターン2、アリシアさんが、ヒートスライムも、ポイズンスライムも、ゴールドスライムも、『スライム種』の全部が嫌いだったらこうなる。


「例えば、かつてこの世界を滅ぼしかけたという『カタストロフィスライム』がこの世界に出現したら、僕が代わりに戦うことができません。アリシアさんが戦うしかなくなります」


「つまり、『強いスライムが出てきたときに対処できるかどうか』がわかるって訳だね!」


 アリシアさんは人さし指をピンと立てて答えた。正解です。


 少なくとも大して強くないスライム亜種にビビってしまうようでは、強いスライム亜種になんて勝てっこないだろう。今回の克服の結果で、スライム亜種とアリシアさんの関係がわかるというわけだ。


「というわけで今回は、作戦ナンバー7、『スライム亜種を克服しちゃおう大作戦』ですね」


「それはわかったけど、ビーチとスライム亜種に何の関係が?」


「海にもいるんですよ、マリンスライムっていうやつが。アリシアさんには今回、そいつと戦ってもらいます」


 マリンスライム。海辺に生息する、水色の体をしたスライムだ。大きさも普通のスライムと大差なく、力も大して強くない。実験の相手としては最適だろう。


「それじゃいつものように行こっか!」



「アリシアさん、あれを見てください!」


 僕とアリシアさんは海の岩場に潜み、ある一点を見て話す。


 波打ち際にいるのは、水色のスライム、マリンスライムだ。水色のゼリー状の体をしていて、ピョンピョンと跳ねて移動している。


「アリシアさん、対戦相手を見た感じどうですか?」


「うう……なんか既に背中がぞわぞわしてきた……」


 アリシアさんは敵を目の前にして、既にビビり始めている。体を温めるように、手を交差して手のひらで腕をさすっている。


「行けますって! 見た目は確かにスライムですけど、もしかしたら意外とあいつは大丈夫なのかもしれませんよ? 豆腐と杏仁豆腐だって見た目は似てますけど全然違うじゃないですか」


「そういうものなのかなあ……プリンと茶碗蒸しみたいな?」


「そうです。似てるけどあれは別物なんです」


 アリシアさんに暗示をかける。すると彼女はよし、と呟いて立ちあがった。


「行ける気がしてきたよ! ちょっと倒してくる!」


 アリシアさんは岩場から出て行くと、抜き足差し足でマリンスライムの方へ歩き出す。不意打ちでも決めるつもりなのだろうか。一方のマリンスライムはと言うと、アリシアさんの存在には気づいていないようで、陽気にピョンピョン跳ねている。


 あいつ、可愛い見た目してるからビーチのマスコットキャラみたいな扱いなんだよな。実際弱くて可愛いし。そう思うと、アリシアさんがあんな生き物に負けているのが悔しくなる。


「そろそろ行くよ、ユート君」


「うわっ! 勇者スピードで急に僕の真横に立たないでくださいよ!」


 ずっとアリシアさんを見ていたはずなのに、気付いたらアリシアさんが僕の横に。スライムの近くから瞬間移動でここまできたのだ。相変わらず速すぎて目視できない。


「ちゃんと見ててね? 今回は流石に成功させるから」


「わかりました。絶対に見てます」


「絶対に絶対だよ?」


「絶対に絶対見てます」


「絶対に絶対に絶対だよ」


「行くのが遅すぎますって! なんで戻ってくるときだけ速くて行くのがこんなに遅いんですか!」


 理由はわかっている。スライムが怖くて、ここから動きたくないのだ。現にアリシアさんの足は震えているし、目も涙目だ。


「だってえ! どう見ても石のものを金平糖だって渡されても食べたくないじゃん! 人間ってそういうものじゃん!」


 いつものように泣きながら騒ぎ始めるアリシアさん。スライムに負けた時に見せるアホな顔だ。人間ってそういうものじゃんって言われてもな……。


 とにかく、今回も克服作戦は失敗だ。結論は、『アリシアさんはスライム全般が苦手』。もはや失敗しすぎて落ち込む気にもならなくなってしまった。


「ごめんよぉ、ごめんよぉ……」


「仕方ないですよ。今日の克服作戦はおまけみたいなものですし。あとはスイカ割りでもして楽しみましょう」


「わーい! スイカ割りやるやるー!」


 スイカ割りという単語が出てきた瞬間、パッと表情を明るくするアリシアさん。数秒前までベソをかいていたとは思えないほどの切り替わりの速さ。まったく、この人は本当に悔しがっているんだろうか……。


 ちょっとため息をつきたくなりながら、海の家の方へ戻ろうとすると。


「見て見てユート君! リサちゃんが泳いでるよ!」


 アリシアさんが子供のように嬉しそうに話しかけてくる。リサが泳いでる? 視線を移すと、確かに海にはリサがいた。


 さっきまで被っていた魔女っ娘帽子を外し、波打ち際から10メートルくらい離れた場所から顔を出している。バシャバシャとしぶきが上がっていることから、激しく動いていることがわかる。


「おーい! リサちゃーん! 泳ぐの楽しいー?」


 アリシアさんはニコニコしながら手を振っているが、僕の顔からは血の気が引いていた。


「……あれ、溺れてませんか!?」


 リサが激しく水しぶきを上げている理由。それは泳いでいるからではない。溺れているからだ。


「ええ!? 確かに表情が楽しそうじゃない! 早く助けないと!」


「あいつマジで何やってるんだ!」


 僕は急いで海に飛び込み、リサを助けに泳いだのだった。

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