表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/133

番外編 ビーカー・イーツ

 ボクの名前はロゼ・ミスティック。様々な建物が並ぶこの街、シエラニアの研究所でアルバイトをしています。


 そんなボクが今何をしているかと言うと、手提げ袋を持ち、やや早足で街の中を歩いているのです。と言うのも、置き手紙で上司にお使いを頼まれていまして、今は帰る途中で……。


 おっと。そんなことを言っている間にも、研究所に着きましたよ!


「マツリさーん! 頼まれてきたもの、買ってきましたよー! 起きてますかー?」


 研究所の扉の先は大部屋につながっています。豆腐みたいな無機質な真っ白い壁の部屋にはデスクがあり、そこにはボクの上司である女性が座っていました。


「ええ。起きているわ。ちゃんとメモを読んでくれたのね。ありがとう」


 青い長髪に紫紺の瞳。真っ白な白衣の中から黒いシャツをのぞかせる女性。彼女がボクの上司、ワタナベ・マツリさん。なにやらファーストネームとファミリーネームが逆みたいで、ボクの感覚からしたら少しおかしな名前です。


 そんな彼女は、バイトをクビになりそうなボクのことを拾ってくれた恩人なんです。睡眠時間は長いけど、とっても美人で、とってもかっこいい人です。


 で、そんな彼女がボクにどんなお使いを頼んでいたのかというと。


「買ってきましたけど、これでよかったんですか?」


 ボクはそう言って、手提げ袋から横長の紙製の箱を取り出します。まるで石板のようなその箱を、賞状のようにしてマツリさんに渡すと。


「ええ、今のところは問題ないわ。中を開けてみましょう」


 マツリさんはデスクにその紙の箱を置き、蓋を開けた。


 中から顔を出したのは、大きなピザ。表面にはチーズがたっぷり乗せられていて、光を反射して輝いているように見えます。


 フタを開ける前からおいしそうな匂いがしているとは思っていましたが、フタを開けたことで研究所内にチーズやトマトソースなどのピザ特有の食欲をかきたてられる匂いが広がります。


「……確かに私が頼んだものに間違いないわ。あれ(・・)はあるかしら?」


「はい! これです!」


 マツリさんに応えて、ボクは手提げから小さな箱をさらに二つ取り出して手渡します。マツリさんはそれを受け取って、同じようにフタを開けると。


「どうやらこっちも完璧なようね」


 小箱に入っていたのは、厚切りの皮つきポテトと骨付きフライドチキン。いわゆるサイドメニューというやつでしょうか。出来立てでアツアツなので湯気を放っています。ケチャップとマヨネーズが付属して、かなり美味しそうです。


「それにしても、突然ピザのお使いなんてどういう風の吹き回しなんですか?」


「ええ、実は今までは作業時間を確保するために食事はすぐ食べられるものばかりだったの。でもロゼがバイトとして来たから、お使いを頼めば外食も出来るようになったというわけよ」


 なるほど、僕が代わりに働けば買い物に行く時間も取らないし、家にいながら外食ができるって訳ですね。マツリさんが美味しいものを食べられるようになるのはボクにとっても嬉しいことです。


「今日から時々こうやってお使いを頼むけど、やってくれるかしら?」


「もちろんです! ボクにできることならなんでも頼んでほしいです!」


「ありがとう。さ、冷めないうちに食べましょう」


「え、いいんですか!? マツリさんのために買って来たんだから遠慮しなくてもいいんですよ!?」


「遠慮っていうより、この量は流石に一人では食べきれないわ」


 改めてデスクに置かれたピザを見ると。半径20センチ以上はあるでしょうか、ピザは箱の上で、これでもかと言うほど大きく円を描いています。とにかくチーズの量が多く、重かったのもそれが原因でしょう。


「おそらくこのピザとサイドメニュー合わせて5000キロカロリーはあるでしょうね」


「5000ですか!? 一般的な成人男性二人分の一日の消費カロリーじゃないですよ! 大丈夫なんですか!?」


「でも、どうしてもこのチーズがたっぷり乗ったピザが食べたかったの。私は何としても食べるわ」


 相当楽しみにしていたのでしょう。マツリさんは巨大なピザを前にしてもおじけづくことがありません。


「よーし! じゃあ二人で食べましょう!」


 ボクとマツリさんは大きな大きなピザをとりわけ、食べていくことに。


 既に切れ目が入っているので、1ピースごとに分けるのも楽ちん。


「それにしてもチーズがトロットロです! こんなに伸びますよ!」


「ふふふ、そうね」


 どれだけ引っ張っても糸を引くように伸び続けるチーズ。上に乗った具材も色とりどりで、食欲をかき立てられます。


「「いただきます」」


 ピザを上手くとりわけ、実際に一口かじって見ると。


「おいしい!」


 口の中に広がる、濃厚でコクのあるチーズの味。舌の上でトロリと溶けるようです。トマトソースの酸っぱさが絶妙にマッチしていて、思わずにやけてしまいます。


「ここのピザは耳まで美味しいのよ」


「み、耳までですか!?」


 具材が載った部分ならわかりますが、何も載っていない耳が美味しいわけ……おそるおそる一口かじります。


「こ、これは!」


 カリっとした食感とともに耳から溢れ出していたのは、まさかのチーズ。なんというサプライズ! 机の引き出しを開けたらお札が入っていたような驚きと喜び!


 そこでふと疑問に思いました。


「マツリさん、チーズってなんでお餅みたいに伸びるんでしょうか?」


「それはカゼインというタンパク質の力ね。カゼインが網目状につながることで、伸びやすくなっているわ。網が伸びるのはイメージできるでしょ?」


 確かに、網は引っ張りやすそうですね。チーズが伸びるのはカゼインさんのおかげみたいです。


「さ、どんどん食べましょう。サイドメニューもあるわ」


「はい! いただきます!」


 そのままボクとマツリさんは30分ほどかけて食べ続け、見事ピザを完食できました!


 ……ですがそのあと、満腹感に襲われて、マツリさんはベッドで、ボクはソファでぐっすりと寝てしまったのは内緒です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ