24話前半 アルコールは人間を変える!
「アリシアさん、今日の僕はひとあじ違いますよ、アリシアさん」
「ど、どうしたのユート君。五七五っぽい感じで私の名前を呼んじゃって。しかも何も五七五になってないし」
ギルドのいつもの席。僕は会心の笑みを浮かべた。それはもうアリシアさんがドン引きするくらい。
今日の作戦には、正直かなり自信がある。今まで行って来た作戦の中でも一番自信があるかもしれない。
「自信に満ち溢れたユート君よ。今回の作戦名はズバリ?」
「作戦ナンバー6、『アルコールでベロベロ大作戦』です!」
アリシアさんは根拠のない自信を振りかざすことがあるが、僕はそうではない。自信は根拠とセットで持つものだ。当然、今日の僕が自信に満ち溢れているのは、それ相応の理由がある。
「早速ですがアリシアさん。前回酔った時のことは覚えていますか?」
「うーん。ラーメン披露を出たあたりからぼんやりと、しか覚えてないかなあ。ギルバートさんの話はちょっと覚えてるくらい」
やはりアリシアさんは、ラーメン披露に至るまでの経緯を覚えていない。だとすれば可能性はさらにアップする。僕はさらに笑みを深めた。
「前回、アリシアさんはスライムを克服したんですよ」
「え、スライムを克服!? 本当に!?」
「ええ。ほんのちょっとだけですけどね。何秒か、スライムに驚いていない時間があったんです。しかもスライムに気付いていたのに」
アリシアさんは驚いているみたいだが、間近でスライムを克服した瞬間を見た僕の方がもっと驚いた自信がある。
だって、普段は一瞬でもスライムを感知すれば大泣きしながら逃げ回る彼女が、『なあんだスライムか』と言い放ったのだ。船が陸を進み始めたくらいの衝撃だ。ヤマトダイナ級だとでも換言しようか。
「その時の状況を僕なりにノートに書いてみたんです。こんな感じになりました」
そう言って僕は『克服作戦ノート』を開いてアリシアさんに渡した。
『アリシアさんがスライムを克服した時の状況』
1.アリシアさんはウイスキーボンボンで酔っていた。ウイスキーボンボンは合計で15個食べていた。
2.場所はギルドの中。人数はいつもと変わらない、まばらくらい。
3.僕のバッグから発射されたスライム入りの小瓶が割れる。
4.数秒間沈黙した後、叫び声を上げてアリシアさんはギルドから逃走。
「こういう流れでアリシアさんはスライムを克服したわけです」
「ふむふむ。全然覚えてないけど、こんな感じだったんだね」
「そこで、僕は仮説を立てました。これがスライム克服の条件なんじゃないか? ってことですね」
『仮説:酔った状態だと、アリシアさんはスライムに対するセンサーが弱くなる。つまり、アルコールにはアリシアさんの第六感を封じ込める力がある』
アリシアさんが第六感でスライムを感知していることはもう判明している。となれば、ウイスキーボンボンに含まれるアルコールには、その第六感を抑制する効果があるのだ。そうに違いない。
この仮説が正しければ、アリシアさんは酔っていればスライムを克服できることになる。これは完全に貰っただろう。今回でスライム克服作戦は終わりだ! アリシアさんはスライムが苦手じゃなくなる!
「ということで、これからアリシアさんには僕が買って来たウイスキーボンボンを食べてもらいます。アリシアさんは記憶なくなると思うので、後は任せてください」
「了解! 食べるだけなんて最高だよ!」
アリシアさんはウキウキとした表情を浮かべ、ウイスキーボンボンがたくさん入っているお徳用の袋を開ける。中に入っている手のひらサイズのチョコレートを鷲掴みにし、個包装を開けていく。
「いただきまーす!」
そのままチョコレートをポンポンと口の中に投げ入れる。彼女の口の中はウイスキーボンボンで満たされていき、ハムスターが頬袋に詰めるようになる。あまりの甘味に、綺麗な瞳をキラキラと輝かせて喜んでいる姿は、もう半分ハムスターみたいなものだろう。
「おいひい!」
口の中に詰められたチョコレートをモグモグと咀嚼すると、徐々に彼女の表情が赤くなっていく。目はトロンと、いつにも増してアホっぽくなってくる。酔って来た証拠だ。
「えへへ~~~、幸せなんじゃあ~~~」
第一段階、アリシアさんを酔わせることに成功。後はスライムのドロドロを近づけて、それで驚かなければ作戦は成功だ。楽勝な作戦だったなと思い、バッグから小瓶を取り出そうとすると。
「ねえゆーとくん?」
「なんですか。あと少しで終わるんで、その話もう少し後じゃ駄目ですか?」
「ユート君さ、本当に克服作戦をするために私のことを酔わせたの?」
でたな、酔った時のアリシアさんの人格。今回もまたなんだか含みのある言い方をしてくるじゃないか。もちろん彼女を酔わせたのはスライム克服のためで、他意はない。
「そうですけど、何が言いたいんですか?」
「いやあ、作戦が終わったらどうするつもりなのかなあと思って? ベロベロになった私をユート君はどこに連れて行くのかなあ?」
アリシアさんは頬を朱に染め、肘を机について、顎を手に載せてほほ笑んだ。なんでこの人は酔うと色っぽくなるんだろう。
「何もしませんよ。前回みたいに家まで運ぶだけです」
「本当になにもしないの?」
「何もしませんよ。断じて何もしません」
へー、とアリシアさんは言う。僕のことをからかっているな。いちいち言い方に含みがあるんだよ。何かしてほしいみたいなさ。
……何かしてほしい?
僕は何を考えているんだ? 何かしてほしいってなんだ? そんなわけないだろう? 首をブンブンと振り、邪念を払う。
「私、なんか疲れちゃったなあ。どこかで休憩したいかもなあ~」
思わせぶりな発言。駄目だ、完全にからかわれている。からかわれているんだろうけど……もし本気で言っていたとしたら?
「ねえ、ユート君。もう一回聞くね。何もしてくれないの?」
真面目に受け答えをするべきか悩む。……ええい。こうなったら素直な僕の気持ちを伝えてしまおう。
「食らえ! スライム攻撃!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
僕はアリシアさんにスライム入りの小瓶を突き出す。途端、聖水を浴びた悪魔のように彼女が叫ぶ。
あれ、普通に驚いてない? 前回はスライムを確認してから驚くまでにタイムラグがあったのに。
まさか、作戦が失敗しただと?
「ひどいよー! なんで話の途中でスライムをかけるのさー!」
前回同様、泣きじゃくるアリシアさん。スライムにやられたときのアホな顔をしている。さっきまでの色っぽさは皆無だ。
「すみません、話が長くなりそうだったので終わらせちゃおうと思って」
「ひどいよ! 話の流れ的にこの後に家に帰る前にラーメン披露に連れてってくれる感じだったじゃん!」
どこかで休憩したいって、ラーメン披露のことを言ってたのかよ! やっぱりいつものアリシアさんじゃないか!
酔ったアリシアさんにペースを乱されたけど、話を整理すると。作戦は失敗だ。彼女は酔っているのにスライムを克服できなかった。アルコールは第六感を封じ込める要因ではなかったのだ。
「はあ、結局今回も失敗か……もしかして前回のもたまたまだったのかな。心が折れそうだ……」
「まあ諦めずにやることね。天才の私も応援しているわ」
「そうですよ! 諦めずに頑張りましょう! ボクも応援してます!」
「ありがとう二人とも……って!」
いつの間にか、僕たちの席にリサとロゼさんの二人が座っている。考え事をしてたから気付かなかった。
「って、なんで二人ともウイスキーボンボンを食べてるの!?」
この二人が酔ったら……大変なことになる!!




