23話前半 リサは師匠が嫌い!
リサは目つきの悪い猫のように、ヒロリストおじさんを睨みつける。さっき話していた感じを見ていると、どうやら二人は知り合いのようだ。
ただ、二人の間には重い空気が流れている。もしかして過去に因縁がある関係なんだろうか。沈黙が僕たちを支配している。かなり険悪なムードだ。
「なんでアンタがこの街に来てるのよ」
「ラーメン披露に来ただけだよ。そんな怒んなって」
「怒ってないわよ!」
リサを宥めるおじさんと、今にも噛みつきそうに怒るリサ。リサが一方的におじさんにキレているように見えるけど……。
「えーと、二人はどういう関係なんでしょうか?」
話を整理するために、恐る恐る尋ねると。
「こいつはギルバート。私に魔法の指導をした男……ありていに言えば師匠ね」
この人がリサの師匠? オールバックでいかついけど、ちょっと強面なただのおじさんって感じだ。
それに、リサのギルバートさんへの態度はどう考えても師匠に対するものではない。喋り方は乱暴だし、視線は侮蔑的。二人がただの師弟関係でないことは見て取れる。
「とにかく、なんかややこしそうなのでギルドに行きませんか? あそこなら座って喋れるし」
「嫌よこんな男と一緒なんて……っていうかアンタらくっせえな!? ニンニク臭がする!!」
そう言えば僕たちは披露のラーメンを食べてきたばっかりだった。鼻が慣れてしまっているからわからないけど、僕たち三人はおそらく強烈なニンニク臭を放っているだろう。
「ニンニクくさいのは僕たちがよくないけどさ、ギルドには行こうよ。ギルバートさんとリサの話を聞かせてほしいんだ」
「やだやだやだ! ニンニク臭が移る! おいユート、それより一歩でも近づいてみろ! 私の魔法を撃つぞ!」
「一緒に来てくれたら駄菓子を300円分買ってあげるよ」
「馬鹿にしてんのか!? お前最近私のこと舐めてるだろ! ニンニク臭と駄菓子を天秤にかけたらギリギリ踏みとどまったわ!」
ちっ、今までのリサだったら一瞬で懐柔できたんだけどな……一筋縄ではいかなくなってしまったらしい。リサはフンと言い、腕を組んでそっぽを向いてしまった。
「こうなったら仕方ない! アリシアさん!」
これはできればやりたくなかったが。僕はリサを指さし、アリシアさんに指示を飛ばす。
「な、なにをするつもりだ!?」
「アリシアさん! リサを捕獲してください! ギルドに連れていきます!」
「ラジャ!」
アリシアさんは敬礼をした後、ズンズンとリサの方へ歩いていく。リサの魔法はアリシアさんには効かない!
「離せーーーーっ!! こんなやり方は許されないぞ! 助けてえーーーー!!」
アリシアさんは角材を肩に載せるようにしてリサを担ぎ上げる。身動きが取れなくなったリサは涙目で叫び、手足を泳ぐようにバタバタと動かす。
「カッカッカ、リサ。面白いことになってんな!」
「見るな! ぶっ殺す! ギルドに着いたらしばき倒す!」
ギルバートさんは愉快そうに笑い、リサの顔を覗き込んだ。リサはギルバートさんに対して敵意を持っているみたいだけど、逆にこの人は彼女に対しては好意的に接している。お互いの仲が悪いわけではないみたいだ。どんな関係なのかますます謎になってきたぞ。
*
「うわー! うわー! アリシアのニンニク臭が移ったー! もうお嫁にいけないー!」
「いやお前じゃニンニク以前の問題で嫁は無理だろ? その人間性じゃ」
「ギルバートオオオ! それはセクハラだしお前にだけは言われたくねえんだよぉ! ここはアリシアが『私が嫁に貰ってあげる!』って言うくだりなんだよ黙っとけよ!」
「カッカッカ! 仲良しだなあ!」
ギルドのいつもの席に座ると、さっそくリサとギルバートさんが喧嘩を始める。なんか親子喧嘩みたいだな。
「えーと、さっそくなんですけどギルバートさん。自己紹介をしてもらっていいですか?」
「おう! 俺はギルバート・レーラー。リサがお世話になってるな。俺のことは好きに呼んでくれればいいや!」
ギルバートさんは顎髭を触りながら、ニッと笑って自己紹介をした。銀髪のオールバック、灰色のシャツの上から魔法使いの黒いマントを羽織っている。見た目だけで言ったらちょっとガタイのいい、硬派なおじさんにしか見えない。
「で、ギルバートさんとリサは師弟関係ってことでいいんですよね?」
「いや、正確には違う。リサが勝手に弟子って名乗ってるだけで、俺は弟子は募集してない! 俺の自由時間がなくなるからな!」
しかもリサが勝手に言ってるだけなのかよ……。
「ギルバートさんはこう言ってるけど、それに対するリサの釈明は?」
「……ええそうよ。私はギルバートの自称弟子よ。と言っても、名乗っていたのは二年前までだけどね」
「ライバルにしても師弟にしても自称が多くない?」
アリシアさんのことをライバルって呼んでた時も勝手にだし。その言いがかり体質は治した方がいいと思うなあ。
「だって無理よ。ギルバートが私を弟子として認める条件は『ギルバートをタイマンで倒すこと』よ。今までに200回負けた時に気付いたわ。これは無理ゲーだって」
逆に199回まではいけると思ってたのだろうか。
「ちょっと待って、人間性はともかく、リサだって戦力的には別に弱いわけじゃないよね? リサが200回も負けるなんて、ギルバートさんってそんなに強いの?」
「人間性はともかくって言うな。ゴホン、ギルバートは強いわ。なんせ魔力が無限にあるのよ」
「魔力が無限? それは誇張表現ではなくて?」
「おう。本当にいくらでもいけるぞ」
「バイキングの最初みたいなノリで言わないでください」
しかしこのギルバートさん、とにかく強いみたいだ。全然そうは見えないけど。魔法の腕は超一流なんだろう。
この人がどんな人物なのかが見えてきた。ちゃらんぽらんだけどやるときはやるタイプだ。
「じゃあなんでリサはギルバートさんのことを目の敵にするのさ? 過去に何かあったの?」
僕がそう聞くと、リサは再びギルバートさんのことをキッと睨みつけた。
「こいつが悪いのよ! あんなことを言うから!」
「またそうやって興奮して。落ち着いて喋ってくれないとわからないんだけど」
「思い出したらなんか腹立ってきた! 私帰る! 帰ってニンニクの臭いを落とす!」
リサはプリプリと怒り、立ち上がって席を外してしまう。僕たちに背を向けて、ギルドの出口へ。
「ユート君、止めなくてよかったの?」
心配そうにリサの背中を見つめ、アリシアさんは僕に問う。
「はい。多分あのまま聞いてもリサから答えは聞けないと思いますから。だから、改めて問います」
リサに聞けないからこそ、もう一人の人物に聞くことにしよう。
「ギルバートさん、過去にリサと何があったんですか?」




