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22話前半 アリシアさんはお酒に弱い!

「ねえユート君、チョコレートってなんでチョコレートなんだろうね?」


「『苦い水』を意味するチョコラルという言葉が語源と言われていますね。元々は苦いものだったみたいです」


「へー、どこの国の言葉なんだろうね?」


 そう言ってアリシアさんはチョコレートをポイポイと口の中に放り込む。玉入れみたいなペースでいくつも食べてるけど、虫歯にならないんだろうか。


 さて、今回の作戦だが……実はだいぶ手詰まりであった。


 思いつく作戦はだいぶ実行してきたが、どれも失敗。それも、一瞬もスライムを克服できない、完全敗北なものばかりだ。僕はだいぶ自信を無くしつつあった。


 アリシアさんがスライムを嫌っているのは第六感によるもの。でもどうしてスライムが嫌いなのかはまるでわからない。それが判明しない限り、どうすることもできない……


「ゆーとくん?」


 頭を悩ませていると、アリシアさんが僕の名前を呼ぶ。そこで気づいた。あれ、なんだかいつもより馬鹿っぽい呼び方だな。


「きょうのすらいむこくふくは()うするのお?」


 アリシアさんは顔を真っ赤にして、ろれつが回っていない口で言った。目の焦点が定まっていないぞ。


「どうしたんですかアリシアさん!? なんだかおかしいですよ!?」


「おかしくないよお~? 全っ然ふつうですから~!」


 絶対に普通じゃない。喋り方がなんだか酔っぱらいみたいだ。でも、ダースじゃあるまいし、アリシアさんが昼間から酒なんか飲むはずはない……さっきまでは普通の受け答えができていたんだから、原因があるはず……。


 まさかと思い、僕はアリシアさんが食べていたチョコレートの金色の包み紙を開く。紙の表面を見ると。


「あ! これウイスキーボンボンじゃないですか!」


 アリシアさんが口にポンポン投げ込んでいたのは、アルコール入りのチョコレートだったのだ。


 商品のパッケージを見ればウイスキーボンボンであることは明確だけど、この人のことだから見ないで買ったんだろうな。


「なんだか気分がよくなってきたよお~。えへへ~!」


 アリシアさんはというと、すっかり酔っているようで、うっとりと満足そうな顔だ。やたらニコニコとしている。


 ウイスキーボンボンってこんなにベロベロになるものだったっけ。いやならないな。アリシアさんってひょっとしてお酒弱いのかもしれない。


 しかし、厄介なことになったな。アリシアさんのことだから、酔ったら大変なことをやらかすに違いない。過去の経験からそれは断定してもいい。酔っぱらいの相手をするのはダースで慣れているつもりだけど、この人は色々規格外だからな。


「ねえねえユートくん」


「なんですか。話す前にちゃんと水飲んでくださいね」


 僕はそう言い、席に置かれたグラスをぐっとアリシアさんの方へ押すと。


「なんでユートくんはいつもどっかに行く系のお願いしかしないの?」


 僕は口の中に含んだ水を噴水のように吐き出した。唐突な発言に、水が喉の変な所に入って、むせた。


「ねえねえなんで? なんで?」


「い、いきなりなんなんですか?」


「いやあ、もっと別のこともお願いしたらいいんじゃないかなあ? と思ってえ?」


 アリシアさんは肘を床につき、手のひらに顎を置いてこちらを見つめ、艶っぽく笑った。


「どういう意味ですかそれは!」


「うーん? ちょっと気になっただけだよー? いやあ、もっと他に頼みたいことがあるんじゃないかなあ、と思ってー?」


 やけに思わせぶりな言い方だな。アリシアさんが真っ赤な顔で目を合わせてくるので、僕は目を逸らしてしまった。


「……ほかに頼みたいことがあったらなんなんですか」


「えー? そうだなあ。ユート君だったらなんでも言うこと聞いちゃうかもなー? なんでも、ね」


 僕はゴクリと生唾を飲んだ。


 駄目だ、これはアリシアさんが酔って僕のことをからかっているだけだ。どうせ『なんでも』って言っても肩たたきとか掃除とかそんなのばっかりだろう。


 しかし……今のアリシアさんを見ているとすごくドキドキするぞ。前から美人だと思っていたけど、酔った彼女は一段と魅力的に見える。顔を赤らめて、目の焦点がどこか合っていなくて、唇がプルプルとしていて……ポンコツじゃないだけでこんなに違うものなのか。


「ねえユート君、もし今から私が『どんなお願いも聞く』って言ったらどうする?」


 アリシアさんが追い討ちをかける。これは……どう答えるのが正解なんだろう?


 十中八九からかわれているのは間違いない。真面目に答えて、馬鹿にされたら恥ずかしい。しかし、アリシアさんはどんなお願いでも聞いてくれると言っている……。


 どうする!? 僕!?


 ……よし、こうなったら真面目に答えるぞ!


「ラーメンを食べに行きたいです」


「ズコーッ!!!」


 アリシアさんは派手な擬音と共に、机に顔面を打ち付ける。


「……どうしたんですか?」


「どうしたじゃないよ!! それいつもと同じじゃんか!! そこはいつもと違うお願いするところじゃんか!!」


 そんなこと言われても。僕は今こってりとしたとんこつラーメンが食べたくてしょうがないんだよなあ。それ以上の望みはないし、真面目に答えたつもりだけど。


「うう……どうせユート君は私に期待してないんだ! 何もできないポンコツだと思ってるから私に何もお願いしてくれないんだ!」


 うわ、今度は泣き出したよ……典型的なめんどくさい酔い方じゃないか。しかもウイスキーボンボンで悪酔い。


「そんなことありませんよ。アリシアさんは僕にとって大事な仲間ですよ」


「嘘だー! だったらなんでもっと別のことをお願いしてくれないのさー! 肩たたきとかおつかいとかー!」


 やっぱしょうもないお願いじゃん! さっきまでの色っぽい雰囲気のアリシアさんはどこに行ってしまったんだ!!


「うわー! うわー!」


「ちょっと、落ち着いてくださいって……ちょ、僕のバッグ振り回さないでください!」


 アリシアさんは涙目になりながら僕のバッグをタオルのようにグルグルと振り回す。


 その時、バッグの中から何かが出てきてしまう。

 僕のバッグから発射されたものは天井に飛んで行き、照明にぶつかった。


「ヒッ! 何!?」


「ちょ、くっつかないでくださいよ! あ! 水が溢れた!」


 アリシアさんは机をまたいで僕の体をぎゅっと抱きしめた。


 その衝撃で、机の上に置かれているコップが倒れ、水が一気にこぼれる。


 僕のバッグから放たれたものは、照明にぶつかった後、地面に吸い寄せられ、パリンという音を立てた。


 何が落ちたのかと思い、よく目を凝らすと。


 足元で割れていたのはスライムのドロドロが入った小瓶だった。ガラスが割れて、中の液体が床にこぼれている。


「なあんだスライムか………………え、スライム!? うわあああああ!!」


 アリシアさんは声を上げ、僕から離れてギルドの外へ走っていった。


 まったく、アリシアさんが暴れたから大惨事だ。それにしてもやっぱり酔っていてもいつも通りのアリシアさんだなあ……。


「あれ、ちょっと待てよ……?」


 今一瞬、アリシアさんはスライムに驚いていない時間あったよね!?


 アリシアさんが一瞬、スライムを克服した……だと!?

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